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02

「畦地先輩、それは一体どういうことですか」


 円花、それは私が聞きたいよ、どういうことなのって。

 だけどもうだめだった、足立さん――梨音はこうして私に付きまとうようになった。

 でもそりゃそうだよなと、だって4年間も執着してきていたのだから。

 終わりが明らかに不自然だった、そんなに簡単に諦められるのなら中毒者は存在しない。

 ただまあ、以前までと違う点は私の方が優位だということ。

 基本的には言うことを聞いてくれるようになったからそこまででもなかった。


「あと、ひとりでいいとか言っていたのにどんどん増えているじゃないですか」

「円花も言っていたでしょ? ひとりは寂しいって、私もそうなんだよ」

「……まあそれを言ったのは自分ですから特に言いませんけど」


 意外にも梨音に話しかける円花。

 色々言いたいことがありそうな顔をしているが、会話の内容は至って普通の先輩後輩って感じのもの。

 阿木さんは私の髪の毛をなぜか綺麗にしてくれている、跳ねているのが今朝から気になっていたよう。

 雰囲気だけで見れば友達同士に見えることだろう、それにクラスメイトの子から教室でいることが増えた結果「珍しいね」と直接言われたぐらいだし。

 それでも円花と話している梨音がやらかしたことは確かだ。

 阿木さんはそれを知っているから話したりはしない。

 梨音が何度話しかけても「あなたは畦地さんの側にいる資格はないわ」で一蹴。

 本当なら私がぴしゃりと言わなければならないところなのに切れなくて迷惑をかけてしまっている。


「できたよ」

「ありがとう」


 でも、ずっと相手に冷たくするなんて不可能だ。

 表面上だけでも悲しそうな表情をされるとだめになる。

 だからこそやられる甘い人間、私は今後も似たようなことをされるかもしれない。

 だけどできれば仲良くしたい、喧嘩なんてしたくない。

 会う度に嫌な気分にさせられるぐらいなら相手を飲み込むつもりで向かい合いたい。

 解放されたのは積極的になったおかげだ、そういうのが効果あると信じている。

 それに人間は嫌がられると逆にしたくなる心理みたいなのがあるからなおさらのことだ。

 私は寛容な人物になる、ある程度のことなら許容してあげようじゃないか。


「……畦地さんは許せるの?」

「簡単には許せないよ。でも、ずっと恨み続けるのは疲れるでしょ? 学校では楽しくいたいんだよ。だから、阿木さんもあんまり言わないあげてくれないかな」

「畦地さんがそう言うなら私は……」

「うん、それに梨音ばかりが悪いわけじゃないからね」


 とりあえずこの暗い雰囲気は終わり。

 円花も同じように考えられるとは限らないからきちんと見ておかなければならない。

 うーむ、笑顔はないけど普通に受け答えをしている。

 梨音も突拍子もないことは言わずに今日の夜ご飯の話をしていた。

 私の両肩を掴んだままの彼女の手にはそれなりの力が込められている。

 彼女にとっては反省しているように見えない梨音が気になるのかもしれない。


「とりあえず行こうよ、約束でしょ?」

「そうだね」


 ふたりは残るようだったので別行動をする。

 先約は彼女だ、まあ困るのはここからなんだけど。

 誘ったまでは良かったんだけど行き先が決まっていない。


「阿木さんはどこか行きたいところってある?」

「私? うーん、アイス食べたいかも」

「それならスーパーで買おうか」

「え、アイス屋さんに行こうよ――あ、足立さんに絡まれていたせいで行ったことない? それなら私が連れて行ってあげる、注文とかだって私がしてあげるからさ」


 いや、100円ぐらいのアイスで十分なだけだったんだけど。

 高ければ高いほど美味しいというわけではない。

 時には安い、他の人だったらチープとか値段相応だとか言ってしまうアイスが食べたくなるのだ。

 家は違うが自分がケチくさい人間だからかもしれない、なるべく消える物にお金は使いたくないし。

 しかも買い食いをするというのが初めての行為で緊張した。

 くそぉ梨音め、私の大事な時間を奪いやがってぇと全然寛容ではいられず。


「はい、畦地さんが望んだミルクアイスだよ」

「ありがとう、お金は後で渡すね」

「うん、さあ早く食べよ」


 あ、美味しい、できれば母にも買ってあげたいぐらい。

