第3話 誰の為に
ミアガラッハ・レム・リリアーナ。
私がかつて脅迫した女性でありそれにより私は破滅した。
彼女は明らかに私を警戒していた。
無理もない。私は彼女のトラウマを抉り想い人を横から奪おうとした女だ。
あれからすぐ、彼女はその人と結婚したらしい。
「あれから1年ですね。その節は大変ご迷惑をおかけしました」
「それで……何の用?」
「先輩にお願いがあります」
図々しい話である。
あれだけの事をしておき今更頼りに来るなど恥知らずもいい所だ。
「夫を助けたいんです。力を、力を貸してください!!」
私は先輩に頭を下げ懇願した。
前世の記憶が戻る前の私なら死んでもこんな事はしない。
だが今の私は破滅した身。そんな矮小なプライドなどその辺の溝に捨てて構わない。
「……前回の事があるから、正直あなたとは話したくない。でも……あなたは今、困っているのよね?」
「……はい」
「……話を、聞きましょうか」
私はそれから夫が謎の病に罹っている事を説明した。
そしてそれを直す手立てとしてコンロン草に目をつけている事を話した。
「なるほど、コンロン草ね……確かにそういったよくわからない状態を治すならいい考えかもしれない。だけど……」
「わかっています。コンロン草が生えているのは危険な深山ばかりです。だから、腕利きの冒険者を紹介して欲しいんです。勿論、依頼はギルドを通しますが時間があまりありません」
「…………母の生まれ故郷である旧ミアガラッハ辺境伯領のアスコーナ森林地帯にもコンロン草は生えているらしいけど……見つかったのはもう20年以上前の話だし何よりあそこは遠いのよね」
旧ミアガラッハ辺境伯領となると往復だけでも数日かかってしまう。
そしてそこにあるという保証は確かに無い。
「オルドール遺跡平原だな。この辺だとあそこの奥地に生えている可能性が高い」
背後から声がした。
振り向くと逞しい肉体の中年男性が立っていた。
「父様?」
先輩が目を丸くした。
この人が先輩の父親……確かお父様の恩人。
「ブロダイウェズのお嬢さんだな。嫁ぎ先からいなくなったと連絡があって親父さんが心配していたぞ?」
「また何かやらかさないか、とですか?」
「まあ、それも含めてな。親としちゃそりゃ心配な話だ。そしたら俺の娘の所に行ってるみたいだって情報が来て今度は俺が飛んできたわけだ」
どうやら私の動きはバレバレだったらしい。
病気の振りをしてベッドには簀巻きにした寝具やらを寝かせておいてこっそり馬を駆って出て来たのだが……
「あの、お願いです。コンロン草を採ってきていただけませんか?」
「そうだな……ちょっと待ってな。おい、リリィ」
父親に促され先輩は二人別室に行き何やら話し合っている。
そしてしばらくして出てきた先輩はこう告げた。
「父様があなたの依頼を受けてくれるそうよ」
「ほ、本当ですか!?ありがとうございます!!」
「ただし、条件があるわ」
□
翌日、私はオルドール遺跡平原に居た。
その奥地『アグロヴァルの茂み』と呼ばれる場所にコンロン草は生えているらしい。
何故私が一緒に居るのか。
それは私が同行する事が先輩が出した条件だったから。
恐らく私の覚悟を試す為だろう。
ただし、奥地は冒険者のライセンスが無いと立ち入りが出来ない危険地帯。
そこで私は入場制限のないオルドール遺跡平原の一角で野営を立てそこで先輩の父親・ナナシさんを待つ事に。
そして私の傍には一人の女性が護衛としてついていた。
レム家四女レム・ラメール。
先輩の妹さんで皆からはメールと呼ばれていた。
彼女は常に私を睨んでいた。
まあ、姉を苦しめた女だ。無理も無い。
「わかんないな……」
メールさんは呟く。
「えっと、何が……?」
「何でお父さんや姉ちゃんがあんたを助けるのかだよ。ウチはお金には困ってないのに……」
「恥ずかしながら私がお出しできるお金はわずかなものよ」
「それじゃあますます意味がわからない。お人好しにも程がある」
メールさんは腑に落ちないといった表情だ。
「あたしはあんたが姉ちゃんに何をしたかよく知らないけどひどい事をしたんだよね?」
「ええ。許されない事だと後悔しその行いを恥じているわ」
「姉ちゃんは昔、とっても明るい人だった。とっても強くてかっこいい姉ちゃんだった。それがある日を境に部屋に閉じこもってそこから雰囲気が変わっちゃって……あれもあんたの仕業?」
「いえ、それは……それは違うわ」
「そう……」
先輩の雰囲気が変わったのは恐らく上級生に乱暴されてから。
「あんな強い姉ちゃんがいじめられたくらいであそこまでなるなんて。むしろ姉ちゃんくらい強かったら返り討ちに出来るはず。それともそれだけ相手が強かった?」
ああ、やはり彼女はまだ知らないのだ。
自分の姉に何があったかを。
いや、知らなくていい。
先輩がされた事はある意味殺人にも匹敵する。
それ程までに絶望的な事なのだから。
「腕っぷしだけではどうにもならない事もあるの」
前世の私は空手の有段者で腕っぷしも強かった。
だがそんな私でも付き合っていた彼氏のモラハラに抗えず支配され、一方的に暴力を受けていた。
絶望した。自分を守る為に鍛えていたけど何も役に立たなかった。
何とか支援団体に助けを求め逃げ出したが結局見つかってしまい逆上した彼に刺殺されてしまった。
「それでも先輩は強い人」
「当り前じゃん。あたし、スパーリングで一回も勝った事ないんだよ?それどころかこの間なんか『あんたの拳は軽すぎる』って言われた」
「……そう。拳が……」
「あたしの拳は鋼鉄の鎧も砕けるのに軽いなんてどういう事かわかんない」
「……メールさんは、何の為に拳を振るうんですか?」
「は?変なこと聞くね。あたしはこの拳で世界最強になるんだ」
「ではその拳は誰の為に使いますか?」
「自分の強さを証明するために決まってるじゃん。あたしは小さい頃から闘気を纏う事が出来たんだ。みんな、『メールは凄いね』って褒めてくれたんだ。だけど最近伸び悩んでて」
ああ、なるほど。
何となく先輩が言った事がわかった気がする。
「自分の為に拳を振るう事は決して間違っているわけじゃないわ。そういう女性を私は知っている。でも、それでも守れないものもあった」
「何で?力さえあれば何だって守れるんだよ?」
「それは正しい答えであり間違いでもあると思う。現にあなたはお姉さんに勝てていない」
「そ、そうだけど……」
「…………お姉さんの考えや行いをよく考えてみて。そうすればそこにあなたがさらに成長するための萌芽が隠れている」
「あー、もう何か難しいなぁ!!」
どうやら頭を使うのは苦手な子らしい。
いや、まあどう見ても大人なのだがどうも精神年齢は幼い感じだ。
「確かに難しそうな話だなぁ、お姉ちゃん達」
「!?」
森の中から6人の男達が現れる。
見た目からしてごろつきっぽい。
手には剣やら斧やらを持っている。
更にその背後に重たそうな鎧を纏い斧を持った男の姿があった。
「何だよ、あんた達」
「なぁ、姉ちゃん。俺達暇しててさ。一緒にいいことでもしないか?」
「いいことねぇ……まあ、丁度体なまってたし……」
メールさんが拳を構える。
「あんた達悪者っぽいからさ。叩き潰してあげるよ!!」