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第百五十四話 皇帝たる資格⑪

 俺とサンをつないでいる『怠惰』の大罪魔法の本質は夢を見せ、対象を意のままに操ると言った物。

 俺はそれを応用し、サンが禁を破った場合に『怠惰』が発動することによって自由意思を奪うという制約を課すことでサンを従魔としてきた。

 この制約は確かに俺が課し、サンが受け入れたものであり、一元的に見れば首輪と手綱のような関係に見える。

 しかし、実際はそうではない。

 この制約は本来酷く一方的な物なのだ。


 何せ、『怠惰』の大罪魔法なのだから。


 だが、今回ばかりはその一方性が有効に働いている。


 俺が手を伸ばした先、澄んだ夜空に不意に人影が現れる。

 おそらく馬車に乗って、こちらへと向かっている最中だったのであろう。

 膝を抱えていつも以上に小さくなっている彼女は驚きに顔を上げた。


 バッチリと目が合う。

 彼女の、サンの目は赤くなっていた。


「サン」


 俺は伸ばした手の中へ彼女をしっかりと抱き留めると、そのまま顔を背けずに名前を呼んだ。


「ぃゃ……じゃない?」


 掠れた声で呟き、反射的に藻掻いて俺の腕の中から逃れようとしたサンの動きが止まる。

 

「サン、さっきはすまなかった」


 かつてないほどの至近距離で目を合わせたあとで俺はサンに謝罪をした。

 

「……おにい……ちゃん、なの?」


 恐る恐ると言った様子でサンがこちらを見つめ返す。

 半信半疑の瞳だが、既にその目には何度目かの大粒の雫が溜まっていた。


「ああ俺だ、サン。サンの兄であり、主でもあるファレス・アゼクオンだ」


 そう言った瞬間、俺の首へサンの手が回される。

 そしてサンは腕にありったけの力を込めて俺を抱きしめると、耳元で声を張り上げる。


「よ、よがっだぁぁ! お兄ちゃん! お兄ちゃん!!」


 涙声でぐちゃぐちゃになり、加えて耳下で叫ばれているせいでそれ以上は何も聞き取れない。

 だが、いつもはあざと可愛いサンが、本音で、本心から涙を流し、叫んでいるのであろうことはこれでもかと伝わって来た。


 俺も横抱きの体勢を少し変えると、正面からサンを抱きしめ返す。

 正確に言えば妹どころか同族ですらない俺とサンだが、俺たちの間には確かな、魔力以外のつながりが出来ていると、そう思えた。


 ◇◇◇


 数分して、泣き止んだサンと並びあって中庭のベンチへ腰を掛ける。


「あとでちゃんとお姉ちゃんにも謝ってね。お兄ちゃん」


 先ほどよりはマシになった掠れ声に若干の怒気を含ませたサンがクインにもちゃんと謝れと言ってくる。

 だが、そんな口調とは裏腹にサンは俺の右腕を抱きしめて、ぴったりとくっついていた。


「ああ、もちろん。クインが戻り次第そうさせてもらおう」

 

 俺は腕を好きにさせながら、真剣な口調で答えた。

 クインにも酷いことをしてしまった。

 改めて、先ほどの自分を振り返りその愚かさを悔やむ。

 だが、もう引き摺りはしない。


 後悔先に立たずと言うが、あれは本当にその通りだと思う。


 思い悩む暇があるなら行動に移す。

 思い悩むとしても、グダグダせずにはっきりする。

 この重要性を思い知らされた。


「ねえ、お兄ちゃん」


 そんなことを考えていれば、サンが隣からこちらを覗き込んでくる。


「ん? どうかしたか?」


「お兄ちゃんはさ、どうして皇帝になりたいの?」


 純粋な瞳に純粋な疑問を浮かべて質問するサン。

 急に何を思ったのかは分からないが、中々心を食った質問をしてくる。


「そうだな……俺が最強であることを証明したいから、だな」


 少し考えて俺はそう答えた。

 皇帝位とは本来、最強の証明とは程遠いものだ。

 権力における頂点、ある種の最強であることに間違いはないが、それは俺が目指す最強ではない。

 しかし、現皇帝モラク・ルー・グラーツィアに関してだけはそこが目標になり得る。


 帝国には、歴代で最も長く剣聖の座について居たレドや、英雄とまで呼ばれる祖父のスレイドなど数多くの実力者が(ひし)めいている。

 だが、帝国の人間にこの国における最強は誰かと問えば、その最強が何を意味していようが皆口を揃えて皇帝モラク・ルー・グラーツィアの名を上げるだろう。


 愛すべき俺のメイド、サラに関しては例外として、おそらくクインなんかは口では俺を最強と信じてくれていても、内心には皇帝への恐れがあるだろう。

 もちろん俺に対してだってお世辞を言ってくれているという訳ではない。

 だが、皇帝にはそう思わせるだけの覇気があるのだ。


 俺たちの世代は皇帝の伝説を伝聞でしか知らない。

 だと言うのに、そんな俺たちですら皇帝こそ最強だと思ってしまう。

 それだけの覇気を皇帝は持ち合わせている。


 だから、俺は現皇帝を打倒し、自らを最強だと示したいのだ。

 生ける伝説に勝ちたい、それが俺の皇帝への第一の動機だ。


「最強……でも、お兄ちゃんはおと……ファフニールさんに勝ったでしょ? 皇帝はあの人より強いの?」


 どうしてもファフニールを父と呼びたくないのか、これが娘というものなのか、わざわざ呼び直してサンはそう聞いてくる。


「さて、どうなのだろうな。だが、ファフニールは確かに、そんな皇帝=最強の状況を覆した。先ほどの俺への支持がその表れだ。皇帝以上に強い者が現れたと思ったからこそ、民衆は恐れを抱き、俺に希望を見出したのだろう」


