第百二十四話 アゼクオンVSグランダル⑩
あれから会場中より大喝采の嵐を受けて、存分に自己肯定感を高められた俺は現在、王城の玉座の間に呼び出されていた。
もちろん俺だけではなく、クインや少し休んで大分顔色の良くなったガルドールも一緒だ。
「ファレス、並びにクイン、ガルドールよ。この度はよくやってくれた」
玉座に着く皇帝の前で跪きながら、改めてお褒めの言葉を賜る。
「「はっ」」
恭しく礼を尽くす俺とクインに対し、ガルドールは跪きこそすれど、頭を垂れることはない。
しかし、皇帝も皇帝でそれを咎めはしなかった。
なぜならばガルドールが仕えるのは皇帝ではなく、聖神であるネクシアであるためだ。
「さて、余は此度のお主たち献身に報いたいと思う。何か願いはあるか?」
そんな俺たちに皇帝はあの試すような視線を再度向けてそう言った。
願い……か。
今回は確かに、ベリル殿下のため、延いては皇室のために動いたようなものだが、きっかけとなった目的は色々と画策していそうなグランダル家が鬱陶しくなった、と言うだけだ。
俺個人としては、皇帝になろうと目標を持っているが、流石にそれを皇帝に直接言うような馬鹿では無い。
さて、どうしたものか……。
俺が迷っていると、そんな内心を見透かしたようなガルドールが先に口を開いた。
「アタシは特にいらないわ。そもそも帝国の人間じゃないからね」
「ほう、無欲なのだな?」
皇帝は表情を変えずにそう返す。
「違うわよ……アタシは自分が力を貸すに足る人に出会えたってだけで満足なだけよ。これ以上は欲が過ぎるというものだわ」
すると、ジッとこちらを見つめながらガルドールはそう言った。
世間ではそれを無欲というのではないか?
と思ったが、視線から感じられる確かで満足気な信頼に俺は「そういうこともあるか」と納得するほかなかった。
「ハッハ! そうか! ではそうだな……王都の教会に多少の資金援助をしておこう」
「寛大なご対応に感謝するわ」
ガルドールと皇帝のやり取りが終わり、皇帝の視線は次に俺の隣のクインへ向けられた。
「そう言えば……お主にはあの時も会ったな。クイン・スペーディアよ」
「わ、私のような者の名まで覚えていていただけるとは……感激で言葉もありません、陛下」
「ハッハッハ! 忘れずはずがなかろうて。今やお主の名はファレスと並んで有名ではないか。あの船『クインファレス』その成果を持って、帝国に名を轟かせている」
恐れ多いといった様子で平伏するクインに対し、皇帝は面白そうに『クインファレス』の名前を出して笑う。
度々話題に出されては、その度に思わされるが、本当にあの船の影響力は凄まじい。
……また、旧ノウ領にも顔を出さなくてはな。
「そんな……私とファレス様が並ぶなど……」
少しこちらに視線を向けたクインが申し訳なさそうな声でそう言う。
だが、実際クインの実績は称えられるべきものだ。
そのため俺はクインが向けてきた視線に対して、自信を持てという意味を込めた視線を返す。
「さて、改めて聞こう。クイン・スペーディアよ。お主は何か願いはあるか? 遠慮の必要はない。そこの聖者とは違い、お主は紛れもなく帝国の民なのだからな」
再び皇帝にそう問われたクインはまだ微かに瞳が揺れていたが、やがて意を決したとでも言うかのように真剣な表情になると言った。
「現在、母が中心となって行っている魔道具の鑑定士の育成を王都の学園のような施設を作ってより広く、行いたいのです」
……ほう。
クインの口から話されたそれはこの場に最も適しているように思われた。
確かに自分の願いでありながら、その先では確実に帝国の利へと繋がっている。
そしてそれを語るクインは紛れもなく、商人の顔つきをしていた。
「ほう? なかなかに興味深い話だな。……良かろう。政務担当者に話を通しておこう。詳細はその方と詰めるが良い」
「ありがたき幸せにございます」
ここでそんな願いを絞り出したクインもすごいがやはり皇帝も凄まじい。
クインの願いに対し、全く躊躇う様子がなかった。
……あれが、皇帝としての正しいあり方か。
君臨すれども統治せずとは若干の差異があるような気もするが、俺は確かに今のやり取りの中で『皇帝』という存在を見せられたような気分になった。
……だが、そんなことを考えている場合ではない。
ガルドールに続き、クインも自身の願いを言ったのだ。
ならば次は……と、俺が思うとほぼ同時に、皇帝の視線が間違いなく俺へ向けられた。
「さて、ファレスよ。お主で最後だな」
……さぁ、どうしたものか。
正直に言えば、現在の俺に、皇帝に叶えて欲しい願いはないと言っていいだろう。
皇帝になるという目標は自分で叶えるものであるし、その他については立場も、金も、名誉も、今の俺は全てを持っている。
しかしながら、ガルドールとクインがそれぞれ願いを言った手前、俺が遠慮をするというのは立場的によろしくない。
貴族として、皇帝の顔を立てるというのは当然の常識だからだ。
この場における無欲は確かに俺らしい、最も『傲慢』な答えだが、それはこの場に適したものではない。
そう考えていると不意に頭の中へ直接声が聞こえて来た。
「(……お兄ちゃん。突然ごめんなさい)」
「(サンか? 悪いが今は……)」
「(お願い、すぐだから!)」
俺は珍しく必死そうな声を上げるサンに違和感を覚え、願いを考えるふりをしてサンの方へ意識を向けた。
「(分かった。どうかしたのか?)」
「(……うん。あのね……さっき、お兄ちゃんが倒したドラゴンのことなんだけど……詳しく見せてもらうことってできる……かな?)」
さっき倒したドラゴンとはトールスが召喚したあの黒竜のことだろう。
それを詳しくみたいだなんていったいどうしたのだろうか?
