第百二十八話 祝勝会――その隣へ並び立つ
再び帰って来た王都での我が家、アゼクオン別邸。
なんだか、数時間前に戻った時よりも賑やかになっている気がする。
「……サラ、この状況は一体?」
「奥様のご提案によって急遽祝勝会を行う運びとなったようです」
「なるほどな」
一足先に馬車を降りて騒ぎの確認に行ってくれたサラに理由を聞くと、どうやら母さんの仕業らしい。
「すみません、少し手が足りていなさそうですので、手伝いに行って参ります」
俺に報告を済ませるとすぐに戻ろうとするサラ。
確かにこの盛り上がり様は見たこのないレベルだ。
さすがのアゼクオン侍従たちでも、即時の対応には手が足りていないらしい。
「サンもお手伝いしたい!」
すると、そんなサラを心配してかサンがいつもの天真爛漫を発揮させて挙手をした。
「ちょっと、サン!? 流石に迷惑になるわ」
「いえ、どうやらスペーディア商会の方々にも手伝っていただいているようで……もしよろしければその方たちの指示出しをお手伝い頂けると……」
クインがすぐに止めに入るも、珍しくサラが本当に困った様子で手伝いを頼んでいる。
母さん……一体どれだけの人を呼んだのやら。
サラがあんな表情をするなんて、余程だぞ……。
「え、あ、そうですか? そういうことなら、私もお手伝いさせてください」
サラの頼みに俺と同じく驚いた様子のクインがそう言うことならと、手伝いを申し出た。
「ありがとうございます。ファレス様、バタバタとしてしまい申し訳ありません」
「いや、気にすることはない。……元を辿れば母さんが原因だろう。サラ、クイン、サン、頼めるか?」
「「はいっ」」
「うんっ!」
最後に俺がそう言えば、元気よく返事をして三人が屋敷の方へ駆けていく。
「祝勝会か……」
俺はそんな様子を見送りながら呟いた。
今日は正直あまり勝った気がしないのだが……。
状況を整えたのは母さんで、俺を焚きつけたのはサラにセレスティア、裁判ではガルドールとクインがそれぞれ活躍して、俺はと言えばほぼあの黒竜を斬っただけに過ぎない。
それより今は考えなければならないことが多い。
俺は今のままでは皇帝に丸め込まれて、担ぎ上げられた皇帝になることになりかねない。
それでも目的は果たせるが、それは俺の望むところではないというのは先ほども決意した通りだ。
それにサンの兄弟のことだってしっかりと調査をしてやりたいし……。
「気乗りがいたしませんの?」
なんて、色々と考えているとそんな俺の様子を見かねてか、セレスティアが聞いて来た。
「いや、そうではないが……」
俺が言い淀むとセレスティアは「ふふっ」と柔らかな笑みを浮かべたあとで、少し真面目な顔をして言う。
「ファレス様が何にお悩みなのか、そのすべてを推し量ることは叶いませんが、今のあなたは紛れもなく今日の裁判に勝利し、英雄となったファレス・アゼクオンですわ」
その後は続けずに「分かるでしょう?」という顔をするセレスティア。
まあ、確かにセレスティアの言う通りだ。
英雄が祝勝会の場で乗り切れないのでは、今日の俺の周りの活躍にも陰りが出てしまう。
俺が本当に周りへ感謝をしているのなら、この場での俺は堂々としているべきか。
「……そうだな。少し疲れていたようだ。忠告に感謝するセレスティア」
俺は気を引き締め直して、セレスティアに感謝を伝えた。
「忠告だなんて……ですが、サラさんがあなたの影を支えるなら、私は隣であなたを見守りますわ。もっとも、サラさんやクインさんと違ってその程度しかできないのですが」
すると、急に纏う雰囲気を変えたセレスティアがそんなことを言ってくる。
ほんと……急になんてことを言い出すんだ。
俺は思わず伸びかけた手を、鋼の理性で何とか引っ込めた。
だが、なるほど。
