上洛への道
1562年秋
事の起こりは、当主・六角義治のあまりにも短慮な暴挙であった。義治は、隠居後も実権を握り続ける父・承禎と、父の信任が厚く、家臣団からの人望も絶大であった宿老・後藤但馬守賢豊の存在を疎ましく思っていた。賢豊がいなくなれば、自分が名実ともに六角家の中心に立てると妄信した義治は、賢豊とその嫡男・解成を観音寺城に呼び出し、問答無用で殺害したのである。
「信頼される者を疎み、その首を撥ねれば己が強くなれると思うとは。…器の小ささもここに極まれり、だな」
駿府に届いた近江の平井定武と、北伊勢の朝比奈泰勝からの緊急の報に、氏真は深い溜息をついた。
後藤の次男・高治は城外におり難を逃れたが、この凶報に接した六角重臣団の怒りは頂点に達した。平井定武、蒲生下野守定秀、進藤山城守賢盛といった宿老たちは即座に結束し、主君・義治を城から追い落とした。
さらには、怒りの火は観音寺城そのものを焼き払い、名門の居城は一夜にして灰燼に帰したという。 止められなかった父・承禎も含め、義治親子は甲賀の三雲の下へ逃げ込んだ。
重臣たちは蒲生定秀の居城・日野中野城に集結しており、定武からは「既に重臣らの心は決まっております。少将様をお待ちしております」との密書が届いていた。
「すぐにでも行くべきだな」
氏真は即座に決断し、早馬を飛ばして「すぐに向かう」と伝えると同時に、自らも精鋭を率いて日野中野城へと発った。
一週間も経たぬうちに、氏真は近江・日野中野城に到着した。 今川家との連絡役であった平井定武が、沈痛ながらも決然とした面持ちで氏真を迎え、皆が集まる広間へと先導した。
「お早い到着、誠にありがとうございます。重臣一同、今か今かとお待ちしておりました。お疲れのところ大変申し訳ございませんが、こちらへ」
広間に一歩足を踏み入れると、そこには異様な光景が広がっていた。 日野中野城主・蒲生定秀を筆頭に、六角両藤の一人である進藤賢盛、さらには目賀田摂津守綱清、永田備中守景広といった、かつて六角家の興隆を支えたそうそうたる重臣たちが、畳に額を擦り付けるようにして平伏していたのである。
氏真の言葉を待たず、蒲生定秀が重々しく、しかし力強い声で口を開いた。
「我ら六角家家臣一同、今川少将様の下に仕えたく存じます。…もはや、あのような主君を仰ぐことはできませぬ。今川の法の下にて、この近江の支配をお願いしとうございます。これは我ら家臣一同の悲願。領土につきましても、すべて少将様の差配を受け入れる心づもりはできております」
義治は後藤賢豊を廃することで、己の権力を確固たるものにしようとした。だがその結果、手に入れたのは権力どころか、帰るべき場所も、守るべき家臣も失うという絶望であった。
氏真は、広間に並ぶ男たちの顔を一人一人見渡した。彼らは単なる敗兵ではない。近江という、日ノ本の物流の要衝を支えてきた熟練の統治者たちだ。
「…うむ。皆、面を上げてくれ。そなたらは六角家の繁栄を支え、その名は日ノ本中の民が知る素晴らしき人材だ。そんなそなたらが、あえて今川を頼り、共に歩もうと言ってくれたこと、真に嬉しく思う。今川の、そして近江の更なる発展のために、その力を貸してほしい。よろしく頼む」
「ははっ!」
重臣たちの唱和が、広間に響き渡った。
さて、と氏真は話題を変えた。
「親子についてだが…彼らは今、どうしている」
「現在は三雲対馬守定持が居城、三雲城に逃げ込んでおります。三雲は甲賀の出。意地もあり、おそらくは容易に差し出すようなことはござらぬでしょう」
定武の言葉に、氏真は深く頷いた。
「元当主の親子には、私から使者を出そう。家臣団の安全を確保するために、当主に代わって私が保護をする、とな。家臣を疑い、功臣を廃した罪は重い。もはや名門・六角は終わったのだ。どこにでも行くがよい…とするつもりだが、いかがか?」
氏真の冷徹ながらも寛大な処置に、進藤賢盛が安堵の吐息を漏らした。
「…寛容な措置、ありがとうございます。もはや我らには、あの親子を殺す気力もございませぬが、かといって許すこともできませぬ。いないものとして扱うのが、一番の救いかもしれません」