同族として思う所があったのか?
「(あれは既に王城の近衛騎士が……)」
先ほどの黒竜の死骸は既に近衛騎士たちによって運ばれてしまっていた。
だが、そう言いかけて、ふと思いついた。
「(分かった。あのままの姿の黒竜を見たいということで良いんだな?)」
「(うん。突然ごめんなさい。でも、どうしても見なきゃいけない気がするの)」
「(いや、謝る必要はない。逆に俺が助かったくらいだ)」
「(?)」
会話の先で? を浮かべるサンの顔が思い浮かんだが、これ以上は流石に皇帝を待たせすぎになってしまうと、俺はそこでサンとの会話を終えた。
そして改めて顔を上げ、真っすぐに皇帝へ視線を合わせると言う。
「陛下、先ほどの黒竜の死骸をそのままお譲りいただくことは可能でしょうか?」
「ほう? 今ならばまだ解体作業も始まっていないだろう。問題はないだろうが、そんなことで良いのか?」
皇帝は俺の願いに意外そうな顔をして確認してくる。
「はい。竜は希少な存在ですから。この機に自身の目でよく見ておきたいと」
「……ふむ。お主にしては控えめな願いだな。その昔は余の忠臣であるエバンスの娘を己が物だと言い張っていたと言うのに」
何か含みのありそうな物言いで揶揄うように皇帝が言ってくる。
……そう言えばそんなこともあったな。
「あの時は必死でしたので」
「ハッハ! そうか。……では、お主らの願い、このモラク・ルー・グラーツィアの名を持って叶えることを約束しよう。他にはもうなにもないか?」
皇帝は俺の答えに一先ずは満足したように笑うと、そう宣言した。
俺たちはその宣言に改めて膝を付いて頭を垂れる。
「陛下、ベリル殿下を見舞ってもよろしいですか?」
俺は最後にそれだけ質問した。
「ああ、良かろう。息子は自室で療養している故、城の近衛に声を掛ければ入れるように取り計らっておこう」
すると皇帝は先ほどまでの様子から一変し、一気に興味を失ったような顔でそう言った。
「ありがとうございます」
しかし、その表情には触れずに俺たちは玉座の間を後にした。
◇◇◇
「ファレス、願い事はあんなもので良かったの?」
玉座の間を出た道すがら、人の気配がほとんどない辺りまで歩いてきたところでガルドールがそう聞いてきた。
「ああ、可愛い妹分に頼まれたからな。それに俺は、願いは叶えてもらうより自分の手で叶えたいタイプなんだ」
「そうね……あなたはそう言うタイプだったわね」
俺の答えに納得、という顔をして再び前を向くガルドール。
「妹分……と言うと、もしかしてサンですか? いつの間に!?」
それに対して、ガルドール以上にクインが食いついてきた。
「あ、ああ。先ほど皇帝との会話中に丁度よくな。珍しく切実な頼み事だったからせっかくならばと思ってな」
「それは……すみません」
「なに、クインが謝ることではないだろう? 確かにクインの身辺警護の意味もかねてサンのことを任せてはいるが、そもそもサンは俺の従魔だ。主である俺が願いを聞いてやるのが道理というものだろう」
「ファレス様がよろしいのでしたら……良いのですが」
「……ちょっと待って? 妹分が従魔で、それをこの子の身辺警護に回してるの?」
申し訳なさそうにするクインを横目に今度はガルドールの方が食いついてきた。
「ああ、それはな……」
こうして色々な話をしながら俺たちは王城を後にした。




