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第百二十七話 アゼクオンVSグランダル⑬

「……殿下? いったい何を? 皇位と継承権の譲位、と言いましたか?」


 驚きを飲み込んで、出来る限りの礼儀を尽くしながらそう聞いた。

 せっかく考えていたお見舞いの言葉や、一発くらい檄を入れてやろうなんて甘い考えは吹き飛んでしまっていた。


「やめてくれ……いや、やめていただきたい。僕はもう殿下ではないんだ。これまでの実績からも明らかだろう? この国を率いるのに、あなた以上の存在はいないだろう」


 どこか諦観の混じった声で言い諭してくる。


 ベリル殿下に魔法的な介入は見られない。

 皇帝が先ほど何かしたのかとも考えたのだが、どうやらそれは違うようだ。

 紛れもなく、今、俺に話をしているのはベリル・グラーツィア自身であり、彼の本心だ。

 と言っても、自棄が入っているのには間違いないだろうが。


「いや、少し待っていただきたい。実績がどうだとかそういうことは関係ない。皇位とは本来、その血が示すものだ。確かに俺は世代で最も優れているという自負がある。他世代と比較されても、遅れを取るつもりはない。だが、皇位と継承権の譲位などそう簡単に行われるべきではないはず、です」


 最後に、忘れかけた敬語をくっつけて言葉を締める。

 俺は何を熱弁しているのだろうか?

 少し前に皇帝になると宣言したばかりだというのに……。

 ほとほと全く、おかしな話だ。


 だが、こんな形での皇位獲得なんて俺の望むところではない。

 俺は俺自身の実力を持って、この手でその座を掴みたい。

 そうしてこそ意味があると思っているし、それでこそ後ろにいる彼女たちにも責任を示せるとも思っている。


 だから、こんな投げやりな提案を受けるわけにはいかない。


「だけど……グランダル家の罠にまんまとハマり、そのコンプレックスからよく調べもせずに危険な魔道具を使い……あまつさえ、僕は……僕はこの手でメーディアを……!」


 しかし、ベリル殿下もただ投げやりに提案している訳ではないらしい。

 あの時、メーディアさんの胸を貫いたあとで、少しだけ呆然と自分の手を見つめていた時と重なる姿で自分の手を見つめながら殿下はその胸中を吐露した。


 まあ、その気持ちは分かる。

 俺だってもし天変地異的な何かが起きて、サラやセレスティア、クイン、サンなどをこの手に掛けてしまったらと思うと、自棄を起こしてしまうかもしれない。


「だが、メーディアはメーディア・フルタスは生きている。自棄を起こし、その責から逃げようとするな!」


 だが、その自棄は到底認められるものではない。

 人を殺した罪悪感から逃れるために何かを放棄したところで、得られるのは何かを失ったという事実だけ。

 確かに、その瞬間は罪悪感と同じだけの喪失感を味わい、反省した気に、償えた気になるかもしれないが、罪悪感と喪失感は等価ではない。

 

 喪失感は失うもの。

 いつか何かで代替(だいたい)することは可能だろう。

 しかし罪悪感は積もるもの。

 いくら贖罪を重ねても、絶対になくなることはないものだ。


 逃れようとしたところで、何の解決にもならない。

 だから、認められないのだ。


「――っ! けどっ! 今更、今更どんな顔をして会えばっ!」


「そんなもの誠心誠意、謝意を尽くすほかないだろうっ!」


 ヒートアップする俺たちと呆然とする女性陣。

 だが、その横で興味深そうな顔をした大人が二人。


「ほう……ベリルがここまで自分の意思を示すとは……」


 

「ファレス、ベリル、少し落ち着け」


 そんな皇帝が遂に口を挟んできた。


「……」


 一瞬、ここが皇帝の御前であるということを忘れてしまっていた。

 俺もベリル殿下も頭から氷水を被ったように、上った熱が冷めていく。


「……ベリルの発言が性急だったことは事実だろう。だが、ベリルは間違いなく帝国を揺るがした。相応の責任を取る必要があることは分かるな?」


「無論、理解しております」


「それに加え、ファレス、お主には余の名代を名乗らせている。ベリルの判断は行き過ぎたものではない」


 皇帝は直接、俺に言い聞かせるように言ってくる。

 だが、今の皇帝には少し違和感を覚えた。


「ですが……!」


「反論は求めていない。しかし、此度のことが性急であったことは先も言った通り事実。だから今はそうなることも十分在り得るということを理解しておけ」


 ……冷静になった頭で皇帝の発言の意図を考える。

 現状だけを見れば、皇帝は場を諫めようとしてくれている親のように見えるだろう。

 しかし、殿下を起こす前の、あの皇帝の顔しかしていなかった皇帝モラクを思うと、何か意図があるように思えてならない。


 ……もしかして、皇帝の目的は俺に反論をさせないこと、か?


