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第百三十六話 竜の王と色欲の英雄⑥

 一階へ降りると、クインに指示された通りに騎士が部屋のドアを開けたまま、若干の困惑をその顔に宿しつつ待っていた。


「ファレス様、あちらの部屋です」


「ああ……そのようだな」


 部屋が見えるのと同時に俺はサンとの通信を試みる。

 しかし、『怠惰』の魔法によるつながりは途切れていないが、どういう訳か意思疎通が取れない。

 

「ファレス様との通信は……そのお顔ですと、ダメだったようですわね」


「ああ、つながり自体は切れていないが、意思の疎通が不可能だ」


 無論、この状態からでも、強制召喚によって無理やりにこちらへ呼び出すことは可能だろう。

 だが、俺とサンの繋がりは『怠惰』の魔法によるもの。

 無理な行いが後にどんな影響を及ぼすか分からない以上、もろ手を挙げて使いたい手段ではなかった。


「……とりあえず、部屋を調べましょう!」


 部屋に着いた途端、一番心配しているであろうクインが雰囲気を気にして気丈に振る舞う。

 いや、雰囲気よりも、自分を奮い立たせる言葉なのかもしれない。


 クインは外で待っていてくれた騎士にお礼を言って下がらせると、自分で言っていたように部屋の中を『慈愛』の魔力で満たした。

 ――すると確かに、部屋から数歩、真っすぐに足を進めたその辺りで、どこかへ魔力が吸い込まれて行っているような事象が確認できた。


「なるほど。これが……」


「はい。最も、これがサンの消失と関係しているかは分かりませんが……」


 自信なさげに呟くクインの声を聴きながら、俺はじっくりとその不思議な事象を確認する。

 ………………。

 かなり顔を近づけてよく見ると、その魔力は渦巻いてどこかへ文字通り吸い込まれて行っているようだ。

 そしてその先は――足元。


「サラ、この絨毯を退かしてくれ」


「はい」


 俺が頼むと、風の魔法で器用にサラが絨毯を丸めて部屋の端へ寄せてくれた。

 

 そして絨毯の下からは、まるで地下収納のような空間へつながっていそうな扉が現れた。


「「「これは――」」」


 三人の声が重なる。

 

「ああ、ここから地下に降りられそうだな」


 クローゼット上の隠し部屋の次は絨毯の下の地下空間か……本当にここはダンジョンか何かなのか?

 そんなことを思いながら念のためもう一度目を凝らして確認してみれば、僅かな隙間から魔力が吸い込まれて行っていることが分かる。


「ですが……サンと一緒にこの部屋に入った時には私はこの空間に気が付きませんでした。一体サンはどうして消えてしまったのでしょう?」

 

 まだ納得いかないという表情でクインが疑問を呈する。

 

 サンが消えた理由か……そう言えば、ここへ来る道中にサンと俺だけに聞こえた声があったな。

 あの時点では特に意味を取ることは出来なかったが、何か関係があるのだろうか?

 それとも魔力が吸い込まれているところを見るに、実際は魔法生物であるサンもその要領で吸い込まれていったとか?


「それも含めて、この先に行けば判明するのではないでしょうか?」


 そんな風に俺が取り留めのない思考を繰り広げている間に、クインの疑問にサラが冷静に答えた。


「そうですわね。ここで頭を悩ませていても仕方ありませんわ」


 セレスティアもそれに同意する。

 

 まあ、確かに手掛かりがこれだけで、サンがこの部屋で姿を消した以上、この空間に何かがあると考えるのが自然だ。

 

 それに……ルーカスが日本語を知っている以上、俺の知らない原作知識を持っていたとしてもおかしくない。ルーカスと親交のあったこの家に、そんな、俺の知らない原作知識が活用された何かがあるのだとしたら、それには一度ぶつかって確かめてみる以外対処の仕様がない。


「ああ、とりあえずサンが無事であることは確かだ。どのように姿を消したかは連れ戻ってから聞けば良い」


「……すみません。そうですね」


「気にするな。サンのことが心配な気持ちは……俺も分かる」


 申し訳なさそうにするクインの肩に手をおいて、俺は気休め程度にそんな言葉を掛けた。


 ◇◇◇


「さて、この地下に降りる前に一度情報共有をしてしまおう。サンのことに集中するためにもここで得た情報は整理しておきたい」


 もう一度クインを落ち着かせてから、俺は地下へと続く扉の前でそう提案した。


「そうですわね。と言っても私たちは特に……」


 俺の言葉に同意しながらセレスティアがサラの方を見る。


「何もなかったのか?」


 俺がそう確認すると、頷こうとするセレスティアに変わってサラが話し出した。


「いえ、役に立つ物かは分かりませんが、書庫のような部屋でこちらを見かけました。この地に伝わる巨竜とそれを封印した英雄にまつわる伝承のようです。すごく古い本でしたし、竜という点も気になりまして」


 あくまで淡々と報告をしながら本を渡してくるサラ。

 そんなサラをセレスティアが裏切り者を見るかのような目で見ている。


「ほう……」


 俺はセレスティアのその視線には気付かないふりをして、受け取った本を軽く開き、その伝承とやらを流し読みする。


 ――――――

 その巨竜は常に違う雌竜を侍らせていた。

 自分に逆らう雄竜は殺し、自分以外が種を残すことを許さなかった。

 その巨竜は欲深く、それでいて怠惰で傲慢だった。

 性格も悪く、意地汚い。

 だが、誰よりも何よりも強く、すべての頂点に君臨していた。

 ――――――


 ……つまり暴君だった、ということか?

