故郷
1566年冬
越後に戻るやいなや、輝虎は休む間もなく兵を動かし、自領に食い込んでいた会津の蘆名の勢力を追い出しにかかったのである。軍神の牙を剥き出しにした猛攻を前に、流石の蘆名も恐慌に陥った。
蘆名盛氏はすぐさま周辺の国衆に協力を依頼し、その魔手は下野の諸家にも伸びていた。今のところ、明確に蘆名への加担を表明する家はないものの、下野の国衆は代々、複雑な外交を繰り返して生き残ってきた海千山千の者たちである。いつ、どこで蘆名の側へ傾くかは予断を許さなかった。
氏真は、上野の館で地図を見つめながら独りごちた。
「すぐに今川の傘下に入れとは言わぬが、蘆名と今川、どちらに付くべきか眠れぬほど悩む程度には、楔を打ち込んでおかねばならぬな」
一度、蘆名側と結束されてから下野に介入するのは、最悪の盤面である。かといって、氏真自身がいつまでもこの地にかじりついているわけにはいかない。畿内の政、さらには九州や四国への影響力拡大など、やるべきことは山積している。氏真はここで、上野から下野、さらにはその先の陸奥へと通じる道の開拓を、若き精鋭たちに一任することを決意した。
「武力による征服ではない。理を説き、銭を巡らせ、今川の利を説く交渉人が必要だ」
氏真の脳裏に、数人の顔が浮かんだ。まず筆頭は、松平元信である。伊勢の北畠家を降した際の手腕、そしてその後の統治における緻密な働きは、もはや家中でも疑いようのない実績となっていた。そして、明智光秀は畿内の側近として残さねばならず、譜代の老臣たちは各要所の守りに就いている。
氏真が選んだのは、意外とも思える大胆な人選であった。開拓隊の総大将として、朝比奈泰朝を抜擢したのである。泰朝はこれまでの今川家の歴史を支えてきた名門の出でありながら、氏真の掲げる新時代の統治を誰よりも早く理解し、実践しようとする柔軟さを備えていた。
泰朝を補佐するのは、元信。伊勢で見せた、剣を交えずとも敵を心服させる術は、この下野の地でも大いに輝くだろう。
そしてもう一人、紀伊の地を奇跡のような早さで手なずけた男、木下藤吉郎を加えた。紀伊の地衆や寺社勢力といった、一癖も二癖もある連中を、最後には「今川様のおかげで食っていける」とまで言わしめたあの人たらしの才。これこそ、下野の複雑な国衆を解きほぐすのに不可欠な力であった。
「今川家の未来を担う出世頭の二人と、稀代の策士、藤吉郎。お主たち三人の才が合わされば、蘆名の誘いなど付け入る隙もなかろう」
氏真は、彼ら若き獅子たちが、互いに切磋琢磨しながらこの難所を切り拓いていく姿を期待を込めて見送ったのである。この抜擢は、今川家内における泰朝の地位を決定的なものにするだけでなく、実力主義に基づく新たな組織の在り方を象徴する出来事となった。
関東の仕置に一区切りをつけた氏真は、雪が本格的に積もる前に駿府へと向かうこととした。その道すがら、相模の北条氏政と最後の会談を持った。
今後の連携を確認する中で、氏真は一つの大きな約束を交わした。来年夏に予定されている北条の安房侵攻に際し、強力な駿河水軍を援軍として派遣することである。
「安房の里見は海に生きる民。その首根っこを押さえるには、我が今川の海軍力が不可欠でしょう。来年の夏、準備が整ったならば、駿府の父上に声をかけてくだされ。すべてが円滑に運ぶよう、私からもしっかりと伝えておきます」
氏真の頼もしい言葉に、氏政は心底安堵したような笑みを浮かべた。
「中将、感謝いたす。今川という大輪の傘の下にいられること、これほど心強いことはござらぬな」
こうして北条との紐帯をより一層強固なものとし、氏真は懐かしき駿府の地へと足を進めた。
駿府の町に入った頃には、すでに年の瀬の賑わいが始まっていた。まずは、今回の関東和睦において、将軍の威光を惜しみなく貸してくれた足利義輝を訪ねねばならない。
氏真の本音としては、将軍や幕府の権威に頼るやり方は、幕府の地位向上に繋がるため、選びたくなかったが、上杉輝虎という義の怪物に対抗するには、それ以外の手段が思い浮かばなかったのも事実である。
義輝の屋敷を訪れると、将軍は相変わらずの優雅さで氏真を出迎えた。
「公方様、此度の関東の静謐、ひとえに公方様の大いなる御威光があったればこそ。弾正殿も、公方様の御言葉に深く感銘を受け、兵を引きました」
氏真が言葉を尽くして称えると、義輝は満足げに扇を鳴らし、駿府での暮らしがいかに充実しているかを雄弁に語った。将軍を持ち上げ、その自尊心を満たすこともまた、日ノ本の平和を守るための重要な政であった。
その頃、今川の監査室を率いて各地を飛び回っている織田信長も、報告のために駿府に戻っていた。 久々に再会した氏真と信長は、駿府の静かな茶室で二人、茶を楽しんだ。
「中将、案ずるな。監査の仕事というのは、戦場よりもよほど愉快だぞ」
信長は茶碗を置き、不敵な笑みを浮かべた。 信長の報告によれば、今のところ今川の屋台骨を揺るがすような大掛かりな不正はないものの、急速な領土拡大に伴い、地方の役人たちの教育が追いついていない箇所が多々見受けられるという。
「細かい帳尻の差異、法令の勘違い。それらを見つけ出し、糾弾した時の奴らの顔と言ったら…。ふん、間違いを指摘された時の焦りよう、あれこそが誠に滑稽よ」
信長は、監査という職務に天職を見出したようであった。氏真は、もし自分がその監査を受ける役人だったらたまらないだろうな、と苦笑しつつも、この男の苛烈なまでの正確さが、肥大化する今川の組織を健全に保っていることを実感した。
「領土を拡げるということは、それだけ綻びを抱え込むということでもある。三郎、今後もその鋭い目で、今川の膿をかき出していただきたい」
茶会の後、氏真は一人、今川館の廊下から夕暮れの駿府を見渡した。幾度となく過ごしてきたこの館だが、今日ほど懐かしく、そして愛おしく感じたことはなかった。
冬の冷気の中にも、どこか温かみを感じさせる駿府の空気。清潔な町並みと、絶えることのない活気。 畿内の洗練された文化的な暮らしも悪くはないが、やはり氏真にとって、魂が安らぐ場所はこの地を置いて他になかった。
「…三男の名前、何にしようか」
ふと、堺で産まれたばかりの我が子のことに思いを馳せる。まだ見ぬその小さな命に、いつかこの美しく豊かな駿府の町を見せてあげたい。
激動の一年が暮れようとする中、氏真は一人の大名として、そして一人の父として、静かな決意を胸に抱きながら、新年を迎えようとしていた。




