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ぼっち令嬢と元竜王  作者: ゆるゆる堂
9/25

第9話 満ちる時

「竜王」

「あ、ああ、ユキ。どうしたんだい?」

「あれ、また調子悪いの?最近多いね」


 竜王の部屋も行き来は自由だったので、私はよく彼の部屋に入り浸る。

 最初の頃こそ、いつ「その時」がくるのかとビクビクして眠れない日々も過ごしていたが、人間は、諦めと慣れでできているのかもしれない。

 いまはもう、いつなのか、という恐怖はほとんどない。

 ウィンとディンに自己紹介をしてから、私には教えたくないと言ったからとかたくなに私の名を呼ぼうとしなかった竜王に、私の方から呼んでと頼んだのは1年が過ぎた頃だったか。

 不定期に増えていく本が、全て生贄を用いずに世界を救う方法がないかを模索するための本だということに気づいたのは2年目。

 ふと思い立って書庫を整理してみたら、もともとある本を含めて、書庫の7割がその手の本だったことに気づいたのは3年目。

 そうして、彼と過ごす日々が4年にさしかかろうとしたところで、私は自分の中に生まれた感情に気づいた。

 私は、竜王に、恋をしていた。

 竜王はいつだって優しかった。

 私のわがままは全て聞いてくれた。

 ほしいと言った本は全て揃えてくれたし、一緒に寝たいといえば腕枕をしてくれた。彼の体温と鼓動が、とても優しかった。

 それらはすべて、死を待つしかない私を哀れに思っている、王としての仕事だから、同情だろう、とはわかっていても、それでも、気づいてしまったら止められなかった。王としての彼の孤独が辛かった。申し訳ないと言われるたびに苦しかった。

 何年目かのとき本で読んだ、ストックホルム症候群。

 囚われた人が、捉えた人を愛していると錯覚する、もしかしたら私はそれかもしれない。

 もう会えない家族を思う寂しい気持ちが、恋をよびよせたのかもしれない。でもなんでもよかった。

 竜王を愛しいと思っていれば、死への恐怖はなくなったし、彼が守るこの世界を守るためなら、と思えた。

 彼と死ねるなら、それなら構わないと思えた。

 前の世界にいたときに読んだ漫画に、ヤンデレというキャラがいたけれど、いまの私はそんな感じかもしれないな、なんて自嘲もするが、どうでもいいことだ。

 その時が来たら、私は竜王と死ぬ。彼と一つになって、そして死ぬのだから。



***



 顔色の悪い竜王の頬を隣に座ってゆったりと撫でる。


「だいぶ進んだんだね」

「そうだね。私の力が及ばないばかりに、たくさん、死なせてしまった」

「王は、3000年ほどで交代になるんでしょ?竜王のせいじゃない。世界の取り決めのせいだよ」


 そして、魂が馴染まない私のせいでもない。

 自分に何度も言い聞かせた。

 この世界に慣れてくると、この世界で悪いことが起きると自分のせいのように感じることがあったからだ。

 でもそれはおかしい。私のせいのはずがない。そう、頭では思うのに、気持ちが揺さぶられる。


「そうだね。もちろん、ユキのせいでもないからね」


 竜王はその度こうやって頭を撫でてくれる。

 子どもあつかいされているようで、ときどき悲しくなるけれど、それでも彼のそばは心地よかった。


「ねえ、竜王……、え?」

「ユキ?」


 もう少し甘えてしまえ、と彼にもたれかかった瞬間、突然目の前が白く輝いた。


(何が起きているの)


 体があつくて、溶けてしまいそうに感じる。

 竜王が抱きとめてくれている感覚が、奇妙に遠い。

 キラキラと光る視界に、やがて闇が降りてきて、真っ暗になって、何も聞こえない、何も見えない、何も感じない、もしかして死ぬってこんな感じ?そう思った次の瞬間に、はっと意識が戻った。

