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04

「あ、起きた?」

「……なにもしてないよね?」

「寝顔見てただけだよ、調子に乗らないって言ったじゃん」


 それもそうかと片付けて体を起こす。

 午前6時33分、学校までにはまだ余裕がある時間。


「はい、いまの内にちょっと発散させておきなよ」

「ば、ばれてたの?」

「いや、その方が学校でやらなくて済むかもしれないでしょ? それに集中力が下がって学年2位から下がったら嫌だし」


 梨音のそれを処理して1階へ。

 朝食は作ったり作らなかったりだ、食べない日もある。

 1時間目に嫌な授業がある時は基本的に食べない――が、今日は梨音がいるから一緒に食べておいた。

 それが終わったら食器は洗って学校へ向かう。


「梨音は友達いるの?」

「君枝がいるよ」


 あの男の子が言っていたように教室ではひとりでいるようだ。

 それなのに私にばかり構っていていいのかとも考えたが、責任を取ると決めたからいつかはできると信じておくことにした。焦ったってこういう問題はすぐに解決はしない、私にできるのは彼女を少しでも楽にしてあげることだけ。


「畦地さんおはよう」

「あ。阿木さんおはよ」


 すぐに3人、学校近くで円花も加わって4人に。

 梨音は円花に謝っていたものの、円花の方は謝らなくていいと言うだけ。

 その後は普通に会話をしていることから、最悪な形になっているというわけではなさそうだった。


「うぇ、1時間目は数学だぁ……」

「君枝は数学嫌いなの?」

「嫌いってわけじゃないけど、最低限の計算をできればいいかなって」


 課題のプリントを梨音に見てもらった結果、なんとか全問正解ということで助かった。

 というのも前に出て解くということを絶対に組み入れてくるのだ、数学の先生は。

 今日は自分が当たる日なので余計に嫌な気分になる。


「次のテストは梨音さんに勝つわ」

「負けないよ、私は1位を目指すし」

「私は無難に30位ぐらいになれればいいです」


 みんな目標が高いな、こっちは80位ぐらいなのに。

 お互いの勉強方の話になったので私は教室から脱出する。

 そうでなくてもこの後数学なんだから朝から疲れるわけにはいかない。


「よ」

「あ、偽の弟くん」

「偽じゃねえって、俺は梨音の弟だよ」


 で、その梨音の弟くんがなんの用だ?


「ありがとな」

「なにが?」

「梨音の世話してくれて。あいつ、お前といる時は楽しそうだからさ」


 確かに4年間の間そうだった。

 こちらがなんの反応もしなくてもひとりでずっと笑ってた。

 あれって一緒にいられるだけで良かったってことなのかな?

 だとしたらかなり不器用すぎるけど、まあもういいや、どうせ変わらないし。


「というかあなたは1年生でしょ、敬語を使いなさい」

「ふっ、遠慮しておくわ、それじゃあな」


 え、遠慮するなよ……少しは先輩扱いしてよ。

 いつものところでぼけーっと過ごして教室に戻る。

 それでもまだ話が続いていたので無理やり解散させて。

 HR、休み時間からの1時間目の数学の授業。


「正解だ、席に戻っていいぞ」

「はい」


 やったっ、これで後はなんにも問題はない。

 きちんと自力でやったうえに優秀な梨音にチェックしてもらったのだ、当然の話ではある。

 真の実力をまだ周囲に見せていない優秀な人間、私にかかればこんなもの楽勝だ。

 実際にそれでお昼まで乗り越えた、お弁当は今日作ってないから購買へ向かう。


「お、よう」

「今日はよく会うね」

「そうだ、礼にこれやるよ」


 ありがたく受け取って、私は自分の分を買う。

 これは梨音にあげておこう、弟から姉へとプレゼント、うん、いい姉弟仲だ。

 教室に戻ったら梨音が来ていたからいつもの場所へ移動した。


「はい、弟くんがくれたんだ」

「ありがとー」


 少し味が濃いめで油っこいけど美味しいことには変わらない。

 いつもお弁当派の自分としてはたまには悪くないかなと思えるクオリティだった。


「あ、口の横についちゃってるよ」

「え、どっち? わっ」

「じっとしてて」


 色々なことが優秀でも子どもらしいところもあるようだ。

 口の周りを拭きながらふと、この唇としたことあるんだよなとなんとなく思った。

 されていた時は気持ち悪さしかなかったものの、柔らかく温かったことを覚えている。


「き、君枝?」

「拭けたよ」

「あ、ありがとう」


 驚きなのは100回以上されているというところか。

 ビッチなのは自分も変わらないなと内心で苦笑した――私の両頬を両手で挟んで見つめてくる梨音。


「なに?」

「したい」

「キスを?」

「うん」


 責任を取るとは考えたけどさすがにできない。

 首を振ったらあっさりと頬から手を離して「残念」と彼女は呟く。


「またムラムラしちゃったの?」

「そんな年中欲情したりしないよ」

「そっか」


 とりあえずいまは休んでおけばいいか。

 なんにもない穏やかな時間。

 私の隣には気持ち悪いと感じていたはずの梨音がいて、同じように座っている。

 その顔はとても穏やかだった、私の顔も同じようなものだろうか?