氏真の狙いは合理的であった。甲賀は飛騨と同様、険峻な地形に阻まれ、大軍での侵攻は困難だ。無理に攻め入って甲賀者を刺激するのは得策ではない。
「近江の統治については、ひとまず各々の持ち場をそのまま守るよう頼む。ただし、南の三雲城近辺には、今川の直轄軍による国境警備を徹底させよう。甲賀郡への物資供給、特に塩や銭の流れを完全に停止させるのだ。足元を見る北畠や畠山から法外な値で買うしかなくなる。…飢えた甲賀の民に見捨てられるのが先か、あるいは最後に無謀な勝負を仕掛けてくるか。干からびるまで放置するのが、最も血を流さぬ正解だろう」
氏真の経済封鎖という戦術に、重臣たちは改めてこの新しい主君の恐ろしさと頼もしさを実感した。
「近いうちに近江領管を定めねばならぬな。加賀守、そなたには当面、近江の連絡役を命じる。もし六角親子が見つかった場合は、決して手を出さず、保護して駿府へ連れてくるように」
「御意にございます」
こうして、今川家は一滴の血も流すことなく(六角家が勝手に流した血を除けば)、京までの地続きの道を手に入れた。 東は駿河から、遠江、三河、尾張、美濃、伊勢、そして近江。さらにその先には、三好から譲渡される畿内が広がっている。 日ノ本を東西に分断していた憂いは、ここに完全に消滅した。
日野中野城の屋上から、氏真は西の空を見上げた。 そこには、かつて見たことのないほど、真っ直ぐで力強い上洛への道が伸びていた。
「天下の半分が、一つに繋がったか…」
氏真の呟きは、秋の風に乗って、遠く京の都へと運ばれていった。
秋が深まり、北陸から届く風に冬の兆しが混じり始めたころ。駿府の氏真のもとに、能登の有力国人である長為連の息子、長対馬守続連から密使が届けられた。
内容は、能登畠山家内部の慢心と、続連自身の鞍替えを明確に示すものであった。
「…なるほど。能登の連中、私が突き返した賠償金の要求を、ただの脅しだと甘く見ているようだな」
続連からの書状には、『当家の者たちは事の重大さを理解しておりませぬ。なれど、某は今川の真の恐ろしさを知っております。能登へ攻め込む際はぜひご一報を。海上からの支援を断ち、七尾城に連中を閉じ込めてみせましょう』と綴られていた。見返りとして求められたのは、能登水軍の管理権である。
「耳の早い男だ。父から、駿府で見た景色の凄まじさを聞かされたか。…いいだろう、その提案に乗ってやる」
氏真は、密使に短い返書を持たせた。
「その時が来るまでは、今川を侮り続ける者たちに合わせて演じるが良い。皆が今川を選ぶとなると、そなたの取り分が減ってしまうでな」
これで能登を内側から崩す準備は整った。愚かな名門が自らの過ちに気づくときには、すでに逃げ道は絶たれている。
早川殿:畿内への引越、期待と不安
近頃の殿はかつてないほどにお忙しそうです。京を治めていた三好家、そして近江の守護者として君臨していた六角家。両家は戦もなく、今川が治めることに変わるというのです。
(これが殿の行ってきたことの成果なのですね)
畿内は戦もございましたが、此度の領土の拡大は、どちらもあちらからの依頼だとか。土地とは命と同義だと思われているのに、その土地を自ら差し出させるなど、戦で攻め取るよりも難しいことではないでしょうか。それを殿は易易と。いえ、容易に見えますが、殿の陰での働きの賜物でしょう。
殿は近い内に畿内へ引越をすると仰ります。いつしか随分と住み慣れていたここ駿府を離れるのは寂しさもありますが、これも天下人となる定め。私は殿のすべてをお支えする身。家を守り、安心して殿が前に進めるよう、固めなくてはなりません。
駿府に残す侍女、連れて行く侍女、そしてもうすぐ産まれる我が子も、慣れぬ環境で育てなければなりません。龍王丸が引越は楽しいものだと思ってくれているようで、畿内へ行く日を今か今かと待ち望んでおります。嫌だと言われるかと心配していたので、安心いたしました。
「よいしょ、っと」
お腹が大きく重くなったからと言い、準備を皆に任せきりにするわけにはいきません。私にやれることをしていかなければ。畿内に行くことが決まった家臣の家族に文を認め、まだ見ぬ京のや畿内の町に思いを馳せて。




