第31話 挟み撃ち
不意に、後方から気配を感じた。より厳密に言えば、急速でこちらに向かってくる人物の気配である。
黒装束姿の人物がまさに前方から向かってきている今、俺がすべきことは1秒をも争う直感で動くことだけである。それしかない。仕方ないのだ。
「みんな、あれを何とかしろ。俺は後ろを守る。後で説明する。以上」
そう言って、俺は後方から向かってくる人物に対峙した。
直ぐに視認は出来た。
紫色の装束を纏った人物だった。
黒装束姿の人物との関係性は判らないが、どちらもハンターに関係する人物である可能性は十分考えられる。
「俺たちを殺すつもりか? これだけの警官がいる中で、しかも市警本部の前で? 」
市警は本腰をあげることだろう。
少なくとも、ここまでの行動を取った時点で、充分市警を挑発したと言えるからだ。
もちろん、そう言った威信やプライドのようなものを行動原理にするのは、公僕としてはいささか問題に思えるが、それは俺が追及することではない。
「ゲルト・マクンは貰って行く。そっちの男の手に渡るのは面倒だからね」
声は、魔法によって変えられたものだった。
このような魔法を使うには、高度なテクニックが必要になる。つまり、かなりの実力者に違いない。
「いや、俺たちが市警に連行することに変わりない」
「格好つけるな。このアホ」
「アホだと? 」
「後ろを見てみなよ」
「後ろの担当は、俺じゃない。よそ見はしない主義でね」
後ろを見た瞬間、俺を襲うであろうことは判っている。そのような簡単な手に誰が引っかかるか。
「アホ。格好つけるな」
目の前の人物がそう言うと、後ろからポンッと肩を叩かれた。
そう言えば、イルザたちの気配に一切の動きが感じられない。俺はまさかと思い、目の前の人物に対する警戒を解かず、一瞬だけ視線を移した。黒い布が目に入った。
「……まさか……」
黒装束姿の人物が、俺の肩を叩いたのか?
ならば、俺は挟み込まれた状況だ。しかも、至近距離で。
イルザたちは、やられたのか?
「い、……お前の仲間たちは、既に無力化されている。そこの男によってな。そして気絶したゲルトやチンピラどもは、男の仲間たちによって既に連れてかれた」
その仲間らしき気配は感じられない。
だが、確かにゲルトやチンピラらしき者たちの気配が、遠ざかっていく。単に解放されて逃げただけかもしれないが……。
とはいえ、目の前の人物が言っていることが本当なら、俺が感知できない連中が大勢いることになる。
「イゴル・ボルスト捜査官。流石のキミでも、今回は相手が悪かったな」
と、背後から声がする。
こちらも、声は魔法によって変えられている。黒装束姿の人物に違いない。
俺は振り向き、黒装束姿の人物の腕を掴んだ。
「っ! 」
しかし、掴んだはずなのに実感が無い。
直ぐにその理由が判った。
「な……んだと!? 」
俺は、奴の腕など掴んでいなかったのだ。奴は、もはや瞬間移動とも言うべき速さで避けたのである。
「遅い。そんなのじゃ、大切な妹もまんまと殺されるだろうな? 」
と、挑発するように奴が言う。どうやら、俺の家族構成のことを知っているようだ。
「同感だね。私もそう思う」
紫色の装束姿の人物も、そう言った。
この2人の関係性が気になる。
「お前は、ハンターなのか? 」
俺は、黒装束姿の人物にそう訊ねた。
「答える義務はない。だが、忠告してやる。この件から、手を引くんだ。当然、お前の妹や、そこの間抜けな刑事や冒険者の連中も同じだ。お前から伝えてやると良い」
手を引いて、どうなるのか。それでオーガスト惨殺事件の真実が判るわけがない。真実どころか犯人もな。
俺は、ひと呼吸おく。
「なら、そっちはどうなんだ? そこの黒装束姿の人物とは、どのような関係なんだ? 」
今度は、紫色の装束姿の人物に訊いた。
「私も答える義務はないよ。貴方の飼い主にもよろしく伝えておきなさい」
実力で押さえるにも、俺では役不足かもしれない。せっかく、目の前に大きな手掛かりがあるというのに、何も有効な手を打てない。
もどかしい。
とにかく、もどかしく、そして悔しかった。
そして結局俺は何もすることが出来なかったのだ。その間に、2人は一切の隙を見せることなく逃走したのである。
※
「っつ。もう気づかれたか」
「当たり前ですよ。だって、王都は彼らにとっては庭なんですから」
男と青年が、素早く移動する。2人は追われる身であるため、1つの場所に留まることは出来ない。つまり、ずっと動き回っていなければならないわけである。
「まさか、市警まで動き出したとはな」
「しかも、またデニスを倒した奴の顔が見れませんでしたし。ですが、あの動きからして気配察知が使えるのかもしれません。いつも、対象から距離を取って尾行していたのが功を奏しましたかね」
「俺が言っていることを、きちんと守っているようだな。特に、気配察知が可能な奴からバレにくくするには、なるべく距離を保っていた方が良い」
「でも、逆に状況の観察は難しくなりますけどね? 」
と、青年がわざとデメリットを言う。
「バレるよりは、マシだ」
「まあ、そうかもしれませんけど……。ゲルトが捕まった以上、また新しい殺し屋を見つけないといけませんね」
「一旦、『遊撃騎士団』の始末は保留とする。……だが既に準備は整っているし予定を前倒しして、明日にでも例の2段階作戦を実行しよう。ここらで一旦、余計な外野を黙らせたいからな」
男はそう言って、ふと周囲を見渡す。怪しい人物は見受けられない。既に、2人は追っ手から距離を取っていたのだ。
「ところで、捕まった2人の始末の方はどうするんですか? まあ、ゲルトの方は無理かもしれませんけど」
「あの2人の始末についても保留だ。幸いデニスのほうについては、協力者が見張っているからな。しかし、デニスの関係者たちについては、明日の早朝にでも対処するとしよう。人員の確保を頼む」
「あっそうですか、わかりましたよ。って、ペン落ちてますよ」
と、青年は男が落としたペンを指す。
「ああ。すまんな」
「最近、やたら字の練習してましたもんね。達筆な字でも書きたいんですか? 」
「まあな。努力が身を結ぶんだよ」
それから2人は、追っ手の目を巧く誤魔化しながらアジトに戻ったのであった。




