最終話 悪役令嬢はやり直しました
元の姿に戻ったドロシーに、私はゆっくりと近づき膝をついて手を握った。
彼女は少しためらいつつもその手を握り返してくれた。
「奥様……私は……」
「ドロシー、何も知らなかった私を……許してね」
「私の方こそすいません。彼を喪って、それでどうすればいいかわからなくて。旦那様を恨むのは筋違いだってわかっていたけどそうでもしないとどうしようもなくて、それで……」
彼女の表情は私がいつも知っている優しい女性のものだった。
「……メールさん、あなたの拳が私を救ってくれたんです。哀しみに囚われ、与えられた力に飲み込まれた私に手を伸ばしてくれた」
「……あたしは、姉ちゃん達みたいにこういう魔道具を持ってなかったんだ。みんな、子ども時代にはいつの間にか持ってたのにあたしだけ……だけど何でこれが出て来たか、わかんない」
メールさんは自分が先ほど手にした力の象徴に目を落とす。
「……これは私が先輩、つまりはあなたのお姉さんを見ていて思った事だけど……あの人の強さには3つの種類があったわ」
「3つ?」
「ひとつ目は自分が勝つための力、ふたつ目は仲間の為に、守る人の為に出す力。ここまでは多少の違いはあれど多くの人が何かしらの形で持っているものだと思う。今までのあなたも当然持っていた。そして……」
私は一呼吸おいて、その答えを告げた。
「その力の源、それはあなたがドロシーの為に出した力よ」
「?」
「あなたは敵であるドロシーを救う為に、手を伸ばす為に力を出した。恐らく今までのあなたに足りなかったものはそれじゃないかと思う」
メールさんは戸惑った表情を見せる。
「あなたは言ったでしょ?何で先輩が私を助けるかわからないって。私は先輩をひどく傷つけた。下手をすれば先輩の人生を壊していたと思っている。それでも先輩は、敵であった私の為に手を伸ばしてくれた。それが恐らく、あなた達の強さだと思う」
「あたし達の強さ……そっか、あたしはようやく姉ちゃん達と同じステージに立てたんだ……」
「あなたの最後の技、すごく心に響きました」
攻撃を受けて倒されたドロシーの言葉にメールさんが照れくさそうに頬を掻く。
「奥様、私は旦那様と話をして見ようと思います。彼の事について……」
「そうね。私も一緒に居てもいい?」
「はい。お願いします……」
その時、獣の雄たけびが響き渡り森の中から先ほどドロシーが変身していた怪物、ランペイジガルムが2体も飛び出してきた。
「嘘!まだ仲間がいた!?」
「おそらく『連中』が私を始末しに!私を置いて逃げてください!奴らの狙いは私のはずですから!!」
「そういうわけにはいかないわ!あなたを見捨てはしないわ」
やっとドロシーと分かり合えたのだ。
この手を離すわけにはいかない。
「二人とも下がって。ここはあたしが………あれ?」
ランペイジガルム達だが襲い掛かって来るかと思いきやふらふらとよろめきそのまま倒れ込んでしまった。
「えっと……」
「やれやれ、ここには結構来てるはずだけど狼男とか初めてだ。メール、大丈夫だったか?」
メールさんの父親、ナナシさんが奥地から戻って来た。
脇にもう一体ランペイジガルムを抱えておりそれを地面に転がす。
「何か急に群れに襲われてな。生態系が変化しているのかな?ギルドに報告しとかないといかんな。あ、これコンロン草な」
「あの……さ、お父さん。群れってどれくらいいた?」
「うーん、ざっと10体ほど?」
「それ、倒したの?」
「ああ。人を襲うモンスターだしな。危険だろ?何か変な魔術師風な奴も喧嘩売ってきたから殴り倒しといたけど……」
「えーと、それ一人で、だよね?」
ナナシさんは首を傾げながらも頷く。
物凄く微妙な空気が流れた。
恐らくその群れはドロシーを始末しようと待機していた討伐隊か何かだろう。
「えっと、その魔術師風の奴って、私に力をくれた闇組織のボス的な人です……」
つまり、私達がここで大いに盛り上がっている最中に闇組織が『何となく』壊滅させられた、と。
先ほど大覚醒を果たし激闘を演じたメールさんは無表情だった。
うん、何というか……
「あれ、俺何かやってしまったか?」
□
結局のところ、フォルテの病気はドロシーによる呪いだったのでコンロン草は必要無かった。
フォルテは見る見る内に元気になり健康優良な青年になっていった。
そしてドロシーが亡くなった婚約者の話を彼にし、和解した。
親友を救えず、一人生き残った事をずっと彼は悔いていたらしい。
その話を聞いて、ドロシーも憑き物が落ちた様だった。
前向きに生きていく事を約束し、『お暇を頂きます』と使用人を辞めることになった。
理由はどうあれ、主を呪い殺そうとしたのだから仕方ない事だ。
そして1年が経ち……
「あの、やっぱりこれは何か間違っていませんか?」
屋敷のテラスで私はドロシーと一緒にお茶会をしていた。
「ベルガモットティーは嫌いだったかしら?それじゃあアップルティーとか……」
「いや、そうじゃなくて……」
あれから、実家との関係も修復され私は時折父に会いに行ったりしていた。
最も政治の世界には戻る気はなく、あくまで娘として里帰りをしているだけだ。
そこで私は偶然にも使用人を辞めて旅に出たドロシーと再会したのだが私は彼女を掴んで離さずそのまま連れて帰った。
「何で私が旦那様と結婚することになったんですか!?」
「違うわドロシー。それは書類上の話。あなたが結婚した相手はね、私だから」
そう、私はドロシーを連れ帰ると困惑する皆を尻目にドロシーを家族にすると宣言した。
まあ、同性婚とかは認められているわけだし。
ただ、既に私はフォルテと結婚しているのでドロシーと結婚するわけにはいかない。
そこで唖然とするフォルテを言いくる……否、説得して許可を取りに行ってもらい便宜上ドロシーを彼の2番目の妻にすることにした。
「何でこうなったんだろう……」
「それは私が『悪役令嬢』だから」
「あの、奥さ……いや、ベリンダ……悪役令嬢って意味が違うから」
まあ、この世界の認識での『悪役令嬢』は何かプロレスで言う『悪役』みたいなものらしい。
しかも主にリリアーナ先輩のせいらしい。
「ふふ、良いじゃない。『本当』に欲しいものはちゃっかり手に入れちゃうのが私の新しい生き方だから」
交わらないと言われた路はしっかりと交わった。
前世では悲惨な最期だったが今度は幸せを掴んで見せる。
─転生したらすでに破滅フラグを回収した悪役令嬢だった・完─