 酷い書かれようだが、だからこそ、この巨竜とやらの強さが伝わってくる。

 

 またページをいくらかめくり、気になるところを探す。


 ――――――

 そんな巨竜に立ち向かう男がいた。

 その男は無口な男だった。

 欲はなく、ただひたすらに研鑽を積むだけの面白みのない男。

 だが、その男を知る者は皆、男こそが最強だと信じていた。

 ――――――


 なるほど……この男が英雄か?

 この男はこの男で可哀そうな書き方をされているが、きっと達人と呼ばれる類であったのだろうことは容易に想像がついた。


 さらにページをめくっていく。


 ――――――

 三日三晩に渡る長い戦いの末、遂に男の剣は竜の首を斬り落とした。

 その剣は竜の血を浴びて怪しく光っていたという。

 そして男は竜の首を地下深くへ埋め、竜の討伐を成し遂げた。

 しかし、巨竜もただではやられなかった。

 死の直前、自身の力を七つに分けて外へ逃がしていた。

 特に、その一つは竜の目の前にいた男へと降りかかっていた。

 以降、欲のない無口だったその男は色に溺れて哀れな末路を辿った。


 そんな教訓から、複数の相手と関係を持つことは竜に呪われると忌避されるようになった。

 ――――――


 ……壮大な物語の割に随分とありきたりな伝承だな。

 なんて、鼻で笑い飛ばしたいところだが……この物語の所々に思い当たる節がある。


 例えば竜の分けた七つの力。

 これはその前の竜についての記述から察すると大罪魔法のことではないだろうか?

 そして対極的に書かれている男は美徳魔法を示している気がする。


 さらに竜を斬った剣についても非常に聞き覚えがある。

 正しく俺の魔剣リジルだ。

 レドの話では、この剣は確か悪竜を斬った後、その血を浴びたことで抜けなくなった、とか言う曰くつきの剣だったはずだ。

 なぜか俺には簡単に抜けてしまったが……。

 

 それに最後の教訓。

 これはもう……いや、言うまい。

 

 ……なんなんだこの伝承は。


「……聞き覚えのない伝承だったな。この辺りに伝わる話なのか?」


 何となく詳しいコメントは避けるべきなのでは、という意識が働き、差し障りのないことを口にしながら本を詳しそうなクインに手渡した。

 するとクインはパラパラ漫画でも読んでいるかのような速度でページをめくると、すぐに本をさらに返し、言った。


「いえ、私も知らない伝承でした。ですが……この物語は、もしかすると実話なのではないでしょうか?」


「「?」」

「――!」


 頭上に? を浮かべるサラとセレスティアに対して、一瞬で血の気が引いていく俺。


「実は先ほど、サンのお母さんの話を聞きました。それで何となくパッと思いついてしまいまして……この巨竜もしかするとサンのお父様なのではないでしょうか?」


「「「――!?」」」


 今度は俺たち三人が揃って反応する。

 だが、確かに言われてみれば辻褄が合いそうではある。

 というか、俺視点ではその可能性が非常に高く見えている。


 問題は本の古さだが……そう言えば、俺はサンの実年齢を知らない。

 というか、この五年間でほとんど体の大きさが変わっていないところを見ると、竜とはかなりゆっくり成長していく生物なのではないだろうか?


 いや、だからと言ってサンへの扱いを変えるつもりは毛頭ないが、それでももしサンがかなり長く生きているのならば、今の話の説得力は益々増す。


「……なあ、クイン。もし仮にその物語が事実で、お前の推測も正しかった場合、この地下の先で待っているのは何だと思う?」


「……断定はできませんが、竜の首が埋められている可能性は少なくないかと。もしかすると、サンはその首から何かを感じ取っていたのかもしれません。先日ファレス様が斬った竜もサンと似たような境遇でグランダル家に捕らえられたと考えることも……」


 なるほど。

 言われてみれば確かに、トールスの部屋で魔道具製作の証拠になりそうな装置は回収できたが、その触媒となっていた竜の鱗などを集めるためのあの竜をどこで捕らえたかという話は目にしなかった。

 仮にこの地下に竜の首が埋まっており、それが竜を惹きつけるような力を持っているのならば、サンの失踪にも同時に理由がつく。


「……ファレス様に私、クインさんに……サラさんもいるのですもの。そんなに不安になることもないのではなくて?」


 ちゃっかり一人で証拠を持ち帰ったサラを未だに恨めしそうにしながらも、セレスティアが自信ありげに呟く。


「ああ、そうだな」


 結局、何を考えた所でサンがそっちにいるのだとしたらいかない選択肢はない。

 それに、ルーカスの件や今の伝承で色々と考えさせられてしまったが、今の俺は原作プレイヤーではない。

『傲慢』ファレス・アゼクオンだ。

 旧時代の最強とやらに今の力を見せてやるのも悪くない。

 俺の決意に応えるように腰に下げたリジルが震えた。


「よし、サンを連れ戻しに行くぞ」


「「「はい!」」」


 そう号令をかけて俺は一気に地下へと続く扉を持ち上げた。

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