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第百四十三話 竜の王と色欲の英雄⑬

「つーわけでよぉ。我に並ぶレベルでとんでもない魔力を持ってるお前ならたぶんできると思うぜ」


「ほう……なるほどな」


 あれから、呆れるほどに長いこの馬鹿竜の自慢話を何とかやり過ごし、俺はようやくこいつの言った空間構築とやらを教えてもらっていた。

 とは言っても目からうろこの超技術という訳でもなく、ごく簡単で誰にでも思いつきそうな事だったが、恐らく俺やこのファフニールクラスでなければ不可能だろう。


 ファフニールの言う空間構築とはつまり、自分が周りに振りまく魔力を押し固め、本来この空気中を漂っている魔力をその空間の内部に限り、自身の魔力にしてしまう、というものだった。

 これをすると何が起きるかと言えば……簡単な話、自分以外が魔法を使えなくなるという訳だ。

 

 グランダル邸から地下へ降りたときにサラの魔法が発動後すぐに消えてしまったのは、空間中を漂う魔力がファフニールの魔力に置換されており、自由に扱える魔力では無くなっていたから、という訳だった。


 とりあえずやってみよう。

 既に脳内でイメージは出来ている。感覚さえ掴めれば、この俺に不可能はない。


 魔力を解放する。

 大罪呪宝によりさらに増幅された『傲慢』を濃密にこれでもかと体外へ放出していく。


「ほぉ……お前、本当に人間か? こうしてみると本当にとんでもないな」


 そんな俺の魔力を受けて、ファフニールが呟く。


 そんな言葉を聞き流しながら、魔力を押し固める。

 自身の周りから、徐々に範囲を広げて――と、俺にしては慎重に魔力を広げると視界の端でサラが起き上がるのが見える。


「――っ! ファレス様っ!!!」


 そして何を思ったか、一直線にこちらへ飛んできた。


「ご無事ですかっ!」


「あ、ああ……サラこそ体調に問題はないか? 魔力にあてられただけとは言え、そこの竜の魔力は中々なものだった。実際、既に数時間は経っているはずだが、サンを含めたお前たち四人は今の今まで目を覚ます素振りすら見せなかったぞ」


 俺は一度展開していた空間を取りやめて、飛ぶような勢いで抱き着いてきたサラを受け止める。

 寝起きでこれだけ動けるのならば、問題はないだろうが……。


「何を言っている? 既に一日以上は時間が経っているぞ?」


 そんな主従の感動の再会? に水を差すものがいた。

 だが……。


「…………待て、おい、ファフニールどういうことだ? 俺の体内感覚では未だ数時間しか経っていないぞ?」


 親し気に口を利く俺とファフニールの様子に困惑したサラは一度置いて、俺はファフニールに質問した。


「ああ、言っていなかったな。我がずっとここにいるせいか、ここは意識していなくとも半分ほど我の空間のような状態になっていてな。外の世界と時の流れが若干違う。とは言え、人間にしたって一日、二日はどうということもあるまい?」


「………………これについては気が付かなかった俺が悪いか。サラ、セレスティアとクインを起こしてくれ。グランダル邸で俺たちが一日消息不明なんて、外がどんな騒ぎになっているか分からない」


