挑戦
俺と荒神実依也は父親同士が知り合いだった事がきっかけで、中学の頃引き合わされた。
ミーヤの実家は道場をやっていて、うちの父がさる武道をやっている関係で知り合い、親交が始まったのだという。ミーヤの実家は剣道というより、剣術とでもいうべき古武術を扱う道場であり、彼の剣もその影響を多分に受けた独自の型らしい。
もっとも素人の俺の目に、その違いはデネブとアルタイルを比べた程度にしか映らない。
平たく言えば分からないのである。
そして、俺もミーヤもお互いがお互いに、好かなかった。
というか馬が合わないのだ。
そんな俺たちが悪友というか腐れ縁というか、とにかくそういう関係になれたのは、望んでなんていないけどなってしまったのは、他でもない波倉が原因なのだった。
荒神実依也は波倉未来が好きだ。
俺が知る限りこんなモノ好きは他にいない。
雑で乱暴で傲慢で、自分勝手で男勝りなあいつを好くやつなんて他にいまい。
ちなみに俺の悪口でさえ内面的な事に集中しているあたりに、ミーヤが波倉を好いた理由があるのだと踏んでいる。
顔だけはいいからな、顔だけは。
中学の頃はミーヤが俺と波倉の関係を、どういう風に勘違いしたのか俺が波倉をそそのかし、あまつさえもてあそんでいるとか思ったらしく、色々と酷い目にあった。
竹刀で殴られたり、木刀持って追いかけられたり、突然我が家に寿司の出前が大量に届いたり。
直接的な暴力から小学生のイタズラ並みのくだらない嫌がらせまで、被害は多岐に――
――渡ってねぇな。
直情径行一直線のバカだからな、あいつ。どうでもいいけど。
ちなみに寿司は美味しかった。
あと更に余談だが俺と弾希の親交が厚くなったのも、このバカを迎撃するため協力していた事が原因の一つだった。
弾希の腕っ節と波倉の情報収集ネットワークには、この頃大分助けられたっけ。
しかし、二人の協力をもってしてもやはり、事の中心にいるのは俺な訳で、最終的な局面では俺が矢面に立たねばならない。
そしてこの諸々の事件が収束する最終局面とは、弾希とこの前大喧嘩した病院の近所の公園における決闘だった。
結果だけ言うと俺が勝ち、ミーヤは波倉を諦めた。
「お前が波倉さんを幸せに出来ないようなら、また俺は現れるぞ、ツミキ」
という凄く不穏当な一言を残して。
けれどあまりに月並みすぎて俺はその宣誓を風呂に入った頃にはもう忘れてしまっていた。
以上が心優しい俺による過去回想である。
ちなみに先ほど古式とミーヤは恐るべき相性でボケ倒していたが、多分初対面だ。俺と波倉みたいにツッコミ同士だと話があっちこっちに飛びまくるが、ボケ同士だと延々あんな感じなのだろうか……。
ボケとツッコミは火と油の関係だ。ボケだけでは火がつかないが、火だけではすぐに燃え尽きる。
やっぱりボケとツッコミの比率は一対一で丁度いい。
そういえば弾希はどっちなんだろ。
「おい、ツミキ。いい加減俺の話を聞かないか? 友達なくすぞお前」
「大丈夫だ、友達だと思ってないから」
「俺の扱いどれだけ酷いんだよ!?」
あ、ミーヤはやっぱりツッコミにキレがないな。
おそらく生まれてからずっとボケを不法投棄し続けて来たのだろう。
このままあいつを放置すると、ボケが処理されないまま山積みになって社会問題になるんじゃなかろうか。
ツッコミ役として、それは看過できない大問題だ。
「よし、この神速のツッコミを持つ俺がお前のボケを処理しきってやろう」
「よく分からんがとりあえず一発殴らせろォォォ!!!」
俺はやつの振り下ろしてきた竹刀を白刃取った。
「なんでお前そういう反応だけはいいんだよ!?」
