猫みたい
屋敷に入ると、外の喧騒がウソかのように静かになった。
「まだ暴れたりないって顔してるわね」
「正直、拍子抜けでした。もう少し骨のある方々かと思っていたのですが。あれくらいなら、もう百人追加してもストレス発散にはなりません」
「冗談に聞こえないのが怖いわ。まあ、今まで散々な目に遭ってきたんだから、とことんやり返していいとは思うけど。まだまだざまあする機会はあるわよ。今回はこれくらいで我慢しときなさい」
これ以上暴れたら、きっとクレマン様が困るだろう。それに、国王軍相手に大暴れしたと変な噂がたてば、また極悪令嬢なんて言われかねない。国王軍全滅させました、なんて、まさに国王への謀反じゃんか。私はただ、国王陛下と話をしたいだけなのに。
うーん、と考え込む。そこではたと気付いた。ロゼッタがついてきてない。
「どうしたの、ロゼッタ。まさかさっきのでどこか痛めた?」
「いいえ。あなた様も見ておられたでしょう? 私はそんなヘマはいたしません」
「じゃあ、なんでそこに突っ立ってんのよ」
そう問いかけると、ロゼッタは一度俯いた。
「私、頑張りましたよね?」
「は?」
「国王軍も蹴散らしましたし、ラインハルト殿下も黙らせました。十分褒められる働きかと」
そう真顔で私に聞いてくる。
彼女は何が言いたいのだろう。わからなくて首を傾げていると、ロゼッタは諦めたようにため息をついた。そして、私の前をドシドシと歩いていく。
「もういいです」
「え、何よ。気になんじゃん」
「べつに何でもありません」
「何でもないわけないでしょ。珍しくそんなに拗ねてるんだから」
「拗ねてなどいません」
「ウソつけ。いいから、何が言いたかったのか教えてみ?」
「必要ありません。……べつに褒め言葉が欲しかったわけではありませんから」
そこでやっとわかった。ロゼッタが私に何を求めていたのか。
「あ! わかった、ロゼッタちょっと待って」
「嫌です。お腹が空いたので台所へ急ぎます」
うわ、マジで拗ねてる。ひねくれ者相手だとこういう時厄介だ。こうなったら。
「ロゼッタ、ちょっと待ってって……いたっ」
右肩が痛んで、思わずうずくまる。すると、ロゼッタが素早く反応した。
「大丈夫ですか?」
そう言って、心配そうにしゃがみ込む。そうやって近くにきたロゼッタの頭を、私は優しく撫でであげた。
「よく頑張ったわね、ロゼッタ。おかげで、私のストレスも解消したわ。褒めてあげる。ありがとう」
よしよし、と子どもにするように撫でる。相変わらず滑らかな髪は、触っていて気持ち良かった。
「……まさか、この私が同じ手に引っかかるなんて。屈辱です」
「ほんとはわざとなんじゃないの? こうして欲しくて」
「まさか」
そう否定はしてるけど、嫌がる素振りはないし、なんなら私が撫でやすいように頭の高さを調整している気がする。でも、あえてそのことは口にしない。
「ロゼッタは優しいからね。たぶん、私がわざとやってるってわかってても、心配してきてくれると思うな」
「そうかもしれませんね。私はどうにもアンジェリーク様に甘いようなので」
なんだか猫みたいだ。普段はツンツンしてるくせに、急にかまって欲しくて甘えてくる。そんな彼女がとても愛おしい。
「褒められるって嬉しいよね。ダークウルフ倒して、ロゼッタによく頑張ったって頭ポンポンされた時、頑張りを認めてもらえたみたいですごく嬉しかった」
「私も、こんなに嬉しいものだとは知りませんでした。父や祖父には、一度も褒められたことがありませんでしたから」
「そっか。子どもの時なんか特に褒められたいのにね、よく我慢したねロゼッタ。でも、もう我慢しなくていいから。私はいつでもあなたを褒めてあげる。その頑張りを認めてあげる。あなたがそうしてくれたように」
少しでも、私がそばにいることが彼女の心の支えになれれば。甘えてもいいんだと、心安らげる存在になれれば。これ以上嬉しいことはない。
「……クセになったらどう責任とってくれるのですか?」
「なんで上から目線で責めるのよ。そしたらその都度褒めてあげるわよ。その代わり、私もちゃんと褒めなさい。一方通行だなんて不公平だわ」
「褒められるような働きをしたら考えます」
「なんか厳しいっ」
大声を出したら刺激を受けたのか、お腹の虫が再び鳴った。それが合図かのように、ロゼッタはフッと笑うと立ち上がる。
「さあ、昼食を取りに行きましょう。そのために仕事を早く終わらせたのですから」
「うん、そうだね。早く食べよう」
そして私達は、二人並んで台所を目指した。