 ころころ意見を変えることになってださいが、美味しいものを美味しいと味わえる方がいい。


「あ、スプーンは使ってないからちょっとアイスあげるよ」


 掬って彼女に差し出したらそのままぱくりといかれてしまった。

 私はスプーンごと渡したつもりだったのでかなり驚いたが表には出さず。

「美味しい」と言って笑う阿木さんの顔をぼけっと見つめていた。


「あ、君枝が里見といちゃいちゃしてる」


 はぁ、食いついてきたりしなかったのはこれをするためか。

 4年間も一緒にいれば彼女がどういう風に行動するかは嫌でもそれなりにわかってしまう。

 どうやら単独で来たようで円花は側にいなかった。


「畦地さんにもあげるよ、私のチョコチップアイス」

「ありがとう」


 うん、こっちも普通に美味しい。

 スーパーで売っているやつになっちゃうけど買っていくことを決める。

 父にはもみじ饅頭だ、あれが本当に好きでたくさん常備――はできていないけどしたいと言うから。


「で? なんであなたがいるの?」

「そりゃ君枝がここにいるからだよ」

「おかしいわね、私はあくまでふたりきりで来たつもりだったけれど」

「なんで独り占めしようとするの?」

「私が誘われたからよ、ここにいる畦地さんからね」


 ちょっと待って、なんか私が悪いことしたみたいな感じじゃん。

 そりゃ人ぐらい誘うでしょうよ、私も一応普通の高校生なんだから。

 中学生時代は所属していた部活動の後には梨音に絡まれていたからろくに遊べなかったし、高校生1年生の時はなにもしていないのをいいことに長時間拘束されていたし。

 これぐらいの権利は私にあってもいい、仮の友達と遊びに行くぐらいはね。


「別に邪魔するつもりはないよ、ただ私も混ぜてほしいだけで」

「……それは畦地さん次第よ」

「阿木さんがいいならいいよ」

「だって、里見次第だよ」

「ならいいわよ別に、畦地さんだってこう言っているのだし」

「やったっ、ありがと!」


 この笑顔と、冷たい顔の差を前になにもできなかったんだよなと。

 冷たい時の印象ばかりしか残らないから私はなすがままになるしかなかった。

 なのにいまはこうして友達みたいに一緒にいる、なにがあるかわからないものだ。


「それよりどうして話し方が変わるの?」

「こういう風にしておけば楽でいいでしょう? 私、言いたいことを言えずに終わるのが嫌なの」

「なんか里見っぽいね」

「はい? 私のなにを知っているの?」

「ごめん。でも特に君枝みたいな子は放っておけなさそうだなって思ってさ」

「あなたが原因を作っていなければ畦地さんだってもっと楽しそうに過ごしていたわよ」


 結局話題がそういうものになってしまう。

 やられたことを吐いたのが間違いだった、それだけは明白だった。

 普通は嫌いそうなものだけどな、私も阿木さんも普通ではなかったのかな。


「君枝は里見に言ったんだね、ちょっと意外かな」

「嫌いになってくれると思ったんだよ、私が好きだった子みたいに」

「あー、あの子か、だけどああして良かったと思うよ?」

「は?」


 よくそんなこと私に言えたものだな。

 寛容になるとか無理だ、さすがにスルーできないこともある。


「そう怖い顔しないでよ。知ってる? あの子は付き合っている子がいたのに他の男の子とキスしてたんだ、なのに君枝が好きになる価値ないでしょ?」

「どうせ作り話でしょ!」

「いや、写真撮ってあるよ、ほら」


 知らない男の子とキスをしているあの子が画像の中にいた。

 いや、最近は合成とかでそれっぽい写真を作れる時代だ。


「つ、作ったんだよね?」

「そんなことする価値ないって、だからあの子の前でキスしたんだよ」


 それでもキスはやりすぎだ。

 付き合っているというのも偽情報かもしれない。

 本当はその子が本命だったのかもしれないのだから。


「あなたの行動が正しいとは言えないわ。そもそも脅して抵抗できないようにするのは悪者のすることじゃない、しかも何度も唇を奪っていたってこの子から聞いたしね」

「まあ……それは里見の言う通りだよ、キスとかだってたくさんしていたのも事実だし」

「どうして途中でやめようと思わなかったの?」

「……君枝に側にいてほしかったから」

「逆効果じゃない、学年2位のくせに馬鹿ね」


 そ、そこまで優秀だったのか!

 成績がいいのはわかっていたけどまさかね。

 しかも毎日毎日私といたくせに勉強だけはちゃんとしてたって? そんなのおかしい!

