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暗君と呼ばれた男  作者: 蜜柑次郎


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国家運営

1569年冬

 雪化粧を纏った京の都に、新たなる時代の産声が響いた。


 年が明けると同時に、氏真は正式に天下静謐使へと補任された。正親町天皇からは「天下を一つにまとめる大業、辛苦もあろうが、何卒よろしく頼む」との直々の言葉を賜った。これは、今川家が単なる一戦国大名から、朝廷公認の秩序の守護者へと昇華した瞬間であった。


 氏真は、この権威を形骸化させないため、間髪入れずに「今川家十職」の創設と、日ノ本全土を統治するための新たな地方行政区分「二府八道」を宣言した。それは、武力に頼る中世的な統治を脱し、法と官僚機構による近世的な国家運営への、壮大な挑戦であった。



 氏真が組織した十職は、従来の家老政治とは一線を画す。世襲を原則排除し、実力と専門性に基づいて任命されるこの最高意思決定機関は、まさに日ノ本最強の実務集団であった。


当主に今川左近衛中将氏真。通称天下静謐使。

最高責任者として君臨する。


官房・秘書、明智中務大輔光秀。

実務の統括を行い、詔勅を作る。


司法・法務、竹中刑部大輔半兵衛。

冷静な知略による法の運用と公平な裁きを行う。


検査・監査、織田監査大輔信長。

不正防止、内部統制に鋭い目を光らせる。


財務・金融、富士大蔵大輔信忠。

富士札の発行や通貨の安定を管理する。


宗教・文化・寺社管理、細川治部大輔藤孝。

足利将軍家の側近であり文化人。教養を活かし学問所を束ねる。


皇室奉仕、今川権中納言宮内大輔義元。

政権の権威であり、朝廷や将軍の信任も厚い。

外交・人事、今川式部大輔氏規。


実弟として当主を支えた実績があり、他国交渉や家臣の昇進管理を行う。


内政・街道整備、鵜殿民部大輔長照。

物流や租税を取り仕切る、実務の管理者。


国防・警察、岡部兵部大輔元信。

治安維持、直轄軍の運営を猛将が先導する。


研究・技術開発・諜報、真田技術大輔昌幸。

技術開発や医療振興、情報管理など幅広く司る。


 これに合わせ、東国には朝比奈泰朝を、西国には井伊直親をそれぞれ「探題」として配備。特に直親は単身赴任となるが、氏真は「彼ならば、荒れる西国の地を今川の色に染め上げられる」と全幅の信頼を寄せた。



 領土の拡大に伴い、氏真は従来の「領管」の上に、広域を統括する「府道領管」を設置した。これは日ノ本を十の地方に分け、中央の十職と地方の領管を繋ぐ中継基地としての役割を担う。


 この区分は「二府八道」と呼称された。


東海府(首府):朝比奈東海守泰朝

駿府を中心とする今川の本拠。政治・文化の発信源。氏真の信任が厚く、氏真の意思をよく知る理解者。奥羽遠征の完了後、任される予定である。


近畿府(副都):松平近畿守元信

堺を拠点とする経済の中心地。古くから氏真に鍛えられた元信は奥羽遠征の完了後、この重要拠点を任される予定である。東の駿府、西の堺という双頭の鷲による統治体制である。


奥羽道:瀬名奥羽守氏詮

氏真の従兄として、遠方を任される。北の玄関口として安東氏らと連携し、蝦夷地との交易路を確保する。蝦夷地の開拓も視野に入れる。


関東道:北条関東守氏政

同盟者であり義兄でもある北条による強固な絆。広大な関東平野の発展を目指す。


北陸道:武田北陸守義信

義弟である義信が能登での経験を活かし、日本海航路や水軍の管理を任される。交易、文化のさらなる発展を目指す。


信越道:木下信越守藤吉郎

軍神、上杉輝虎に依頼をしたが、恐れ多いとして断られた。旧武田、上杉の仲を取り持つ重要地点。


南海道:三好南海守長治

こちらも義弟である長治が安宅冬康の支えの元で管理する。淡路・四国の統一を目指し、瀬戸内の静謐を目指す。西海道への玄関口になる。


 なお、山陽道、山陰道、西海道については、まだ区分けのみを行い、任命は現地の情勢に合わせて都度行う予約席とした。氏真の構想では、ここには西国遠征の成果を挙げたものも配置することを考えている。



 この組織図の最も画期的な点は、これらが、原則として世襲ではないと明文化されたことにある。


「武士の価値は血筋ではなく、その働きによって決まる。能力なき者が地位に留まることこそ、天下の静謐を乱す最大の害悪である」


 氏真はこの思想を徹底させた。これは、朝廷や幕府の権威を尊びつつも、実質的な支配権を能力主義の官僚機構に委ねるという、極めて現実的かつ冷徹なシステムであった。


 この仕組みにより、武士たちはただ戦場で首を挙げるだけでなく、経済、法務、技術といった多角的な分野で功を競い合うこととなった。領内から集う評定衆の決定を十職が精査し、それを広域領管が実行に移す。この淀みのない権力構造こそが、氏真の目指す持続可能な平和の正体であった。



 氏真の狙いは、日ノ本の中心を単一の場所に固定しないことにあった。


 東には伝統と実績の駿府。


 西には富と情報の堺。


 この二つの心臓を、整備された街道と富士札という血流で繋ぐ。


 特に元信を近畿府の長に据える構想は、氏真の深い戦略に基づいている。元信が奥羽での戦功を引っ提げて西へ入ることで、古くからの勢力が根強い畿内に対し、武功と実績の重みをもって、今川の法を押し通すことが可能になるからだ。


「次郎三郎には、十職という専門職ではなく、府領管として、幅広く統治を学んでもらう。さすれば西国の王となってくれるだろう」


 氏真は、地図上の堺の地に元信の駒を置いた。


 冬の冷たい空気の中、氏真は新たに任命された十職の面々を一人ずつ見つめた。


 光秀の冷徹な知性、半兵衛の静かなる闘志、信長の鋭い眼光…。


「これより始まるのは、奪い合う戦ではない。創り出す戦だ。この組織をもって、日ノ本に千年の平穏を刻もうではないか」


 氏真の宣言と共に、春が幕を開ける。


 それは、力ですべてを支配する覇道ではなく、理ですべてを調和させる王道への、第一歩であった。

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