27コメ
「うわあぁぁあああん、おねぇちゃああああ!」
泣きながら戻ってくるリアちゃん。手にはチョコレート。
「ああ、もうあんたは……すいませーん! 今行きまーす!」
入れ替わるように松葉杖を掴んで出ていくミューさん。俺の時と同じパターンだ。
知らない人が来たら、とりあえず泣くのがデフォルトなのだろうか。なんであんなに元気よく出ていけるのか謎だ。
俺の背後で盗み見している黒猫の首を引っ掴む。
「はい、どうぞ」
「あニャ?!」
「ああああん! あああ…………スン……あいあとぉ」
いえいえ、どういたしまして。
黒猫を受け取ろうとして、手にチョコレートを持っていたことを思い出したリアちゃんがそれを口に放り込む。
再び突き出してきた手には、溶けたチョコレートが付いていた。
「美味しいかい?」
「うん! これ、すきぃ」
「それだけニャ?! ニャ、ニャンコの毛並みが!」
がっしりと黒猫を掴んだリアちゃんに満足気に頷き返す。
さあ、帰ろう。
重たい荷物が全て片付いた。わたし、明日から普通のおじさんに戻ります。
バイバイとリアちゃんに手を振ったら振り返してくれた。後輩くんのアドバイスは的確なようだ。幼女すら落とすとか。今度あの渋い警察の人を紹介してあげよう。きっと嬉しさのあまり悲鳴を上げるだろう。
後ろから尾を引く猫の泣き声、もとい鳴き声が聞こえてきた。どうやら可愛がられているらしい。体育会系方面で。
涙を飲んで見送ろうと思う。仮面は微笑んでいるがペイントなので勘弁な。
「ついては報酬を頂きたい! 早々に悪いが、日を空けたのだ。用意は出来ておろう? 金五百万で構わぬ」
振り返らない漢の別れを魅せていると、そんなことを宣っている輩が玄関を塞いでいた。いや、どけよ。
年齢がハッキリと分からない恐ろしい髭面の男だ。他にも、頬毛、顎髭、揉み上げと伸び放題で、もしかしたらモノノケなのではなかろうか。着ている服は革ジャンにジーパンとバイカーっぽい。
「……いや、あの、鵺退治には来てなかったですよね? なのに報酬と言われましても……」
おっと。どうやら正規の依頼受注者のご登場のようだ……って遅すぎにも程があるだろ?! 寝坊なんかじゃ済まされない時間経過なんだけど?!
「む…………どうやら気付いておらぬようじゃな……」
やれやれと首を振る髭面。これに対応するミューさんは困惑を隠せないでいる。
「よいか? 本来なら鵺のような大物は、一流と呼ばれる術者ぐらいにしか退治できん。だからお主の家も依頼を出したのであろう? なのに霊安になされた報告によれば、おんし一人での退治と成った。おかしいとは思わぬか?」
そんなことも分からなかったのかと呆れた表情を浮かべた髭面が、グッと親指を自分に向けた。
「我の呪いのお蔭よ」
「……はあ」
……はあ。
思わずミューさんと同調してしまった。
髭面はどや顔で続ける。
「遠くにて呪いを行い、鵺の能力を下げていたのよ。でなければ娘、その程度の怪我では済まなかったであろうよ。奴は実質、七割……いやさ九割の能力を封じられていたに違いあるまい。それも一重にこの七代目碧雲の助力あってのこと! 本来なら一千万は下らぬ退治料になろうが、今回は半額で構わぬ。なに、その痛ましい姿を見れば情も湧こうというもの。感謝せずともよい」
……おお、何をくっちゃべってんだこの輩は。
受けた依頼に来てない時点で支払う必要はないだろう。大体、金を貰う側が無傷で払う側が骨を折っている状況に情が湧いたとか、雇われの台詞じゃない。どんだけ上からなんだよ。
こりゃ詐欺だな。
しかも頭おかしい系。
「ほれ、我の気が変わらぬ内に早いとこ……なんだ貴様は? 面妖な面を付けおってからに。…………祓い客か?」
面妖な面というところでクスリときてしまった。中々やる。
「ええ、たった今、厄介祓いしてきたところでして。…………帰りたいのですが?」
「……施術後だと? 面は取れておらぬが?」
いいからどけよ。急いでんだよ。ハリー。分かる? このままだと巻き込まれるのは目に見えてる。