「そういえば言い忘れてたんだけどさ、テストが終わるまで会うのやめるね」

「え……?」

「真剣に1位狙ってるんだ、一緒にいたら甘えちゃうからさ。それに君枝だって本当は……私といたくないでしょ? とにかく頑張るから、応援してくれると嬉しいかなって」


 そういう作戦だとは思えなかった。

 梨音は珍しく真面目な顔をしてこちらを見てきているだけ。

 その表情はずるい、どうしてこういう時だけ真面目さを見せてくるのかという話。


「わかった、頑張って」

「うんっ、それじゃあね」


 テストまでってことは7月10日ぐらいまでってことか。

 まだ6月が終わっていないのにそれはかなり長く感じる。

 なんか過去の4年間よりもそう感じるのはなんでだろう。

 それぐらい私は求めてしまっているということ? 中毒者は私か。


「まあ……私は梨音の飼い主だし、頑張りたいって言うなら応援するだけだよ」


 こちらもまた無難に終わらせるために努力をしなければならない。

 同様の理由で阿木さんも頑張るだろうから恐らく円花とやるかひとりかで。

 ……なんか先程の要求が最後のもののように感じてきた。


「違う……」


 毒されてる証拠だ。

 キスなんて簡単にやるべきことじゃない。

 私は正しい判断をした、そう考えておけばいい。

 そう考えているつもりでも、教室に戻ってからも引っかかったままだった。




 兎にも角にも私にできることは同じように勉強をしておくことだ。

 赤点を取ったら面倒くさいことになるから真面目に頑張ることにした。

 休み時間や放課後を他に使うこともなくやっていたらできる気がしてきて気分が高揚。

 が、私の予想通り阿木さんも同じようなスタイルでいくということなので若干の寂しさを感じている自分がいた。


「畦地先輩、私も一緒にやっていいですか」

「あ、うんっ、やろっ」


 だから円花がやってくれたのが嬉しかったし、飲み物とかも先輩として奢ったりもした。

 それでお小遣いが消えるのだとしてもひとりぼっちよりはマシだったのだ。


「足立先輩はどうしたんですか?」

「え? あー、どうしたんだろうね」


 そっか、この状態は円花が望んでいたことと一緒だ。

 私の側に梨音がいない生活か、過去の私だったら絶対に驚くだろうな。


「……私のせいですよね?」

「違うよ、学年1位を取りたいからテストが終わるまで来ないんだって」

「あの足立先輩がですか?」


 いやそれは私もそう思うよ、高校1年生の時もやりながら来ていたから。

 それでも普通にやっている私より優秀だったからすごい話だ、自分が役立てていたのならまあいいけど。

 仮にテストを口実にして離れたかったのだとしても……いや、そういう遠回しなやり方は堪えるなあ……。


「続きやろ」

「そうですね」


 特に聞かれることがないから一緒にやっている意味はあまりないが。

 円花が来てくれたのは私がひとりで寂しそうだったからなのかな?

