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第百三十五話 竜の王と色欲の英雄⑤

 ファレスがトールスの隠し部屋を発見していた頃、クインとサンはその部屋の扉をいざ、開いていた。

 他の部屋と同様に、何かの抵抗があるでもなく開いたその扉の先は、フローリング一面に絨毯が引かれている以外は何もないという、明らかにおかしな部屋だった。


「……サン、この部屋、なんなんだろう?」


 クインがそう呟くも反応はなく、かと思えば、繋いだ手も離されてしまう。


「サン……?」


 先ほどまで隣に感じられていたサンの体温が感じられない。

 何が起きたのか分からず、クインは認めたくない現実と向き合う瞬間のようにゆっくりとサンが居た方へ視線をずらした。


 すると、そこには――先ほどまでいたはずのサンの姿がなかった。


「さ、サンっ!?」


 咄嗟に辺りを見回すも、絨毯の下以外に隠れる物のないこの部屋だ。

 この部屋にサンがいるはずがない。

 クインの脳内を誘拐、呪い、神隠し……と、ありとあらゆる可能性が駆け巡る。

 

 だが、最悪の想像をする一歩手前でクインはかぶりを振った。


「違う、焦らない。大丈夫、サンはファレス様と繋がってる。何かあれば、ファレス様が何とかしてくださる」


 一人しかいないその部屋で、クインは自分に言い聞かせるように声を大きく呟いた。


「私たちが今探しているのは、おかしな魔力の動き……なら!」


 クインはいつの日か見た、ファレスの周りに魔力が溢れだしていく様を思い出しながら、自身もそのように魔力を部屋中へ溢れさせていく。

 ファレスのように、状況そのものを変えてしまうような圧倒的な魔力があるわけではないが、これでもクインも美徳魔法の使い手だ。

 常人よりは魔力の量も多い。


 絨毯以外に何もないその部屋が、暖かな魔力に満たされていく。

 しばらくして、部屋中にクインの魔力が行き渡るとクインは注意深くその魔力に淀みが生まれていないかを観察していく。


「………………」

 

 ぐるりと部屋全体を見渡して、再び先ほどまでサンが居たはずの位置へ視線を戻したその時だった。


「……ここだ」


 先ほどまでサンが居たはずのそこ、現在クインが立っている真横で、何やらごく微量の魔力がさらに少しずつ吸い取られて行っているような、不思議な現象が起きていた。


「サン、ちょっと待っててね。すぐにファレス様と迎えに行くから」


 だが、そんな現象を目の当たりにしてもクインの冷静さは崩れなかった。

 クインは自分の実力をよく理解している。

 学園ではそこそこ上位の成績を収める自分でも、ファレスはもちろんサラやセレスティア、サンの実力の前では足元にも及ばないことを。


 だからこそクインは焦らない。

 確実に、絶対に、大切な妹を助けるために、自分が冷静さを欠くわけにはいかない。

 

 一度部屋を出たクインは万が一にもその部屋を忘れずべく、近くにいたアゼクオンの騎士を呼びつけると、「私が戻るまでこの部屋の扉を開けておいてくださいっ! でも絶対に部屋には入らないでください!」と言い残して、ファレスのいるであろうグランダル邸の三階を目指して駆け出していた。


 ◇◇◇


 無数の残骸の中から拾い上げた一通の封筒。

 マーデンの紋が記されたその封筒の中身は予想通りこのSF風装置の取り扱いに関する資料だった。

 それはまるでゲームの途中で挟まる仕様説明のような、語り口の軽い書き方で、後はこの資料に画像でも挿入できれば、正しくと言ったものになりそうなほどである。


 俺はなぜ、こんなものが……? という、疑問を一旦捨てて、その資料に書かれている手順の一から、この装置の動作確認をしていく。

 

『手順① 魔力を通して使用者登録をしよう!』


 妙に腹立たしさを感じる指示に沿って、俺はその装置に向けて『傲慢』の魔力を発する。

 すると、装置の中心に浮いている立方体が淡く光った。

 ……どうやら、問題なく起動できたようだ。


『手順② 媒介となる素材と一緒にゲージが溜まるまで魔力を注ぎ込もう!』


 ……ゲージて、おいおい。

 こんなもの俺にしか……と、冷静にツッコミを入れようとしたところで思考が凍り付く。

 この文字は、この資料は……日本語で書かれている。

 


 なんだ、これ……どうなっている?

 心臓が跳ねる。

 運動をしたわけでもないのに、一瞬で背筋に流れるほどの汗が噴き出て、あまりの衝撃に思わず手が震え、資料を落としそうになった。


 だが、取り乱しそうになる思考を深呼吸で何とか平静に保ちながら、頭脳を全速力で働かせる。


 

 この世界に来てから既に五年。

 当然、文字の書かれたものを目にする機会はたくさんあった。

 だが、そのどれもが創作物にありがちなファンタジー文字で記されており、そのことを特に気にしたこともなかった。

 先日の公開裁判の際にクインが使用した王城から発刊されたという危険な魔道具の一覧も、日本語ではなくこの世界の文字で記されていた。

 

 だと言うのに、これは……。

 ルーカス・マーデン……お前は、お前も、そう……なのか?