俺にも正直よく分からないが、中学以前に何かの基礎訓練でも受けたのか、俺は反射的に攻撃をよけたり止めたり、無駄に打たれ強かったりひるまなかったりする。
弾希との先の喧嘩でも途中からその勘所を感得し、後半戦で巻き返したのだった。
これはあれか、俺の中の眠っていた能力が覚醒し始めたのか。
「この俺の真の力に恐れおののくがいぐあらぁ!?」
がつ、と後頭部に古式渾身の古語辞典による打撃がぶち当たり俺は悶絶した。
「私にツッコミをさせるなんて、高月君は相当重症」
「自分で言ってて空しくないか……」
「物理攻撃に、精神的カウンターとは、さすがツッコミ」
「褒められてんのかのかそれ」
「思いっきりけなしてるつもりー」
「お前ら俺を無視するな」
再びのミーヤの攻撃は突きだった。本来なら先ほど同様適当にあしらうのだが、いくらミーヤでも本気の一撃ではなかろうが、この時ミーヤが気づいていなかった事がある。
突きの軌道の先に古式がいたのだ。
俺は両手で竹刀の先端を叩き下ろした。
「む!?」
ぶれた竹刀が俺の胸に当たって少し痛かったが、俺は止まらない。
体勢を崩したミーヤの腹部に渾身の蹴りを放った。
それを脇から袋に入ったままの竹刀で誰かが払う。
「っ痛ぁ!?」
俺はそのまま机を蹴ってしまった。
「悪いが、その辺にしてもらおう」
片足を抱えて跳び上がった間抜けな格好で、現れたそいつを見た。
一目で染めていると分かる茶髪と、黒いリング状のピアスが目を引く男だった。目つきが悪く冷静そうな言葉の端にも嫌味のトゲが見え隠れしている。
斎木祭。
問題児という訳ではないが、いい噂は聞かない男だ。
「斎木か、どうしてここに?」
斎木は同じ剣道部員という事もあり最近ミーヤとはよく一緒にいるのを見かける。
「どうしても何も、練習抜け出して何してるんだ荒神」
「ちょっと野暮用だ」
「どうでもいいが、新人戦も近いんだ。問題を起こすなよ」
斎木は嫌みとも注意ともつかない事を言って荒神の制服の襟首を掴んだ。
「さ、行くぞ」
「ちょ、おま、俺結局ここに来た用事をまだ果たしてない」
「どうせ果たし合いだろう。果たさせてたまるか」
「ちがう、選手宣誓だ」
「宣戦布告の間違いに聞こえるが」
……中々のツッコミだなこいつ。
しかし、さっきからちらちら俺と古式を見ているのはどうした事か。
そして、古式の表情がこわばっているのは、何より俺がこいつにいい印象を持てないのはどうしてなのだろう。
「分ぁったよ、自分で歩くから一言だけ言わせろ」
俺の思考をよそにミーヤは斎木の手を払うと、襟を正し竹刀を向けて行った。
「日本男児たるもの正々堂々果たし合うのが筋ではあるが――」
「戻るぞ」
「ちょ、今の一言は言葉のアヤってか前口上だーーーーー!!!!?」
ミーヤは何を言いたかったんだろう。
というか何をしに来たのか気になる。
「ちっ、仕方ない。おい、ツミキ」
あ、廊下を引きずられながらも強引に選手宣誓とやらをするみたいだ。
「日本男児たるもの正々堂々果たし合うのが筋ではあるが、俺は新人戦も近いし問題は起こせない。そこで俺は考えた。ばれずに正々堂々、お前と決闘する方法はないものかと」
「そして閃いた。正面から宣戦布告した後、こっそり闇討ちすれば卑怯にはならないだろう?」
「そういうわけで、俺は今晩以降、正々堂々闇討ちに行くからそのつもりで待ってろよーーーー!!!」
へぇ、闇討ちって正々堂々やるものだったのか、初めて知ったよ。
そして結局宣戦布告じゃねぇか。
あと、これが一番どうでもいいけど、あれだけ引きずられると多分今頃、制服のケツの部分に穴が開いてる事だろう。
……むう、ツッコミどころが多すぎて、俺をもってしても処理しきれない。
さすがはミーヤ、侮りがたし。