 実際のところはどうなのかは分からない。

 皇帝については俺もほとんどその力を知らないのだ。

『強欲』の大罪魔法所持者であり、その力はおそらく『傲慢』と近しいものであろうこと以外、俺は皇帝の力を知らない。


「そっか……」


 そこまで聞くとサンは一度立ち上がり、俺の足の間へ移動する。

 そして今度は両手を掴んで、俺に包まれるような体勢になるとこう言った。


「難しいことはよくわかんないけど、私は今のお兄ちゃんなら誰にも負けないと思うよ!」


「ああ、もちろんだ。俺は誰にも負けない」


 サンの小さな体へ回された手にしっかりと力を入れながら、力強く答える。

 するとサンは顔を上へ向けて、満面の笑みを向けた。


 ◇◇◇


 カタカタと馬の駆ける音が聞こえたかと思えば、それに合わせるようにギィと重い門の開く音も聞こえてくる。


「帰って来たね」


「ああ」


 俺とサンはサンの提案で中庭から移動し、玄関前でサラたちの帰りを待っていた。

 この世界に来てから見送られることはあっても誰かを迎え入れるというのは何気に初めてな気がして、何だかそわそわとした気分がしてしまう。


 完璧なタイミングで開かれた門を一切止まることなく通り抜けた馬車が、走れば一秒とかからない距離で停止する。


「「ファレス様っ!!!」」


 すると、停止した瞬間に二人の人影が馬車から飛び出した。

 片方はサラ、もう一人はセレスティア。

 二人とも、戻ってみればそこに俺が居なかったせいか、酷く心配しているような表情だ。


「二人とも、悪かったな先に戻ってしまって」


「いえ、ですが……」

「何事かと、心配しましたわ」


 ギュッと手を掴むサラとペタペタと体のあちこちを触り無事を確認するセレスティア。

 一体どうしたと思っていたのだろうか?


 なんてことを考えていれば、二人にはだいぶ遅れて馬車の中から沈んだ表情のクインが姿を見せた。

 そして俺を見て、一言。


「……ファレス様、なのでしょうか?」


 先ほどのサンと同じような半信半疑の口調で呟く。

 そんなクインに俺はまっすぐに答える。


「ああ、俺だクイン。先はすまなかった」


「あ……ぇ……そ、そんな! あ、頭を上げてください!」


 クインに言われてゆっくりと頭を上げる。

 するとセレスティアや周りの侍従たちがあんぐりと口を開けているのが視界に入った。


 本来ならば、俺のような立場の者は並大抵のことでは頭を下げてはならない。

 プライド云々の話ではなく、貴族の体裁として、頭を下げるとは一種の服従の証のような物だからだ。

 特に自分の家の侍従の前で謝罪をするというのは、それだけ大きな意味を持つ。

 だが、俺はそれでも頭を下げた。


 俺は家族とサン以外からは基本的にファレス様と呼ばれている。

 それは言わば当たり前のことで、当然俺も今の今まで疑問に思っていなかった。

 だが、彼女たちにはもうすぐ敬われるだけの立場ではなくなる。


「婚約者とは対等な関係を築くべきだと俺は考えている。サラ、セレスティア二人もだ。俺は明後日には皇帝となる。だが、それはつまりサラ、セレスティア、クイン、お前たち三人と縁を結ぶということにもなる。そのためにはまず、今の力関係をはっきりと清算しておくべきだと思ってな」


 許しは請わない。

 悪いと思えば謝る。

 言うべきことははっきりと言う。

 

 縁を結ぶとはそういうものだとさきほどサンとの会話をして思い知った。

 だから、この場を使って俺は周囲の全員に示したのだ。

 

 一方で、周囲の反応はと言えば――

 

「「「!」」」


 三人とも不安なところにこんなものをぶつけられ、全く同じ表情で唖然としてしまっている。


 そして、真っ先に動いたのは三人でも周りの侍従たちでもなく、サンだった。


「ねえ、ねえ! 今のってプロポーズ? きゃー! お姉ちゃんたちいいなー!」


 見た目相応にはしゃいだサンがそう叫ぶ。

 すると――


「「「おおおおおおお!!!!」」」

「「「おいお前ら宴だ! 皇帝が何だ! ファレス様こそ最強だ!」」」

 

 騎士や侍従、特に男から野太い大歓声が上がる。


「……プロポーズのつもりではなかったが、まあ良いか」

 

 確かに最強が第一の目標だ。

 だが、皇帝を志すきっかけはサラたちだった。

 皇帝になったところが終わりではない。

 そこからも俺には生活があり、人生がある。


 スッと、肩にのしかかっていた重みが消えていくような感覚を覚える。


 明後日か。

 もちろん、真剣に臨むつもりだ。

 だが、決死で戦うつもりはない。


 俺は俺の人生を掴むために、戦わせてもらおう。


 ようやく動き出し、駆け寄ってくる三人を迎えながら、王城を見つめる。

 俺はもう、王城に漂うあの圧倒的な覇気とも呼べる威圧感を感じなくなっていた。

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