新たな日々が始まる
ピンポーン
「はーい」
俺は黒地に金のラインが入ったスポーツウェアを着て、迷彩のショルダーバッグ を肩に掛け玄関のドアを開けた。
時刻は、午後6時半。4月なので冬のように真っ暗という訳でもなくまだ周囲は夕方の茜色に染められている。
「さぁ、行くわよ。このあたしがわざわざ迎えに来てやってんだから、行きにジュース奢りなさいよね」
「はいはい。どうせ嫌って言っても無駄なんだろ?」
「あたりまえじゃない」
あたりまえじゃねーよ。
ったく、俺はおまえの給水係じゃねーっての。
「何か不満でも?こんな美少女なあたしと並んで歩けるんだから当然の対価よね。等価交換よ等価交換」
自分を美少女扱いしといてジュース1本と同じ価値とか、高いのか安いのかよく分からん基準だ。
「分かったよ。んじゃ、とりあえずよろしく頼むな」
「まっかせなさい」
今日は、俺が一颯に入っての初練習の日だ。
椿が気を使ってくれたらしく、今日だけ迎えに来てくれた。
高飛車なイメージが強い椿だが、中身は面倒見の良い優しい奴なんだよな。
「あっ、行きはジュースだけど、帰りはアイスでいいわよ。勿論ハーゲ●ダッツでよろしく!」
「はぁー!?ガリ●ガリ君ソーダで十分だろ」
「なんですって!?安くみないでほしいわ。あたしの価値はハーゲ●ダッツと同等なのよ。さっきも言ったでしょ。等価交換よ等価交換」
ジュース1本とハーゲ●ダッツじゃまったく等価じゃねーよ。やっぱ、高いのか安いのかよく分からんな椿の価値は。
「ところで、運動靴持った?」
「はい」
「タオルは?」
「持ちましたよ」
「替えのTシャツは?」
「あります」
「スマホと家の鍵は大丈夫?」
「ポケットに入ってます」
「水分は途中で買うからいいとして、あっ、体調も大丈夫よね?」
「おまえは、俺の母親か!?」
「なんですって!!あたしはまだまだピチピチな20歳よ」
「見た目じゃねーよ!この小学生が遠足行く前に母親が忘れ物無いか玄関でチェックするようなやり取りの事言ってんだよ」
「え?普通でしょ??」
「普通じゃねーよ!面倒見良いにもほどがあるわ!!」
などと、訳の分からないやりとりを玄関で繰り広げ、椿の車の助手席に乗り込んだ俺は、椿の運転で、これから一颯の練習場である市内の小学校の体育館に向かうのである。
車内では、今流行りのBGMが流れ、ほのかに香る芳香剤の匂いと女子独特の甘い匂いが漂っている。多分、普通の男子ならこの状況ってテンション上がる場面なんだよな。
などと考えながら、渋滞もなくスムーズに車は進んでいく。
ふいに信号待ちで車が止まったタイミングで椿がこっちを向いた。
「京介。とりあえず何人かのメンバーとはこの間、顔合わせしてるだろうけど、イベントに参加してなかったメンバーもいるからちゃんと初対面の人には挨拶するのよ。それと、目上の人にも礼儀よくして、年下の人には偉ぶらないように。練習中は遊ばずに真面目に練習すること。あと、お喋りばっかりしないでちゃんとするのよ」
「だから、おまえは俺の母親か!?」
「なんですって!!あたしはまだまだピチピチな20歳よ」
「見た目じゃねーよ!何この初めて習い事に我が子を連れて行く時の親子の会話みたいな感じ。俺、おまえとタメ年だから、子供じゃないからね!」
「え?普通でしょ??」
「普通じゃねーよ!ってか、何で2回も同じコントみたいなことしなきゃいけないの!?絶対わざとだろ??」
「ふふっ。あんたとのこういうやり取りしてると、佳奈さんを思い出すわ。あの人もあたしがいないとダメな人だったから」
「……椿。俺と佳奈さんを一緒にするな」
椿の思い出したような笑いに、俺は少し怒気を含んだ声で返した。
「……ごめんなさい」
椿がハッと気付き、俯きながら申し訳なさそうに謝ってきた。
当たり前だよな。なんてったって
「あんな、外面だけ完ぺき、私生活ダメダメな人と一緒にするな。俺はあんなダメ人間じゃない。自分の事は自分で出来る!」
「そっち!?」
椿が沈痛な表情から一転、ビックリしたようにこっちを振り向き叫んだ。
「あたしてっきり“佳奈さんの変わりにするな”って事で怒ったのかと思ったわ」
あー。なるほどね。まぁ、そういう感情も無い訳じゃないけど
「それよりも、人間的に佳奈さんと同列に扱われたことの方が嫌だった」
「ぷっ。アハハハハハ」
椿が声を上げて笑っている。
ほんの数ヵ月前までは絶対に見ることのできない顔がそこにはあった。
今はそれでいい。俺たちは過去を乗り越えて未来に生きなければならないのだから。
こいつには、いや、同じ思いを味わった人たちにはそれ以上に明るい未来が必要だから。
じゃないと、人生悲しすぎるよな。
「はぁー。あんたの前でこんなに笑ったの何年ぶりかしら。って、ちょっとなに人の顔見て達観したような大人の表情してるのよ!京介の分際で生意気よ!」
目元に溜まった涙を人差し指で掬い、こっちを見た椿は顔を赤くして照れている。
「こういうのも悪くないな」
「バッカじゃないの」
和んだ空気とともに車はコンビニの駐車場に止まった。
さてと、椿にジュース買わないとな。って、あれ??
「さぁ、京介。飲み物買いに行くわよ」
椿がサイドブレーキを踏み、シートベルトを外している。
「つ、つばきさんや」
ヤバいやってしまった。
「なにどうしたのよ?早く行くわよ?」
「……。さ、財布忘れた」
「はぁ~~!信じられない!バッカじゃないの!!あれだけ子供扱いするなみたいなこと言っておいて、忘れ物とかあり得ないんですけど~?」
くっ。反論できない。




