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日常

俺は寒気を覚える。風邪ではない。

何やら最近、突き刺さるような視線を感じるのだ。

何か人に恨まれるような事をした覚えはないし、素行があまりいいとは言えないのはいつもの事だし、心当たりは全くない。

親友の末村弾希(スエムラ ハジキ)は気にしすぎだと笑い飛ばしやがるが、俺は身の危険を感じるレベルのいやな気分を気のせいで感じるほど自意識過剰でも疑心暗鬼でもないつもりだ。

まさか、ついに俺は霊感というやつに目覚めてしまったのか……。

「この神秘の体現者、高月タカツキツミキにひれ伏せ愚民どもげあぁ!!?」

教科書で頭を叩かれた。

「食事中に発症しないのー」

隣のクラスの古式岸子(コシキ キシコ)がこちらを呆れたような顔で覗き込んでいた。

長い髪の間から覗いた大きな目は、胡乱気にそして眠たげにこちらをうかがっている。

俺がこんな風に虐げられていても、教室ではいつも通りの昼休みの談笑が続いているあたり、俺の地位は推して知るべしである。

「……ちなみに今のは食事『中に』と『中二』をかけていたり?」

「しない」

「うがっ」

もう一発入った。

「バカね」

そのスキに波倉未来(ナミクラ ミライ) が俺の弁当箱から卵焼きをひょいとかっさらっていきやがった。

「……あれ?」

しかしその卵焼きは波倉の口に入る前、

「うむ、美味い」

末村が蛇が獲物に食らいつくような動きで確保、速やかに飲み込んだ。

どこの食物連鎖だ。

「人のおかず勝手に食べんな!!」

その頂点に立ってるのは波倉だが。

あ、顔に一発入った。

弱いな、合気道部員。

草食系か。

「高月君、これあげる」

す、と古式が自分の弁当から卵焼きを差し出してきた。なんだか悪いとは思いながらも、美味しそうなので頂くことにする。

「あむ」

「えっ!」

俺は古式の差し出した卵焼きに弾希みたくパクついた。

「恥ずかしいこと、しないで」

俺はもう一発教科書で殴られた。今度は角だった。




あれから、俺は記憶を取り戻せないでいる。

それは即ち未だ先日の事件の真相が分からないという事と同時に、古式に対して返事ができない状態である事を暗に示している。

つまり、現在俺と古式はまだ友達のままなのである。古式からしてみれば、頑張って俺の告白に返事をしたのに俺からの反応がないことに多大に困惑していることだろう。

しかし俺は記憶喪失を誰にも話さない事に決めたのである。

なぜなら、友達からは心配されそれ以外から疎まれるという、面倒な状況に陥る事が容易に想像できるからだ。

俺は今のままの、普通の生活を守る事にした。

古式への返事は記憶がある程度戻るまで保留にする。

今ある気持ちが、記憶が戻ってもそのままだとは限らないから。

古式がそれを望んだのなら、過去を思い出してそれから返事をするのが誠意ってもんだろう。

そういう考えの下、不安を代償に俺は日常を手に入れたはずだったのであるが、ここで一つ誤算というか忘れていた事があった。俺には中学以来の親友というか、愉快な親友(バカ)がもう一人いたのである。

これは記憶喪失とは関係なく、単純にいつも俺はこいつをぞんざいに扱っていたため忘却の彼方にうっちゃられていたのだが――そのまま遥か彼方から戻ってこなくてよかったのだが、面倒くさいことに本日俺はやつと再会する羽目になった。

「高槻ツミキはいるか?」

弁当を食べ終えたころ、教室の入り口から俺を呼ぶ男の声がした。

振り向くと見知った顔があった。

男にしては長い髪、切れ長の目、自信満々の笑み。

この三つが揃えば俺はこいつを連想せざるを得ない。我が悪友にして剣の道を志す時代遅れのバカ、荒神アラガミ実依也(ミイヤ)だ。

呼ぶ時はミーヤ、けなす時はミイラと呼ぶといい。

「よっすミイラ」

という訳でとりあえずけなしておく。

「だれがよれよれでしわしわの残りカスだゴルァ!!?」

ミーヤの頭脳というフィルターを通すと、日本語はやくざな言葉に変換されるらしい。

突然の怒声に古式がおろおろと応対する。

「誰もそんな事、言ってないよー?」

「だったらなんで俺は怒ってんだよ!!?」

「私、知らない。自分の胸に手を当てて、考えてみなさい」

ミーヤは自分の胸に手を当てて、目を閉じて、開いて、答えた。

「俺にも分からん!!」

「じゃあ、本当は怒ってないんじゃないのー?」

「なっ……そうか成る程、これが盲点というやつか。うむ、邪魔した」

ミーヤはなぜかつっかえていたものが取れたかのような清々しげな顔をして教室を出て行った。

……よし、途中ボケが流れっぱなしになっていたが、平和が戻った。

俺は魔法瓶に入れてきた紅茶をすする。わざわざうちの母が牛乳で茶葉を煮て作ってくれたものだ。

いわゆるロイヤルミルクティのようなものだが、これは塩味でスーテイツァイという。日本での知名度は低いが、このお茶はある国でよく飲まれている。

その国とは他でもない、モ――

「って、俺はツミキに用があるんだよっ!!」

……くそ、気づきやがった。

いや、これで誤魔化せたら誤魔化せたでアホらし過ぎて嫌だけどもね。

「貴様……俺との約束を覚えているか?」

「忘れる事が無かろうか」

いや忘れている、とは言外に。次の授業で使うであろう反語表現である。

「そうか、そうだろうなぁ」

しかしミーヤのやつはそんな俺の高等表現に気づくことなく話を進めている。とりあえずさ、竹刀を俺に向けるの止めようか。

「波倉さんを泣かせた罪は重いぞ」

そのセリフを聞くや、周囲が騒ぎ始めやがった。

そりゃはたから見てたら波倉を取り合って喧嘩してるように見えるだろうけどさ、俺にその気はないし、そもそも波倉だってまさか俺の事が好きな訳じゃないだろう。

てかこいつは泣くようなたまじゃない。

では何故こんな事になっているのかというと、こんなやつのために面倒だが少し過去まで遡る必要がある。

そう、あれは俺が中学せ――

「聞いてやがんのかツミキ!!?」

……折角人がお前のために思いを馳せてやろうとしたのに邪魔しやがって。もう知らんぞ? お前何の脈絡もなくキレてる意味不明な新キャラになるぞ? それでいいんだな!?

「ああもううっさい」

とかくだらない事考えていると、波倉が痺れを切らしたのか弁当箱を投げつけた。

竹刀で迎撃された。

どうでもいいが、自分のあるんだから俺のを投げるな。

あと古式は古語辞典を見つめてどうしたんだつーか投げようかどうか悩んでんじゃないだろうな!?

「あのさ、多分だけどツッキー今脳内ツッコミに忙しいみたいだから後にしたらどうだ、荒神?」

「いくらなんでも納得できるか!!」

「なんだ、だめなのか」

俺はものすごく残念そうにうな垂れてから、本題を切り出――あれ?

「お前……何しに来たんだっけ?」

「いくらなんでも酷くないか!!?」



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