確かに、立場上、俺とセレスティアは侯爵家の子息子女同士、それはサラにもクインにも変わることは出来ない。
ただ――
「お前にしては珍しく謙遜するのだな。俺の隣に立つというのなら胸を張っていろ。俺の隣はその程度で立てるほど安いつもりはないぞ?」
確かに珍しく弱さを見せて来たセレスティアにグッと来たことは間違いないが、それはセレスティアには似合わない。
「――! ふふっ、そうですわね」
そうだ。
そうやって、優雅に気高く、美しく、微笑みを浮かべているのが、セレスティアには似合っている。
……そう言えば、ファルシアン領で祖父と散歩をしている時に見つけて来たプレゼント用の魔道具を綺麗に磨いてもらってからずっと持ったままだったな。
そんなことをふと思い出した俺は、魔法的収納機能の付いたこの外套のポケットから目当ての物を探し出し、手に握る。
「セレスティア、少し後ろを向いてくれ」
「え? ええ、分かりましたわ」
そして困惑した様子のセレスティアに背中側から手を回し――
「え、あ、あの、ファレス様っ!?」
抱きしめる……のではなく、取り出したネックレスをその美しい首筋に垂らした。
「…………あ、あのこちらは?」
「ファルシアン領で、少し、な。鑑定はしていないからどんな魔道具かは不明だが、俺の祖父が直々に確認し、お前の身やその周りに害を及ぼすようなものではないことは検証済みだ。……ふむ、想定通り、いや、想像以上に良く似合っている。綺麗だ、セレスティア」
頬を朱に染めて振り返ったセレスティアに軽く説明をしながら、俺は自身のセンスに内心でガッツポーズを決める。
そのネックレスは細いチェーンに蒼天を思わせる蒼の宝石が施されたシンプルながら美しい逸品だった。
一目見たときから、セレスティアのイメージにぴったりだと思っていたが、実際に付けてもらうとこれはなかなか……いや、素晴らしいな。
公開裁判ということで、気合いの入った格好をしていることもあるのだろうが、流石は人気キャラランキング一位のビジュアルと言ったところか。
なんて、久しぶりに全力で廃人ぶりを展開していた俺だったのだが……
「……ほんとうに、悪い人」
油断しているうちに、瞬雷の如く速さで今度はセレスティアの方から首に手を回されると――
「これはここだけの秘密ですわ」
グッと顔を彼女の方へ引き寄せられて、次の瞬間には、ほのかに甘い香りと共に柔らかな体温が唇から伝わって来た。
時が止まり、音が消える。
視線の先では白く透き通った柔肌が微かに揺れていた。
数秒して、微かな水音と共に体温が離れていく。
「……」
「……ファレス様が悪いのですわ。いきなりこのようなことを――」
首筋から垂れるネックレスに触れながら、俯いて話すセレスティア。
しかし、それ以上は俺の耳に届かない。
なぜなら……俺の脳内では鋼の理性が陥落寸前だったからだ。
ここが馬車の中で良かった。
自室だったら理性の大敗北待ったなしだっただろう。
「……あ、あの、ファレス様?」
俺は少し離れてしまったセレスティアの肩へ手を回す。
「……あの、あの……!」
そして今度は俺の方から彼女へ唇を落とした。
「――!?」
驚きに固くなった氷を俺の熱が溶かす。
再び、互いの熱が温度を分け合うと、ゆっくりと顔を離した。
「お前の言う通り、悪いのは俺だな」
「……敵いませんわね」
俺の言葉に口元を隠しながらそう言うセレスティアの方へ手を伸ばす。
「さて、そろそろ良い頃合いだ。英雄を支えてくれるのだろう?」
「ふふっ、存分に、頼ってくださると嬉しいですわ」
セレスティアは俺の手を取りながら、そう言って笑った。
こうして俺はセレスティアと共に皆の待つ方へ歩き出した。
なお、御者が明後日の方を向きながら、天を仰いでいたのはまた別のお話。
溢れ出る正妻感。
極甘セレスティア回でした。