 真面目なら最初から大人しくしておけばいいのにと思わずにはいられなかった。


「あれ、私のこと知られちゃってるー」

「ふぅ、私はこれで帰るわ、あなたでも送るぐらいはできるわよね?」

「任せて」


 なぜ一緒に帰るということにならないんだ……。

 もう目的は達成されたから後は帰るぐらいなのに。


「今日は誘ってくれてありがとう、また今度も行こうね」

「うん、一緒に来てくれてありがとね」


 いやでも、少しでもふたりが普通の関係になれるのなら文句はない。

 私を任せたということは一応信じようとしているということだ。

 まあいまは私が優位だからなにも危険性はないけどね、そう危険性は。


「君枝としたい」

「中毒者なの?」

「……君枝を見ているとむらむらするんだ」

「だめだよ、そんなことできないから」


 側にいることを許可したからって簡単に割り切れることじゃない。


「というか、円花にもしてるとか有りえないから」

「……円花にはキスしかしてないから」

「最低だ、自分がいかに最低か自覚した方がいいよ」


 別に嫉妬でこういうことを言っているわけじゃないぞ。

 他の人まで巻き込んだのが許せないだけ。


「君枝もしたいんじゃないの?」

「最低……いいから帰ろ」

「はーい……」


 気になるのはいまのところ円花の気持ちだ。

 壊さないかと誘ってきたことから心中が穏やかではないのは明白。

 それを梨音が気にしているのかどうかだ、もし一切反省していないようなら切る。


「ね、円花には謝ったの」

「謝って済むことではないけど謝らせてもらったよ」

「そっか、なら許すよ」

「信用できないなら君枝がいる前で謝るけど?」

「いいよ、そういうところはしっかりしているでしょ梨音は」


 なんか無駄に優しい時があった。

 誕生日なんかには私が欲しかった物を買ってくれたりしたし、まあそれ以外で台無しにしたんだけど。

 いいところもあるんだよ、なのに……はぁという感じで。


「円花はどうしたの?」

「用事があるらしいから別れて君枝を追ったの」

「よくわかったね」

「友達に教えてもらった」


 ふぅん、そういう友達がいるんだ。

 というか彼氏がいるんだもんね、なのにしたいとかやはりビッチだ。

 特別な反応を見せられていたわけではないのになにを気に入ったんだか。


「……本当にごめんね」

「いいよ、何度も謝らなくたって」


 またしゅんとしたままの彼女になにか言おうとしてやめた。

 あくまで側にいることを許可しただけだ、そもそもためになることを言えるわけじゃないし。

 だからこのままでいい、こちらが怒らないことで困っているということならなおさら。

 いいことばかりではなかったからだ、本当に嫌悪感を抱いていた。

 いまだって自分が気持ち良く生きるために叱ったりしていないだけだ。

 何度も言うが怒ったところで過去が変わるわけじゃない、だったらそんなことしても無駄でしょうという話。


「……したい」


 それに私はいい人間じゃないからとことん私を必要とさせればいい。

 そうすれば2度と私には逆らえない、自分が被害者になることはないわけだ。

 下手をすれば加害者になりかねないから気をつけなければならないのは確かだが。


「私としたいなら阿木さんや円花と仲良くなってからだね、ただ話せればいいわけじゃないよ? 遊んだり、お互いの家に泊まったり、そういうことを繰り返して親友って言えるぐらいになってからかな」

「私は君枝と仲良くなりた――」

「だめ、なんでも自分の考えた通りにいくと考えるのは傲慢だよ」


 私は仲良くしないとは言っていない。

 なんて大甘な人間なのか、それでもこう生きると決めたのだから貫くだけ。


「……もう我慢できない」

「だめだよー」


 ちらりと確認してみたらやばい顔をしていた。

 なにもしていないにも関わらずまるでそういう場合みたいな。

 さすがに恥かしい思いをするだろうからとジャージの上着を頭からかけておいた。


「1回しか使ってないから大丈夫でしょ?」

「……逆にだめだよこんなの」


 どうやら逆効果だったらしい。

 ざまあみろなんて思えない、このままでは可哀相だ。


「こっち来て」

「……うん」


 とにかく人気のないところに移動する。

 だからってキスとかをするわけじゃないけど、自分にも責任がある気がするから。

 鬱憤を晴らすためにしていたにはおかしかった、そのことに気づいておくべきだった。

 なにその気になっているんだ梨音は、普通そういうのはこちら側だろう。


「手を握っててあげるからその間にすっきりさせて」

「む、無理だよ……そんなの」

「なんで?」

「だ、だって……なにかしないとこの気持ちは……」


 そう言われてもなにもできないぞこちらは。


「み、耳元で好きって言ってっ」

「はぁ……好きだよ――え、ちょっ」


 見えない及び聞こえないフリをしておいた。

 どれだけの感情を抑え込んでいたのかという反応だった。


「……落ち着いた? 送るから帰ろ」

「うん……」


 こんなことが続いたらこちらが耐えられない。

 気持ちが悪いとかは思わないけど梨音も辛いだろうし、最悪の場合は離れることも必要かもしれない。

 そう言って聞くとは思えないけど、どうしたらいいのか私にはわからなかった。

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