第10話 邂逅
ぱちん、と音がした。
ふと気がつくと、私の目の前には、腰まである綺麗な黒髪をゆるく三つ編みにした、女の人が立っていた。
黒髪の女性は、私見てゆったりと微笑んだ。
どこかで見たことのある顔だな、としばらく考えて気がつく。
この人は。
「貴方は、前世の私、ですか?」
私の問いに、女性はにこっと笑ってみせた。
「そうだよ。幸子、というの。ごめんね、一気に思い出させてしまったみたいで…、しんどかったでしょ」
「いいえ」
ユキコさんは、異世界に突然呼ばれて、生贄にされた。
だから最初は帰りたいと泣いていて、でも、竜王に恋をして、そして満足をして最期を迎えた。
なんという、人生だろうか。
始まりは政略結婚も裸足で逃げ出す理不尽さなのに、私に残る記憶と感情は、何も恨んでいないし憎んでいない、諦めでもない。
「儀式の最中、次の命でもまた竜王に会えたらいいな、なんて思ってしまったら、本当に出会うことになったんだね」
記憶まで残っちゃうなんてなんだかごめんね、とユキコさんは言った。
「ジェイク様が、貴方の竜王様なんですね」
「そうだね。あ、でも、今生きているのは貴方だから」
ユキコさんは穏やかな口調のまま続ける。
その口調はどこか、夢でみた竜王を彷彿とさせた。
「私はもう過去の存在で、私の魂は確かに貴方に生まれ変わっているけれど、私と貴方は違う人間だよ。だからね。竜王にまた会えたことは嬉しかったけれど、生まれ変わりだから竜王と一緒にならないといけないとか、そういうのは考えちゃいけないよ。貴方が個人的に今の竜王に惹かれるなら別だけど、貴方は、貴方の人生を生きて欲しい」
達観している。
夢で見た通りなら、この人は私と同じ18歳のはずなのに。
「私は死んでいるから、一回死ぬと、みんなこんな感じなんじゃないかな」
ユキコさんは私の考えがわかったかのようにそう笑った。
「さあ、みんな心配しているよ。起きて、そして笑ってあげて」
「あの」
「なに?」
「貴方にはまた、会えますか?」
「さあどうだろう。私もまさか、来世の自分に会えるとは思っていなかったから。必要なら会えるのかもしれないけれど、なんともいえないな」
その言葉を聞き終わるか終わらないかくらいで、目の前が真っ白に染まっていく。
目がさめる。
反射的にそうわかった。
***
「リーア!!」
「お父様、お母様?」
「おい、医者を呼べ!!リーア、わかるか?ああ、起き上がってはいけない、安静に、安静にな!」
眼が覚めるとそこは私の部屋で、自分のベッドに横になっていた。
前と同じようにお医者様の了承を得るまで、私は寝たまま動けない。
けれど、この間起きた時よりもずいぶんと頭がスッキリしていた。
前世のことを、全て思い出したからかもしれない。
思い出すことがいいことだったのかどうかはわからないけれど、とりあえず私は、ずっと謎だった夢の自分のことを、すべて、知ることができたのだ。
お医者様が退席して家族だけになってからお父様に尋ねる。
「お父様、私はどれくらい寝ていたの?」
お父様が眉をひそめて、ため息をついてから言った。
「…、1週間まるまるだ」
「それは、体がだるいはずだわ」
私が笑うと、お父様はやっと安心したように私を抱きしめた。
「本当に心配したよ、リーア」
「ごめんなさい。ねえ、どうして寝ていたのか、私、思い当たる節があるの。けれど、ひとりで抱えるには大きくて、…お父様やお母様に話しても良い?」
お父様とお母様は顔を見合わせてから、微笑んで、勿論だよ、と言ってくれた。
家族が絶対の味方だと信じられる環境にいることを、心の底から感謝した。私の言葉を受けて、側に控えていたエレナが、ゆっくりと頭を下げる。
「では、私は失礼しますね。あっ、でも、あの、お嬢様、ハーブティだけは入れてもいいですか?」
「勿論よ、エレナ。ありがとう」
「ありがとうございます!」
少しやつれたような両親やエレナの顔を見ていると、ものすごく心配をかけたんだろうな、とわかる。
前世に振り回されるのは、真っ平御免だな。
改めてそう思う。
そうして、一通り話してから、ジェイク様の話をしようとすると、先にお母様が口を開いた。
「ジェイク様がその、竜王、なのね?」
お母様の静かな声にお父様は、え?とお母様を見る。
私は頷いた。
「うん。たぶん、だけど。…だから、私ジェイク様に会いたいのだけれど」
私の言葉にお父様は今度はえ?と私を見た。
お母様は難しい顔をする。
「それは、ジェイク様が竜王で、貴方がユキコさん、だから?」
「そうだね」
「貴方は、ジェイク様に好意を持っている?」
「え?」
お母様の問いが意外すぎて、一瞬思考が停止する。
お父様も、お母様をまた、え?え?と言いながら見ていた。
「ジェイク様は、貴方がそのユキコさんだと知ったら、貴方を離さないかもしれないわ。ユキコさんと竜王の気持ちが同じとは限らないわよ」
お母様の指摘はもっともだ。
でも、と思う。
私が言わなければ、ジェイク様はこれから先ずっと少女を探し続けることになる。
前世に、囚われ続けることになる。
それは、きっととても辛い。
「ユキコさんは、竜王に会えて嬉しかった、と言っていたの」
だから。
「その言葉は、竜王に、そしてその記憶を受けついだジェイク様に伝えなくちゃいけないと思うのよ」
そして、私も、それを伝えないと、前世ではなく純粋な今世の私としては生きられない気がする。
お父様とお母様はしばらく黙って、それから、お父様が小さく「わかった」と頷いた。
「いつ、とは確約できないが、ジェイク様に面会の申し込みをしておこう」
「ありがとう、お父様」
「私たちの方こそ、いつも、お前の思いをきちんと言葉にして伝えてくれることに感謝をしているよ」
そして、私はジェイク様に会える日を、のんびりと待つことになった。
…はずだったのだが、その時は思いの外早くやってきた。
それも、「婚約の申し込み」という斜め上のおまけつきで。
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のんびりお待ちいただければ幸いです。




