第60話 険悪な空気
「何してたの? 」
駅舎に戻って来るなり、アンナに突っ込まれた。馬車が出発する時刻まで、まだ時間はあるが、既に出発の準備を始めている客は多い。つまり、アンナたちもそのような客につられて出発の準備をしようと思ったところ、俺の姿が見えずに困惑していたということだろう。
「少し辺りを散歩してたんだよ。まだ時間はあるし、こうやってきちんと帰ってきたんだから、文句は言うなよ? 」
「あっそ」
急に興味を無くしたのか、アンナがこれ以上訊いてくることは無かった。
「なあ、オークの討伐は止めにしないか? 」
俺は何も考えず、そう言ってしまった。
オークの異常繁殖にハンターが関わっているという、紫色の装束姿による発言がずっと頭にあるからだ。
「お前何を言ってんだ? ここまで来て帰るとかありえないだろ。しかも違約金も発生するんだぞ? 馬鹿なんじゃないの」
と、ソドが怒り出してしまった。
迂闊だったな。
「やはり何かあるに違いない。オーク討伐の依頼は危険だ」
「さっき、具体的に何が起こるか言えって言ったよな? でもお前は何も言えなかった。今さらその話を蒸し返すなよ」
「……」
困ったものだ。
実力で以てして、無理やり王都まで帰らせる手もあるが、そうなればソドは俺を恨むことだろう。
「隊長のくせして、ダサすぎるんですけど」
と、アンナにまで言われる始末だ。
「悪かったな」
始まって早々に、ドラゴン討伐隊解散の危機のような気もするが、少しすれば俺は本職での任務に就くこととなる。俺が居なくなれば、案外まとまるのかもしれない。
俺たちは再び馬車に乗り込んだ。
車内に逃げ場はないので、俺は再び新聞を読むことにした。しかしながら、目の付く記事は全て読んでしまったので、後は大して興味のないものばかりだ。
まあ、それでも何も無いよりかはマシである。
しばし時間が経つ。
ソドとソフィナは寝ていた。暇つぶしには寝るのが一番なのだろうが、俺は眠気が全然やってこない。
「ねえ。イゴルって、雰囲気はダサいけどドラゴンを討伐したんでしょ? 」
ふとアンナと目が合うと、彼女がそう訊ねてきた。
「ああ」
「暇つぶしに、その時の話を聞かせてよ」
「ドラゴンを討伐したのは偶然だ。大した話はできないぞ」
実際、ドラゴンと偶然遭遇したから討伐することになった。
「偶然っていうけどさ、わざわざ村の北側を探索してたんでしょ。実はドラゴンを討伐することを狙ってたんじゃないの? 」
「村の村の北側を探索してたのは、ドラゴンが現れた原因を探るためだ。本来、ミズロン村付近にドラゴンの棲み処はない。だが、どうしてドラゴンが出現したのか、それを調べるために探索してたわけだ。村人からドラゴンは北側から来たと聞いてな」
その結果、魔族が関与していることが判ったわけだ。
あの青い結晶が発見できたのは、良かったと思っている。ドラゴンを倒したことより、そちらの方がよっぽど重要だ。
上司が派遣した者たちも、そろそろ現地での活動を始めた頃合いだろうか……。
「へぇ。でも、ドラゴンが現れたら危ないとは思わなかったんだね」
「逃げ足だけは取り柄だからな」
「その癖に、ドラゴン倒したんでしょ。実際、イゴルの実力ってどのくらいあるの? 」
「ただのしがないF級冒険者だ」
もはや、この言葉が通じるわけがないことは理解していたが、ついついそう言ってしまった。
「いや、それってイゴルが昇級試験を受けてないだけの話じゃん。アタシが聞きたいのは、イゴルの実際の実力! 」
アンナがそう言うと、ソドが大きなあくびと共に目を開けた。
「こいつに大した実力はないだろ。大体、オーク討伐ごときで怯えているんだからな。何故かドラゴン討伐に不正は無かったことになったらしいが、俺は今でも信じられないね」
「別に信じなくても結構だよ。だが、ドラゴンくらい当たり前に倒せないと、これから先はやっていけないかもな」
魔族諸国が≪扉≫の実用化に成功した暁には、どうなるか。まず考えられるのは、ドラゴンの大群がレゲムーク王国内で暴れまくるということだ。奴らは多くのドラゴンを使役しているわけだし、そう言った戦法を取ることくらい容易に予測できる。
「偉そうなこと言いやがって。気持ち悪い夢物語はイルザ副団長にしてやれよ。大方、イルザ副団長もお前に騙されたんだろうからな。正直言ってロム隊長が終わった今、『遊撃騎士団』には未来はないね。イザークの野郎も、貴族のロミーナとくっつくことしか頭にないしな」
再び、馬車内の空気は悪くなる。
アンナやソフィナだけなら、俺が一方的に軽く馬鹿にされるだけで済む話だが、ソドの場合は妙に攻撃的なところがある。
早急に、俺がこの隊から抜けることが、最善だろう。
そうすれば、ソドも大人しくなるはずだ。
「ソド。俺はあくまでも、臨時の隊長だ。いずれドラゴン討伐隊が実体性を帯びてきた暁には、俺は抜けることになる。だから、俺を一刻も早く追い出したいなら、みんな頑張るんだ」
俺がそう言うと、突然ソドが胸ぐらを掴んできた。
「お前、そろそろいい加減にしろ」
そう言って、俺を睨むソドの眼から察する。
ただ単に、隊長としての態度を言っているのではない。俺個人に対して、何か言いたいことがあるのだと。




