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第百四十四話 皇帝たる資格①

 得も言われぬ緊張感に包まれながら、この空間へと踏み入ったグランダル邸のあの一室へと向かっていれば、かなり時間が経っても戻らない俺たちを見かねて、扉の手前に多くの騎士たちが詰め寄って来ている様子が窺えた。


「おい! もう、一日経ってるんだぞ! 見に行った方がいいんじゃないか!?」

「だが、この部屋には入らないようにと、そこで待つように命令を受けている! ここはファレス様方を信じて待つべきだ」

「しかし、先ほどのベリル殿下の……」


 騒がしさの中に耳をすませてみれば、どうやら確認のために突入するか、俺たちの指示通り待つべきかで揉めているようだ。

 しかし、部屋に一歩も立ち入っていないことから、命令を重視する騎士が大部分を占めているらしい。

 これについて、頭が固いのか俺たちが信頼されているのかのどちらかと言えば、おそらく後者だろう。

 そのうえで突入派は、信頼以上に心配をしてくれていると思われる。


 だから俺はこれ以上ないほどに余裕ある笑みを浮かべて、その一歩を踏み出した。

 地下へと続く、開け放たれたままの扉から、俺の銀髪が顔を覗かせる。

 それまではああだこうだと騒いでいた騎士たちの声が手前側から段々と静まっていく。


「待たせたな。我がアゼクオンの騎士たちよ」


 そんな心地の良い沈黙を感じながら俺たちは地下より舞い戻った。


「ファレス様!!」


 この部屋へ来る前に、クインが待機を言いつけた騎士を筆頭に大勢の騎士が、公爵家とは言え、そこまで広くはないただの一室へと雪崩れ込んでくる。

 しかし、感情を優先するのはそこまでで、集まっていた最後の一人がぎちぎちに俺たちを取り囲むと一斉にこちらを向いて敬礼する。


「「「おかえりなさいませ!!!」」」


 誰が指揮を執るでもなく、だが、完璧に揃えられたその声は狭い部屋に木霊(こだま)した。

 横目に見るサラは満足げにセレスティアは特に気にした素振りもなく、クインはこの歓迎に慣れないのか少し肩を跳ねさせる。サンとファフニールは何事かと目を向いていた。


 だが俺は敢えて何も言わずに、大仰に手を振るう。

 するとそれが合図となって、全騎士が敬礼を止め、その場に跪いた。


「出迎えご苦労。楽にしろ」

 

 俺の言葉で一連の流れが終わったところで、騎士の一人が進み出て報告をしてくる。


「公爵家邸宅内について、めぼしい発見はございませんでした。ですが、つい先ほど我々全員の視線の先に王都の物と思われる景色? のような物が出現し、ベリル・グラーツィア皇子殿下によるアゼクオン家門への宣戦布告ともとれる発言が行われました!」


「捜索の方はご苦労。ベリルの方についてはこちらでも確認している。お前たちは最低限の人員を残し、早急に王都へ戻れ。王都の別邸には母上がいるはずだ。近衛騎士如きに万が一も後れを取ることはないだろうが、何か動くためにも手は多い方が良いだろう」


「はっ! 本邸の方はいかがなさいますか?」


「何もしなくて良いだろう。あちらには十分な数の騎士を残している。それにノウ家から引き取った騎士たちもいる。問題はあるまい」


「かしこまりました!」


 俺の指示を聞けば即座に行動を開始する騎士たち。

 今から戻ったところで到着は明日の夕刻以降になってしまうだろうが、いないよりましだ。

 それに、この混乱の真っただ中では明確な指示を出しておいた方が、世間の熱や意見に変に惑わされないというものだろう。


 