「かしこまりました!」


 二人のことはサラに任せて、俺は一人少し離れたところで寝かされていたサンの方へ足を向ける。

 数時間だと思っていたから、寝かせておいてやろうとそっとしておいたが、一日以上も時間が経っているというのなら話は別だ。

 俺はサンと繋がっている『怠惰』を介して、サンの中へ直接声を掛けた。


「(サン、起きろ。帰るぞ)」


「……んぅ、んー」


 俺が声を掛ければ、サンは寝ぼけた声で反応を示す。

 その様子をファフニールも覗き込んでいた。


「……ふむ、我はあまり自分の眷属というものに興味はなかったが、これは……なるほど。おい、ファレスよ――」

「断る。サンは俺の従魔だ」


 ファフニールが何かを言う前に言葉を遮る。

 今更親の顔をしようというのなら、せめてサンの母の墓参りくらいはしてからにしてもらおうか。

 なんて、そんなやり取りをしていれば、パチリとサンが目を覚ました。


「あ! お兄ちゃん!!」


 俺の顔を一目見て飛びついてくるサンを抱き上げる。


「悪いなサン。遅くなった」


「ううん。大丈夫! お兄ちゃんの声聞こえたよ!」


 ギュッと首に手を回して抱き着いてくるサンの頭を撫でてやっていれば、そんな姿を羨ましそうに見下ろしてくるファフニール。


「……な、なぁ、ファレスよ。我にも一度抱かせては――」

「やだ!」

「なっ……!?」


 辛抱溜まらんと、こちらへ手を伸ばしサンを抱かせてくれと懇願するファフニールの言葉をサンが食い気味に拒否した。

 あれだけの存在感を放っていたファフニールが今では、どこでも見られそうな娘にフラれた可哀想な父のような姿を呈している。


「私にはお母さんは三人いるけどお父さんは二人だけだもん!」


 そして悲しみに暮れるファフニールにとどめを刺すが如く、あまりに鋭い言葉の刃を放つサン。

 同情はしないが、サンにこれを言われたら俺でも思わず涙が出るかもしれない。


「……くっ、これが報いだとでも言うのか! 我は竜の王だぞ!」


「でも、お兄ちゃんに負けたんでしょ?」


「ぐぅっ……」


 ファフニールには辛辣なサンによってぐうの音しか出ないほどまでに滅多刺しにされ、力なくその場へへたり込んだ。


「まあ、サン。その辺りにしておいてやれ。サンがここに来た経緯はこいつが悪かったという訳ではない」


「フン! お兄ちゃんがそう言うなら……ハイ」


 俺が言い含めると、少しは腹の虫も収まったのか抱き着いていた俺から離れて、ファフニールの方へ寄ると顔だけはまだ背けながらもそちらに向けて手を広げた。


「……いいのか?」


「一回だけね」


 ……これでは本当に竜の王が形無しである。

 だが――

 ファフニールは表情をこれ以上なく喜びに崩し、サンを抱き上げた。


「……そうか、これが娘。これが……家族、だったのか」


 噛み締めるように言葉を零すファフニール。

 そこには伝承に語られた悪竜の面影はどこにもない。

 そこに在ったのは娘との出会いにただ感動する父の姿だった。


「ハイ、もうおしまい」


「……ああ。感謝するぞ、我が娘……サンよ」


 少しだけ恥ずかしそうに顔を背けるサンと破顔してサンを見下ろすファフニール。

 それは最年少の竜と最年長の竜の歴史的な交流の瞬間だった。


「ファレス様、お二人を起こして参りました」


 そうこうしているうちにセレスティアとクインを連れてサラが戻ってくる。


「ああ、ありがとうサラ。セレスティアもクインも体調に支障はないか?」


「ええ、私としたことが一日以上の時間を眠ってしまうなど……情けないですわ」

「私も……申し訳ございませんファレス様」


 貴族令嬢としてか、それとも年頃の淑女としてか悔しそうで恥ずかしそうな表情を見せる二人。


「気にする必要はない。お前たちに支障がないならばそれで良いのだ。……さて、とは言え、さすがに長居しすぎてしまったな」


 俺は二人にもフォローを入れた後で、改めてファフニールの方を振り返る。

 そんなファフニールは意味深な視線を俺たちの方へ向けていた。


「ファフニール、お前はどうするのだ? これからもここにいるのか? それとも俺たちと共に外へ出るのか?」


「……そうだな。我は――」


 一瞬だけ、何かを考えるように俯き、そして再び顔を上げるとファフニールは無造作に腕を振るった。

 すると――


 ガシャン! という音を立てて、背後で力なく横たわっていた二頭の竜を拘束していた鎖のすべてが断ち切られる。


「……妻や子孫たちに会いに行ってみるとしよう」


「……そうか。きっと刺されるぞ?」


「構わぬ。それが王の……父の務めであろう」


 見上げたファフニールの顔には正しく王としての覚悟が宿っていると俺には見えた。


「そうか……そうだな。……もし、休みたくなればアゼクオンと旧ノウ領の中域にそびえる山脈に行くが良い。人にも魔物にも険しい山だが、お前ならば問題ないであろう」


「フッ……感謝するぞ、友よ」


 そんなファフニールをサンも同じように見上げている。

 背後ではさらに奥へと続く道の方に二頭の竜が寄り添い合いながら進んで行っていた。

 俺たちもそんな竜たちと同じようにファフニールへと背を向け、下って来た階段の方へ歩き出す。


 今になって見上げれば、無論低いとは言わないが、微かにその先が見える程度の距離だった。


 そして先頭を行く俺が一歩、階段へ足を掛けた時だった。


 突然、視界のすぐそこにゲームにおけるステータスウィンドウのような板状の何かが現れる。

 そしてそれは、俺たちが何かに反応する前に、まるで動画が再生されるように動き出す。


 ――――――

 「……ふぅ。ハハッ、ハハハハハッ! これで、これで今度こそ僕は正真正銘の悪だ。皇族であろうと貴族殺しは犯罪。……でもきっと、きっと君はこれでも認めるつもりはないのだろう?」


「だから、だから僕はここで宣言するよ。ファレス・アゼクオン! 君が戻った時、その日が決戦だ。僕が勝てば君には僕の命令に従ってもらう。君が勝てば、問答無用で君が次の皇帝だ!」


「君が帝位を目指すというのなら、父を超えるというのなら、まずはこの僕を、無能と蔑まれた僕を超えていけっ!」

 ――――――


 映し出された光景は約一分ほどの短い映像。

 だが、その内容はかつてないほどに濃いものだった。


 そこに映っていたのは、どういう訳かルーカスを殴り飛ばすベリル殿下が、正真正銘の悪として俺へと宣戦布告をするようなものだった。


「これは……」


 サラとセレスティアが唖然とした表情を浮かべる中、一人顎に手を当てたクインが口を開く。


「記録の透板……帝国でも三つと見つかっていない現存するのはたった一つだけの国宝の魔道具ですっ!」


 ……国宝、国宝か。

 そうか……ベリル、お前はどうしても()()したいのだな。


 国宝と言うだけでそれを使用したであろうベリルの覚悟が伝わってくる。

 ベリル……あいつはどうやら、何としても俺に()()皇帝位を譲りたいらしい。


「良いだろう。こうなってしまってはもう、世論の落ち着きを待つことも不可能だろう」


 本来はここから着実に皇帝を攻略するつもりだったのだが、こうなってしまってはそんな悠長なことは言っていられない。

 おそらく今頃王都は大混乱の真っただ中。

 そして、混乱期に民が求めるのは……最も強く輝く国の象徴だ。


 俺は勢いよく後ろを振り返った。

 

「ファフニール、先ほど俺を友と呼んだな? ならば、友としてこの俺に力を貸せ」


「……お前という者は。まあ、良い。それでこそ我が『傲慢』を継ぎし者と言ったところだろう。構わぬぞ」


 待っていろベリル・グラーツィア。

 今はお前の土俵に立ってやる。

 だが、最後までお前の想像通りに行くと思うなよ。


 お前を足場に、奪い取ってやるよ。

 現、皇帝位をな!


ここまでお読みいただきありがとうございます!

次章が最終章となる予定ですので、どうかもうしばらくお付き合いいただけると幸いです!


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