 心配とかもしてくれていたし、まるで私が年下みたいだなと複雑な気持ちになった。

 18時頃には学校を出て帰ることにした。

 もう夏だから薄暗いなんてことはないが送って行くことは忘れない。


「付き合ってくれてありがとね」

「いえ、私も集中できましたから、ありがとうございました」


 律儀な子だ、じゃあねと残して帰ることにする。

 で、そんな時だった、梨音が女の子といるのを発見したのは。

 向こうはこちらに気づいていないから私はそのまま見なかったフリをすることに決めて歩き続けた。

 その女の子が過去に私が好きだった子でも関係ない、あの子が誰といようと自由だ。


「ただいま」

「おかえり」


 そっか、18時頃までやっていたから母がいてもおかしくないか。


「明日はお弁当作るからね」

「明日は土曜日だよ?」

「あっ! そうだった……ごめんね」

「いいって、ご飯作りとかだってできる限り私がやるからさ」


 もう汚いとか考えている場合ではなく、私は自分の気持ちに従って母親を抱きしめていた。


「わっ、なにかあったの?」

「ううん、ずっと抱きしめたかったの」

「ふふ、まだ甘えん坊さんかな?」

「うん、ずっとそうだよ」


 あれで汚いと考えたら母とか父もそうなってしまう。

 実の母親なんだから遠慮せずに抱きしめておけばいいのだ。

 別になにもない、なにもなくたって悪いことじゃない。


「お父さんは?」

「ちょっと遅くなるって、だからご飯は先に食べててって言ってた」

「待ってようよ、3人で食べたいし」

「そうだね、急いでも意味ないからね」


 それまで一応勉強をしておかないと。

 ご飯作りは明日からやることにする。


「あ、このシャーペン……梨音のだ」


 昨日泊まった際に使用していたやつだから覚えている。

 あの子が忘れていったものだけど借りパクみたいに思われるのは嫌だな。

 それにこのままにしておく方が気持ちが悪い、でも本人にも会いたくない。

 それなら、


「はいこれ、梨音に渡しておいて」


 翌週の月曜日、弟くんを探し出してシャーペンを渡した。

 普通に受け取ってくれて助かった、お前が渡せとか言われたら困っちゃうし。


「君枝、ちょっと待て」

「はい?」


 なに呼び捨てにしてくれちゃってんの。

 だけど頼んでいるのはこちらだ、そのことについては指摘しないことにする。


「お前ちゃんと寝てるのか?」

「寝てるよ、昨日なんてお昼寝をしたうえに午後22時には寝たんだから、それで今朝の7時まで寝たんだから!」

「そうか……いや、なんか元気がなさそうに見えたからさ」


 苦手な数学が今日もあったからだよ!

 なんでこんな高頻度なの、なんなら体育をこの間隔でやりたいよ。

 体を動かすのは好きだ、頭を空っぽにして楽しめるから。

 それ以外なら国語とか? 教科書を読んでいると意外と面白い。

 なにより教科書代はかかっているけど毎回お金を払わずに話を読めるのが良かった。

 私はケチな人間なんです、本は残る物に該当するんだから買えばいいんだけどさ。


「私は大丈夫だよ、心配してくれてありがと」

「お前さ、なんで梨音といないんだ?」

「テスト勉強に集中したいんだって、私は梨音の飼い主だからちゃんと応援してあげな――なに?」


 私の両頬はそんなに魅力的なのだろうか。


「柔らかいな」

「セクハラだよ?」

「いやそうじゃねえ」


 いやそうだよ、なんで必ず否定するの。


「お前表情に出しすぎ」

「どんな感じに?」

「明らかに無理している感じがするぞ」


 とりあえず手を離してもらう。

 梨音がしてきた時と違って優しさが感じられないからだ。


「ま、その様子だと認めないだろうけどな」

「当たり前だよ、無理しているわけじゃないもん」

「ならそういうことにしておこう。ただどうしようもなくなった時は俺のところに来い、そうすればちょっとぐらいは協力してやるからさ」

「行きませんよー、早く戻りなさい」

「はいはい、それじゃあ戻るとするか」


 数クラス先の方を見てから教室内に戻った。

 他校に進学したあの子となぜ一緒にいたのか。

 あの子に気持ちが悪いと言わせることで私の希望を絶つためだった?

 もう全てが私を逃れられなくするために罠だったのかもしれない。

 じゃあ最近かわりつつある私の心もその延長線上に存在するものということ。

 解放されたようでなにも自由じゃない、必ずあの子のところに戻るという洗脳。


「はぁ……」


 考えても無駄だ。

 なにより気が滅入るだけだ。

 こういう思考に陥らせて視野を狭くさせることが目的なら、それなら私はもう終わっていると言ってもいい。

 頑なになることであの子の理想通りになる、あくまでフラットに対応できなければならない。


「畦地さん」

「どうしたの?」


 テスト勉強を始めてからも挨拶程度はしていたから話しかけてきても違和感はなかった。

 いま廊下から戻ってきたばかりだが彼女の希望により廊下に戻ることになった。


「梨音さんはどうしたの?」

「学年1位を狙うために会うのやめるって言われててね」

「そうなんだ、それなら私は行ってくるね」

「え、うん、行ってらっしゃい」


 おぉ、プレッシャーをかけにいくということか。

 阿木さんは打倒梨音を目指しているわけだから調子を崩してくれれば――いや、そんな卑怯なこと考えないよね。

 多分あれだけべったりだったのに急に離れた理由を聞こうとしているのだ。

 そんなことをしてもテスト勉強がしたかったからで終わってしまうと思うけどね。

 割とすぐに彼女は戻ってきた。


「普通に元気そうだったよ」

「そっか、ならいいや」

「でも、あれなら勝てそう」

「え、学年2位の梨音に?」

「より頑張ろうと思えたわ、畦地さんも一緒に頑張りましょうね」


 あれ、通常時も口調が変わってしまっているけど。

 なんだろうこの謎の自信は、だって甘さを捨てるために来ないことを選んだのに。

 まさか集中できていないということはないだろうから、彼女の早とちりだろうか?


「畦地さん?」

「あ、戻るよっ」


 私は他人の心配をしていられるような立場にない。

 自分は赤点を取らないように頑張らなければならなかった。

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