「ファレス様、私たちはどうしますの?」


 騎士たちが出払ったところで、セレスティアがこれからどうするのかと聞いてきた。

 そんなセレスティアに、俺は低い天井に身をかがめる巨竜の方を向きながら答える。


「英雄の演出をしてやらねばならないからな。巨竜を従え戻るというのはこれ以上ないパフォーマンスになるだろう」


「我を馬車扱いしようとは……もはやお前のソレ(傲慢)は我の呪いとは別種のものだな」


 俺の言い回しですぐに意図に気が付いたファフニールは呆れ顔に溜息を吐きながら呟く。


「……まさか、ファレス様。そこのファフニール? さんに馬車を引かせるおつもりなのですか?」


 だが、未だファフニールの正体を正確に理解していないセレスティアは、俺たちの言葉を額面通りに受け取っているらしい。


「何を言っているセレスティア。こいつは人の形をしているが、竜の王だ。なれるのだろう? 本来の竜の姿に」


「ああ、もちろんだ。お前たち五人を乗せて運ぶ程度造作もない」


 俺とファフニールがそう言えば、セレスティアに続いてクインもぽかんと口を開けたまま固まる。

 唯一サラだけは目を伏せて、すべては仰せのままにとでも言うような表情をしていた。

 そして、この沈黙を破ったのはもう一人の竜であるサンだった。


「安全に飛んでよね」


「も、もちろんだとも我が娘よ! 万一にも振り落とされたりせぬように我が空間内で安全に連れていくことを約束する」


「えー、空からの景色も見たいのに~」


「なっ……! それでは安全性に……いや、だがしかし……」


 我儘娘とタジタジな父。

 それ以上でも以下でもない、どこにでもあり触れていそうな一幕が繰り広げられる。


「空間の方は俺が整えよう。出力の調整やどこまで範囲を広げられるかの確認をしておきたい」


 何時までもタジタジなままで居られては困るのでここは俺が助け舟を出すことにする。


「お兄ちゃん! ほんと!? 景色、見える?」


 すると、目をキラキラと輝かせてサンが身を乗り出した。

 

「ああ、もちろんだ。この俺に不可能はないからな」


「流石お兄ちゃん! 大好き!」


 ぴょんと小さく跳ねてこちらへ飛びつくサンを抱き留める。

 小悪魔度マックスなその仕草、さしものサンも普段はここまでやらないのだが、今はまるでファフニールに見せつけるようにあざとく振る舞って見せている。


 そんな行動を見せられたファフニールはと言えば……悔しそうな、それでも娘の可愛さを上回るものはないとでも言うような微妙に気持ちの悪い表情をしていた。


 ◇◇◇


 ――王都。

 学園、野外演習場にて。

 

「ベリル殿下、グレイグ隊長!」


 記録の透板を破壊し、帝国全土へその意志を表明したベリルたちの元へ少なくない数の近衛騎士たちが駆け付ける。


「お前たち……大人しくしていろと言ったはずだろう?」


 そんな騎士たちの顔を見渡して隊長であるグレイグはため息を吐いた。


「最近の騎士団は訓練と書類仕事ばかりで退屈ですから!」

「陛下より、殿下の方が守りがあるってものですよ!」


 そんな騎士たちは口々にそんな軽口を叩いて見せた。


「ハハッ、君たちもモノ好きだね。言っておくけど、この船は泥船だよ? 今ならまだ戻れる。君たちに理性が残っているなら、戻った方がいい」


 状況を理解しているのかいまいちわからない騎士たちにベリルは努めて理性的に言い含める。

 だが――


「船の形をしているならば十分でしょう。我々は水の中でも戦えるよう訓練しています!」

「この状況でここに集まった我らに理性が残っているはずがございませんよ!」


 まるで意に介した様子もなく、あっけらかんと言ってのける。

 そんな彼らを見てベリルは――僕にも少しはカリスマがあるのかな? と思うのだった。


「フッ、分かったよ。じゃあ、君たちには露払いを頼もうかな。悪いけどファレスとは一人で、と言いたいところだけど……僕一人じゃ相手にならないだろうからグレイグと戦う。だから君たちはファレスの周りの騎士や彼のハーレムメンバーを頼むよ」


 少しのユーモアを交えながら話すベリルの言葉に笑いが生まれる。

 そんなベリルの姿を見ながらグレイグは生まれる時代さえ違っていれば……と思わずにはいられなかった。


 ◇◇◇


 同刻――王城。

 玉座の間では……

 

「お久しぶりでございます陛下」


「うむ、久しいなメホロスよ」


 相変わらず玉座へ腰を掛けたままの皇帝、モラク・ルー・グラーツィアと学園の長を務めていたメホロスが顔を合わせていた。


「……この度は愚息が大変失礼な真似を――」

「良い。それを言うならば唆したのは余の愚息だろうて。それに、良いではないか。奴の牙がどこまで砥がれているのかを確かめるのにはちょうどいい」


「ですが……もし……」


 メホロスがその続きを口にしようとすると、皇帝がその右手に握った錫杖を強く打ち付けた。


「メホロスよ。貴様は余が負けるとでも?」


「そんなつもりはございません。ですが……」


 凄まじい圧力で睨まれるメホロス。

 だが、そんな皇帝の眼圧にも負けずにメホロスは続きを口にした。


「彼の牙はそう遠くない未来に陛下にも届きうると、私は判断しています」


 ジッと皇帝を見つめ、そう言い切るメホロス。

 その表情が物語るは反意でも敵意でもない、忠誠心からくる進言であるという事実のみ。

 第一線を退いてなお、メホロスの精神は騎士道を貫き、その忠誠は皇家に、延いては皇帝へと注がれている。


 そんなメホロスの心からの進言を受けた皇帝は……


「フッ、ハッハッハ! そうか、メホロスお主がそこまで言うか」


「はい。くれぐれもお気を付けください」


「なに、気を付けることもあるまいよ。負けはあっても終わりはない。皇帝という称号が最強の証明である限り、それが不変となることはないのだから」


 おもむろに玉座から立ち上がり、背後の窓より天を仰いだ皇帝の背中をメホロスはただ見つめる。


 この人の真意はいつになってもくみ取れない、そんな感情を胸に抱きながら……。


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