しかし遅きに失した。
こちらを窺うようにミューさんが話し出した。
「……あの、鵺の退治と再封印を施してくれたのが、こちらの方の術派の人なので、あなたは関係ないというか……」
あ、ダメだよー。そんな比較対象に上げちゃ。
「なに?! このようなふざけた面を付けた輩の術派が鵺を退治したと申すか! なにを馬鹿な……」
ほらー、矛先がこっちに向いちゃったじゃん。
ギロリと噛み付かんばかりにこちらを睨んでくる髭面。七代目の人。もしかして何々代目って語る奴には迷惑な奴しかいないんじゃないだろうか。
しばらく睨んでいたのだが、一度こちらを値踏みするように上から下へと視線を這わすと、今度は笑い出した。
忙しい奴だな。
「わはははははは! なんと愚かな! おい娘。貴様はこやつに騙されておる。恐らくは『語り』であろう。依頼料欲しさに虚言で惑わせておるのよ。我が来て早々に帰るのが良い証拠よ……浅はかな奴め」
そう言ってこちらを馬鹿にしたように鼻で笑う髭面。
これにはミューさんも俺も沈黙だ。
なんせ金を騙し盗るどころか返却しに来ていたのだから。なんだよこいつ面白い奴だな。誤解してたよ。
「ミユさん、霊安局に確認を取ってみてはいかがでしょう? もしくは局員を派遣して貰うとか」
「ああ、そうですね」
「ならん!」
なんでだよ。その返事がならんだろ。
髭面はズイッと体を突き出して、まるで脅すように声を低くしてきた。
「……そのような輩の言い分など聞いてはならん。どこからが虚言か分からぬからな。連絡を取ってやってきた輩が、こやつらの仲間ではないという証拠もあるまい? いやきっとそうであろう」
おお、流石詐欺業者。色々と考えるもんだなぁ。
しかしこれに取り合うことなく方向転換するミューさん。もはや一顧だにしない。
……まあ、説得力はないわな。
「ええい、ならぬと言うに! ……もしやおんし妖の類いか?! そうかそうか、あの娘を術に掛け、操っておるな? ははははは! なんと愚かな化生か! この七代目碧雲の前に姿を現したのが運の尽きよ! 娘! 直ぐに目を覚まさせてやるぞ!」
言うや否や懐から数珠を取り出す髭面。普通の数珠と比べると遥かに長い。髭面の身長の半分くらいあった。
何だろう。念仏でも唱えるつもりだろうか。別にいいが。
髭面は数珠をグッと握り混むと、振りかぶり、殴り掛かってきた。
「破っ!」
破、じゃねーよ! てめー、こっちがモノノケとは欠片も思ってねーだろ?!
「結界」
現れたのは、いつもの体を覆うバージョンじゃなく壁タイプの仄かに光る青い結界。
だって実力行使に出るような奴だ。もしかしたら家に侵入してくるかもしれない。流石に怪我した女の子と小さい子どもがいる家に、こんな危ない奴が入っていくのは見逃せない。
入口を塞ぐ形で展開だ。
すると俺の鼻先で弾かれる拳。
「ぬっ! 結界か!」
はい。そうです。アザー。他人です。
「はん! 笑止! いかな結界であろうともこの浄瑠璃の前では紙にも等しい! 見よ!」
髭面がその長い数珠を8の字を描くように両手で持ち、グッと力を込めると、赤く輝き始めた。
なんと髭面。本当に業界人だったか。
「わはははははは! これぞ碧雲が名と共に継ぐ奥義! 離浄光!」
……もしかしてヤバいんだろうか。
「観念するがいい! 天魔伏滅!」
グッと握り混んで、殴り掛かってきた。
すると再現される、先程の一幕。
「…………ぬ、ぬう」
…………お、おう。
チラリと髭面の視線が玄関に走ったので、そちらにも玄関を塞ぐ形で結界を展開。ついでに、壁を壊されても困るので左右にも結界を展開。
「な、なんと卑怯な?!」
何がだろうか。
入り口を塞ぐ形で結界を展開したので、まさか解いて帰る訳にもいかない。
仕方ないので局員の到着を待つか。早く帰りたかったのだが……。
「なんで尻尾を引っ張るニャアアアア?!」
犯罪者逮捕へ協力するのは国民の義務だ。ゆっくり待とう。




