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「ずっと、この噴水から外の世界を見てた。ずっと、けーくんの声……聞こえてたよ」
幻なのだろうか。また、幻覚を見ているのだろうか。だとしたら、玲奈の頬を撫でている腕の説明がつかない。この腕は、斬り飛ばされてしまったはずだ。
「ここは……?」
「ここは、行き先を決められる場所。光か、闇か。ね、お散歩しようよ。昔みたいに」
無理矢理立たされた。どうやら噴水の淵に座っていたらしい。噴水の中を見ると、闇の世界で動かなくなっている啓介の姿が、雪に包まれていた。
狐につままれた気分だった。こんなに安らかな気分になれたのは、産まれて初めてかもしれない。環境だけで、ここまで変わるとは。
「玲奈、お前……ここにずっといたのか?」
「うん、ずっといたよ。私が死んでからずっとね。ほら、大人びたでしょー」
「あぁ」
優しく髪を撫でると、あの時のままの笑顔が返ってくる。顔は大人びたが、性格は変わってないようだ。
「あ、あ……」
「――? あ?」
「あっ、あぁーえと、そうだ。ここは、うん、そうだな。三途の川か」
あの言葉が出てこない。カチンコチンに緊張しながら、不自然にスイミングアイさせる啓介。喧嘩なら得意中の得意だが、こういう事は素人同然だ。
「川なんてどこにもないよ……?」
苦笑しながら、玲奈は背中に飛び乗ってきた。
「初めて会った時の事、覚えてる?」
「……あぁ。お前、足骨折して動けなくなってたもんな」
「うん。あの時も、こうやっておんぶしてくれたよね」
忘れもしない。玲奈がユイと同じ年齢の頃だった。飛行機が墜落して、たった一人、玲奈だけ助かっていた。金目の物を漁りに行った時、まさかそんな出会い方をするなんて。
背負ったまま、あてもなく花畑を彷徨い歩き続ける。
「重くなったな。太ったんじゃないか?」
「はぁぁ? ないすばでーだけど、太っちゃいないよ! けーくんこそ、ハゲたんじゃない?」
「あぁん!? ハゲてはいるけど、ヅラじゃねーぞ!」
「それ、結局認めてるじゃん。まだけーくん十代でしょ?」
こんな風に、玲奈と互いに笑い合う日々をどんなに夢見てきた事か。
「けーくん、大好き」
後ろから、身体をキュッと包んでくる。
「俺も、あ、あ……」
……言えない。そんな時、巨大な鏡が眼前にぼんやりと浮かび上がった。背丈は倍以上、幅は大人が五人くらい入りそうだ。