 皇帝がどこまでの人物なのかは分からない。

 だが、俺の中に野心があることは普段の態度を見ていれば、誰の目にも明らかだろう。

 皇帝になろうとしている、なんて具体的なところまでは理解されていなくとも、将来、俺を手中に収めたい場合、ここで譲位という形を理解させておくのは皇帝にとってはメリットしかないのではないだろうか?


 簒奪ではなく譲位によって俺が皇帝となった場合、元皇帝の立場は固くなる。

 例え、その血がつながった皇族でなくとも、だ。

 

 もしこの推測が正しければ……流石は『強欲』の大罪魔法所持者といったところか。

 俺という芽を摘むのではなく、最大限矯正した方向に伸ばそうとは……。


 だとするならば、俺の答えは一つだ。


「お言葉ですが陛下。俺は皇帝位とは力の象徴だと考えています」


「ほう?」


「暴力だけではありません。支配し統治する力、君臨する力が皇帝位だと、そう考えています。そんな皇帝位が他家に簡単に譲られたとあっては、それは間違いなく力の減衰を招きます。そうでなくとも譲位によって得た皇帝位でなれるのはせいぜい傀儡の王程度でしょう」


 俺がそう言うと、皇帝の口角が僅かに上がったように見えた。


「ですので、例え陛下のお言葉であろうと、私はその譲位に賛同することは出来ません」


 そんな皇帝に俺は自分の意見を叩きつける。

 俺は譲られた帝位などに興味はないのだと。


「もし、自分が皇帝となるならば、その地位を奪い取ると?」


 その意図ははっきりと伝わったようで、皇帝はいつもの試すような口調と顔でそう聞いてきた。

 だが、今回は途端に場の空気が変わる。

 魔力ではない、ただ圧倒的なまでの存在感で皇帝は空気を変えて見せた。

 

「無論、それが目的となるのなら」


 祖父やレドのような純粋な強者とも違う、圧倒的なまでの存在感は思わずよろめきそうになるほどに有無を言わさぬ圧力を発している。

 しかし、俺はそれに負けずに真っ向から受け止めて、言い切った。


「……フッ、ハハハハハッ! 良い、実に良いではないか! ……リヴァーシンズ大司教、今この場で何か話されていたか?」


 すると皇帝は満足げに高笑いをしたかと思えば、スンと音がするように表情を引き締め、わざとらしくそんな風に問いかけた。


「はて? 何のことやら。私の目には殿下のご快復を喜ぶご学友たちの様子が見えただけでしたが」


「ああ、そうだろう。ベリルよ。お前へのことは追って沙汰する。さて、今日のところはこのくらいにしておくとしよう」


「ファレスに各家令嬢たちよ、息子への見舞いに感謝しよう」


 皇帝がそう言うと、皇室の私生活用メイドだろうか? そんな王城では見たことのない人が背後で扉を開けた。

 どうやら、先ほどまでの話は全てなかったことにするようだ。


「……いえ、お気遣いなく。それでは陛下、私たちはこれで失礼させていただきます。リヴァーシンズ大司教もお仕事中に訪問してしまい申し訳ありません。ベリル殿下につきましてはぜひお大事にしてください」


「いえ、敬虔な行いを神は常に見守っておられる。あなた方にも聖神ネクシアの加護があらんことを」

「……ああ、ありがとう。ファレス……」


 こうなってはもうどうしようもない。

 まあ、あの場であれ以上討論を繰り広げた所で生産性がないのも確かだ。


 そう考えた俺は四人を引き連れて足早に皇族の生活空間であろうその場所を離れたのだった。


 ◇◇◇


 王城――玉座の間。


「裁判中にも思いましたが、中々、骨のある青年のようですな」


「うむ、あれは珠玉の逸材よ」


「ですが、どうにも『傲慢』が過ぎませんか?」


「フッ、馬鹿を言え。皇帝を目指そうという者が傲慢でなくてどうする」


「……なるほど。聖教国にはない考え方です」


 すでに日も落ちて暗くなったそこで老獪な二人は楽しそうに談笑する。

 そんな会話を近衛騎士隊長グレイグはなんとか聞き流そうと努力していた。

ここまで読んでいただきありがとうございます!

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