 私は竜王に抱きかかえられていて、私を覗き込む金の瞳が心配そうに揺れている。側には、ウィンとディンも同じように心配そうな表情で私を見ていた。


「あ、ああ」

「ユキ?」

「満ちたよ、竜王」


 説明ができない、時が来ればわかる。

 その通りだった。

 言葉では説明ができない、けれど確信が全身を染める。


「竜王、時が、満ちたよ…。私は、この世界の生贄だ」


 竜王ははっと目を見開いて、ひどく悲しそうに顔を歪めると、私のことを痛いくらいの力で強く強く抱きしめた。


「すまない。ユキ、すまない」

「いいの。いいんだよ、竜王」


 抱きしめ返す。

 怖い。当たり前だ。

 けれど、6年という月日は、私の心を固めてくれた。

 竜王を愛する時間をくれた。

 だから、怖いけれど、もう、悔しいも悲しいもない。



***



 交代の儀式は、次の日の夜に決まった。

 時が満ちた夜、私は竜王の部屋で寝た。

 抱きしめてもらいながら、小さな声ではなしをする。


「竜王の体は大丈夫なの?」

「ああ。こんなときに私の心配をするなんて、ユキは優しいね」

「私はあなたのことが好きだから」


 私は何度も告白してきたけれど、その度に竜王は困ったように笑うだけだった。けれど、今日は違う。


「ユキ、私も君のことが好きだよ」

「同情?」

「いいや違うね。そんなに綺麗なものじゃない」


 囁くような声なのに、竜王は妙な迫力をもって話を続ける。


「君のことが、1人の女性として、愛おしい」

「からかわないでね。泣いちゃうよ」

「からかってなんていないし、たぶん、ちゃんと伝わっているだろう?」


 竜王の声が、隠さず感情とともに私に届く。


「言わないでおこうと思っていたけれど、…私は、君に不誠実でありたくなくて。その時が来て、君と交わる前に、ちゃんと伝えようと思っていた」


 ぽろぽろと涙がこぼれた。


「もっと早くがよかったな。そうすれば、恋人っぽいこともできたのに」

「そうだね、ごめんね」

「ううん。それでも、あなたと私は明日、愛をもって結ばれるって思っていいんだよね?」


 私が竜王に手を伸ばすと、竜王はその手を取ってキスをして、そのまま自分のほおにすり寄せた。


「ああ、そうだよ。ユキ、君の命を奪うことになって本当に済まない。そして、君と交われることに喜びを感じてしまうことも」

「ううん、私も同じだから。世界の理不尽さは今でも許せないけれど、あなたを好きになれたから」

だから、好きな世界を二つも守れるのなら、私はもう、悲しくない。

「愛してくれて、ありがとう、竜王」

「愛してくれて、ありがとう、ユキ」


 手を握り合って私たちは眠りに落ちる。

 そうして、儀式の朝がやってきた。



***




 朝からやることが思った以上に多かった。

 体を清め、髪を整え、豪華なドレスを着て、そして化粧をされた。

 私の化粧担当はウィンだ。

 いつもは私好みにすっきりとした化粧をしてくれるのだけど、今日はこれでもか、という気合を込めてメイクアップしてくれているのがわかる。

 彼女たちに取っては今日は救いの日だから、嬉しいのかなと一瞬思ったが、ウィンの顔はずっと泣きそうに歪められていた。


「あれ、ウィン?大丈夫?」

「っ、大丈夫じゃないですよう…ユキ様ぁ…」


 私の一声に、ウィンが泣き出す。


「わ、私は精霊だから、人のように感情豊かではないです…でも、でも、私は、ユキ様がとても好きなんです。今日で、ユキ様が死んでしまうなんて、そんなの、すごく、寂しい」


 ぼたぼたと涙を流して、ウィンが私にしがみつく。

 化粧をしてもらったばかりなのに、釣られて泣いてしまいそうになって、ディンに助けをもとめる。


「ディン、ウィンを慰めてあげ…、ディン?」


 みると、ディンも、静かに、静かに泣いていた。

 こらえようとして、堪え切れなくて、ぽろぽろと落ちる涙をなんども拭っている。


「も、申し訳ありません…、ユキ様を不安にさせるようなことを、我々が、するなんて…、いけませんのに…」


 たまらなくなって、私は2人を抱きしめた。

 化粧が落ちてしまうことももう気にせずに、私も泣いた。

 2人が愛しくてたまらなくて、泣いた。


「ありがとう。ウィン、ディン。私は、あなたたちを守れる存在になれること、誇りに思う」

「どうしてユキ様みたいないい人間が、生贄なんでしょうか。もっと嫌な人間なら、こんな風に思わなくて済んだのに」

「こんなに辛くなくてすんだのにー!」


 3人でひとしきり泣いて、そして化粧を整えなおしてもらってから、最後に私は2人のほおにキスをした。


「たくさん笑って、生きてね」


 2人は深く頷いて、そして、儀式の間に向かう私に向かって、深く深く、礼をしていた。




***




 儀式の間につくと、部屋の奥には綺麗な衣装を身にまとった竜王がいた。


「今から脱がすのに、お互いめかし込んでるのちょっと面白いよね」


 なんていうと苦笑いをした空気を感じる。

 そのまま近づいて、竜王の顔を見て、思わず立ち止まった。


「え、若い」

「君はとても綺麗だね」


 竜王だとすぐにわかった。わかったが、いつもより外見年齢が40歳ほど若い。

 人の姿の外見年齢を変えられるなんて知らなかったので、驚いたし、イケメンだし、でも違和感しかない。

 そういえばおじいちゃんも若い頃の写真はイケメンだったな、と思考が少し飛んだ。


「ユキ?」


 はっと現実に戻る。


「えと、その姿でするの?」

「そうだね。嫌かい?」

「いや、というか…違和感がすごい」

「そうか、でも、普段の姿だと、その、不都合があってね」


 もごもごとくちごもる竜王は姿が若くてもやっぱり中身は竜王で、なんだか、笑ってしまった。

 もともと、顔で惚れたわけではないので、彼の持つ空気がいつものものなら、きっと違和感もすぐになくなるだろう。


「竜王、はじめよう?」


 そういうと、竜王は微笑んでキスをしてくれた。

 儀式、といっても、やることはひとつ。

 セックスだ。

 12の私はセックスとはどういうものかまったくイメージができていなかったけれど、6年の間に本で読んだから、大体の流れはわかるし、相手が竜王だからもう恐怖もない。

 キスを重ねながら、竜王はわたしのドレスの紐を緩める。


「新しい王が、あなたに似ているといいな」

「どうして?」

「あなたに似ていれば、きっとこの世界を大切にしてくれると思うから」

「……、ありがとう」


 泣きそうな顔を隠すように、竜王は私を強く抱きしめる。

 そして、儀式は幸せのなか、ゆっくりと、進んでいった。

読んで下さってありがとうございます!

前世編、終了です。

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