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第百二十三話 アゼクオンVSグランダル⑨

 裁判は確かに終わりを告げた。

 公開裁判での鮮やかなまでの逆転劇、観衆の記憶には俺たちの勝利とグランダル家の悪辣さがこれでもかと知れ渡ったことだろう。

 

 しかし、この裁判という形式に乗っ取って行われた皇室対グランダル家の争いはその程度の決着を易々と認めることが出来ないほどにまで大きくなってしまっていた。


「ハッ……ハハッ……これで、これで終わりなのか?」


 トールスのぼやきに反応を返してくれる者はいない。

 トールスの周りにいるのは皆、『怠惰』の影響で自我を失い、ただトールスの言う通りに動く人形だけなのだから。


「刑罰については外様の私が口にすることではない。近衛よ! トールス・グランダル及びにその一行を拘束し、この国の法に基づいた刑を執行せよ」


 リヴァーシンズ大司教によって最後の沙汰が下される。

 優秀な帝国の近衛騎士たちは指示を受けてすぐにトールスの元へ動き出した。


 だが――


「いや、違う。まだあるじゃないか。本当ならば皇帝に対して切るつもりだった切り札だけど……この場で拘束されるわけにはいかない。グランダルは頂点に立つ存在なんだ!」


 近衛が動き出すよりも先に突然トールスは自身の指を嚙みちぎり、溢れ出した血液をその指に嵌められた漆黒の珠の付いた指輪に垂らした。


「全て消し去れば証拠は残らないっ!」


 そんな叫び声と共にトールスが指輪を天へ掲げると、たちまち空には暗雲が立ち込め、なにやらおぞましい気配がこちらに近づいてくるのが分かった。


「ファレス様っ!」


 焦った様子でクインが俺を呼ぶ。

 

「ああ、どうやら最後に厄介な隠し玉を握っていたようだな……だが、ここは裁判の場。戦闘を行う場ではない。力による結果の改変など、到底許されるものではない」


「迎え撃たれるおつもりなのですかっ!?――……いえ、そう、ですね。ファレス様ならばそうなさりますね」


 一瞬、信じられないとでも言いたげな表情をして見せるクインだったが、どうやら俺のことをよくわかっているらしい。

 そうだ。

 俺は『傲慢』ファレス・アゼクオン。

 相手のすべてを叩き潰してこそ、真の勝利であり、本当の意味で敗北を認めさせることができる。


「クイン、避難誘導は任せたぞ」


「はい。お任せください」


 俺が指示を出すのとほぼ同時にヤツが空中より顔を見せる。

 あの日、船上で暴走していたサンよりも巨大なそれは、正しく伝説に語り継がれるような黒き竜だった。

 

 歴戦を感じさせる傷の見え隠れする翼。

 ファルシアン領の要塞のような外壁ですら紙のように引き裂いてしまいそうな(アギト)に爪、太く強靭な尻尾。

 そんな黒き竜が悠然とこの訓練場を目掛けて飛んできている。


「さぁ! 漆黒の竜よ! 血の盟約に従い、僕の外敵を排除しろっ!」


 トールスはそう叫ぶと彼の指に嵌められた指輪と上空の竜の額が同色に光る。

 すると黒竜は命令の通りに動き、その口元には膨大な魔力が密集していくのが感じられた。


 その魔力は一般的には確かに膨大な魔力だろう。

 だが、黒竜の巨体からは考えられないほどに魔力が少ないように見える。

 もしかして、トールスの魔力量でしか攻撃が出来ないのだろうか?


 ならば、何も考えることはない。

 理外の存在でないのであれば俺の敵ではない。


 そう考えて剣に手をかけると不意にギャラリー席の方から視線を感じ、一瞬そちらに意識を向けてみれば、そこからは皇帝が試すような視線で俺を見下ろしていた。

 その顔には竜の接近を気にした様子も見られない。

 まるで観劇でピークを待つ観客のような、そんな表情をしていた。


「……なるほど。良いだろう。トールスによって貶められた貴族の誇りというものを証明してやろう」


 俺はそう呟くと風の魔法を纏い、さらに魔力を練り上げてブレスを放とうとしている黒竜の元へ一気に跳び上がった。


「「「ファレス様っ!」」」


 聞き馴染みのある声が聞こえた気がする。

 その声は心配ではなく、勝利を確信した信用の声だった。

 

「ここがファルシアン領ならば、祖父らと共に少し遊んでやることも出来ただろうが、残念ながらここは王都、それも王城の上空だ。貴族にはノブレスオブリージュという概念があってな。力を持つ者はそれを適切に振るう必要があるのだ」