 予想外の事態に俺は発していた魔力を一度引っ込め、数枚ある資料をめくっていく。

 すると、三枚目までは同じような手順書が続き、そのあとで何やらノートのページを切り取ったような手順書とは紙質の違う資料が出て来た。


 それに目を通せば、手順書に書かれた日本語をそれっぽく解読した風のメモ書きだった。

 日本語が分かるからこそ理解できる。

 これは間違いなく解読を装われたヒントであり、書いた者が元より日本語を理解できていて初めて成立するものだ。


 ……ここまで見せられてはもう信じざるを得ない。

 無論、これまで一切考えたこともなかったわけではない。

 だが、まさか本当に俺以外にも存在しているとは……。


 転生者と決まったわけではない、何かのきっかけでその知識を得ただけという可能性も十分にあり得る。

 しかし、これだけは断言できる。

 ルーカス・マーデン、あいつは、本来、この世界の住人が知りえないはずの情報を持っている。


 この世界で起きた何より衝撃の事実、だが、だからこそ俺は逆に冷静になれた。

 これをいじるのはまた後だ。

 何より、この封筒と資料の存在で、グランダル家の魔道具製作に関する証拠は十分だろう。


 一旦、皆に共有して――と、俺がそう思った時。


「ファレス様っ! ファレス様っ!」

 

 部屋の外辺りから息も切れ切れにそう叫ぶクインの声が聞こえて来た。

 その声の必死さと、何より、サンを通じてではなくクイン自身が走ってこちらに来たことに違和感を覚えた俺は資料の入った封筒とSF風装置を抱えて、その隠し部屋を飛び降りた。


「どうかしたか? クイン?」

 

 急いで部屋の外に出ると、俺を探してキョロキョロとしているクインの姿がすぐに目に入る。

 肩で息をしながらも、休まずに俺を探すクインの姿は真剣そのもの。

 間違いなく、何かがあったのだろう。


「ファレス様っ! そ、その……一階の……部屋で……サンが……」


「クイン、少し落ち着け。……サラ!」


 俺の姿を見つけると飛び掛かるような勢いで駆け寄って、呼吸を整える間もなく報告をしようとするクインをなだめる。

 その様子から、一度水を飲ませた方がいいと判断して超有能メイドの名前を特に叫ぶでもなく呼んだ。


 すると――


「お呼びでしょうか?」


 息切れ一つなく、そうあるのが至極当然と言った表情で音もなくサラが現れた。


「ああ、クインに水を飲ませて落ち着かせてやってくれ」


「はい、かしこまりました」


 そう言うとサラはどこからともなく椅子とカップを取り出し、その中へ魔法で水を生み出すと座らせたクインへ手渡した。


「どうぞ、こちらを」


「あ……ありがとう……ございます」


 クインはサラに渡された水を驚きながらもゆっくりと飲み干す。

 すると今度は階段の方からも声が聞こえて来た。


「サラさん……急に駆け出したかと思えば、なんですかあのスピードは。私の雷魔法にも匹敵する速さでしたわよ……」


 そちらに目を向ければ、呆れた顔で悠然とセレスティアが歩いてきている。


「主に呼ばれたのならば、一秒たりともお待たせすることなく傍にいるのがメイドの務めですので」


「……そう。もう、何もツッコみませんわ」


 何やら二人の間の空気感が変わっているような気がする。

 少しばかり気安い関係になったかのような……いや、今はそれよりクインのことだ。

 俺は改めてクインを見据えて聞いた。


「それで、クイン。何があったんだ? ちょうどサン以外が集まったところだ、全員分の情報共有をしておこう」


 俺がそう言えば、ふぅ、と一つ息を吐いて呼吸を整えたクインが姿勢を正して話し始める。


「一階の……サンが何か気になると言った部屋で、突然サンが姿を消しました。ですが、すぐに部屋全体を魔力で満たしてみたところ、ごくわずかにですが、魔力が吸い込まれていくような、そんな不思議な事象を確認しました」


「そうか。その部屋は、今はどうしている?」


 簡潔に分かりやすく報告してくれるクインに合わせて、俺もスピード重視で反応する。


「近くを通った騎士の方に扉を開けたまま、中には入らないで下さいと頼んであります」


「よし、すぐに向かおう。先に、クインに続いて報告すべきことはあるか? 些細なことなら後回しだ」


 サラとセレスティアの情報共有もしてもらう予定だったが、状況を鑑みてこれを超える優先順位となるものはないだろうと判断し、そう確認する。


「ありません」

「ありませんわ」


 サラとセレスティアもそれが分かっているのか即座に頷いた。


 さて、一体後はどんな秘密が眠っているのやら?

 もし、サンに手を出そうというのなら、相手が何であろうと許さない。


 手に持っていた資料とSF風装置をサラに収納してもらい、俺たちはクインの言っていた部屋へと急いだ。

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