 おそらく理解しえないだろうが、俺は竜に語り掛けた。

 

「それに、貴様のような誇り高き竜に、このような扱いはそぐわないだろう。だから一撃で眠らせてやる」


 全身へ『傲慢』ではない、もう一つの大罪魔法を行き渡らせる。

 ガルドールの剣を両断した時よりもさらに強く、強く魔力を高める。


 そして、今にもブレスを放たんと首をもたげた黒竜の頭を、一刀で斬り落とした。



「なっ……なん、だと……。グランダルの最終兵器、皇帝にも届きうるはずの黒竜が……たった一人のそれも……剣如きに、敗れた……だと?」


 呼び寄せた竜を一撃で屠られたトールスは苦痛に顔を歪めながらも、上空からゆっくりと降りてくるファレスを見上げていた。

 既にその手足には拘束用の錠が巻かれ、取り押さえられていても、その姿を見上げずにはいられなかった。



 俺は斬り落とした黒竜の頭と残りの全身が落下していかないように自身の身体にもかけている風魔法を施し、ゆっくりと降下していく。

 そんな俺の姿を見上げる観衆からは様々な称賛の声や、もはや声を失ってしまう者など色々な人が見え、俺は改めて上に立つ者という意味を実感していた。


 自身が地面に降り立つと、細心の注意を払い、黒竜の亡骸を訓練場の中央に横たえる。

 そして俺は何人もの近衛に取り押さえられ、地を這う虫のような格好にされたトールスの元へ足を向けた。


「これで終わりだトールス。裁判でも力でも、お前が俺に勝つことはない」


 どこまでも傲慢に、だが誠実に、俺は結果だけを告げる。


「くっ……何故だ! お前のような実力者がなぜ、その地位で満足するっ! それだけの力があれば……頂点だって……」


 俺の言葉を受けたトールスは理解できないとでも言うように絶叫した。

 だが、その言葉は俺からしてみれば見当違いも良いところだった。


「頂点を目指す。それ自体を咎めるつもりはない。ただ、お前はやり方を、頂点までの道を間違えたのだ。力と根回しで立てるほど、頂点とは安いものではない!」


 ここ数日、皇帝を目指すと決意してから頂点への意識を持つようになって理解した。

 ただ上に立つだけでなく、頂点に立つということのその重さを。


 何がトールスをこうさせたのかは分からない。

 ただの劣等感か、それとも黒竜を従えていたことからくる傲りか。

 ただ、覚悟のない者が立てるほど頂点は軽くない。

 それだけは確実に言っておきたかった。


 俺はトールスから視線を切り、同じように拘束されているルーカスや三年の男子生徒の方に目をやると彼らに向かってかけられている『怠惰』と全く同じ『怠惰』の魔法をぶつけた。


「ここは、一体……トールス……様? ……くっ、これほど強力な魔法だったとは。引き際を……誤ったな」


『怠惰』の相殺によって意識を取り戻したルーカスはそうとだけ呟くと、抵抗せずに近衛たちによって連れていかれた。

 これから詳しい事情聴取などが行われるだろうが、『怠惰』の影響下にあったことを考えるとルーカスはそこまでの罪には問われないだろう。

 

 ルーカスがどういう意図でトールスに(くみ)していたのかは分からないが、今回の一件でもそれを確かめる術はない。

 だが、まぁ、今後も俺に絡んで来ようと言うのなら今回のように正面から叩き潰すまでだ。


 そんなことを思いながら、控室に戻ろうと入場口の方へ足を向ければ、なぜか向かい側から皇帝が歩き、姿を現した。


 湧き上がっていた聴衆もその姿を目にするや否や自然と口をつぐみ、膝を付いていく。

 当然俺もすぐに跪き頭を垂れた。


 すると皇帝は俺の目の前まで歩み出て言う。


「ファレス・アゼクオンよ。顔を上げよ」


「はっ」


 言われた通りに顔を上げるとそこには満足げな表情で、だが、どこか含みのある笑みを浮かべた皇帝モラク・ルー・グラーツィアが立っていた。


「余の民よ、聞け! 今日ここに、新たな英雄が誕生した! 余の息子であるベリルに掛けられた罪を晴らすだけでなく、国災になりかねない強大な黒竜をも単身で撃破して見せた。彼を英雄と呼ばずして、何と呼ぶのか! さぁ、此度の英雄へ惜しみのない賞賛を!」


 シンとした空間に皇帝の声が響き渡る。

 だが、次の瞬間には割れんばかりの喝采に会場全体が包まれていた。

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