国王軍の危機
「どこへ行く?」
「台所。お腹空いたから何か作りに行くの」
「ダメだ。部屋で大人しくしてろ」
「はあ? なんでよ」
「つまり、私達をこの部屋に軟禁するということでしょうか」
「そうだ。ここには牢がないからな。お前達は、国に連行される罪人。自由に出歩かれては困る」
ギャレットは、当然と言いたげに真顔でスラスラと説明する。服のあちこちに魔物との格闘の爪痕が残っており、その裂けた割れ目からは、真っ白な包帯が見え隠れしていた。
レインハルト殿下を守るように一人しぶとく戦っていた近衛騎士は彼だ。
「罪人にも食事は与えられるはずだけど? まさか、慈悲深い国王陛下の子ども達は、捕らえた相手に食事も与えず餓死させるような残忍な人達なの?」
「そんなわけないだろう。後で持ってこさせるから待っていろ」
「それっていつよ?」
「他の兵士が代わりに来るまでだ」
「そんなの待てないわ。ロゼッタ、行きましょう」
「ダメだ」
前を行こうとする私を、ギャレットが通せんぼする。お腹が空くと人間イライラしてくるもので。
「私今お腹空いててイライラしてんの。邪魔すると強行突破するわよ」
「やれるもならやってみろ」
自信たっぷりなその顔がムカつく。どうせ私にはできっこないって思ってるんでしょうけど。そんなのやってみなけりゃわかんないでしょ。
「あ、ラインハルト殿下!」
ギャレットの背後を指さして叫ぶ。すると、彼は思わず振り返った。
よくある子ども騙し。それでも相手を油断させるのには十分だ。そのまま彼の横を通り抜ける。しかし、それはあっさり見破られた。
通り過ぎる直前、ギャレットが私の右手を掴んだ。そしてそのまま上へ持ち上げる。
「いたたたっ!」
「そんな子ども騙しに引っかかると思ったか。舐めるなよ」
「痛い痛い! 肩痛いっ」
「ウソつけ。そんなに痛がるほど上げてないぞ」
それはそうなんだけど。そこは、ダークウルフの突進食らって怪我してる箇所なんだって。
そう説明したいけれど、痛みが強くて話ができない。たぶん、ロゼッタはそのことに気付いてくれたんだろう。
ギャレットの腕を掴むと、目にも止まらぬ速さで捻りあげて、そのまま彼を壁に押し付けた。
「うっ」
「我が主人は右肩を痛めております。乱暴はやめていただけないでしょうか?」
「貴様……っ」
「王子の護衛が聞いて呆れる。今の軍のレベルなら、五分とかからず王子を暗殺できそうですね」
「なっ……」
「こら、ロゼッタ。お腹空いててイライラしてるからって、縁起でもないこと言わないの」
「これは忠告です。クレマン様も嘆いておられたではありませんか。ダークウルフ一匹一人で倒せない国王軍より、自警団員の方がよっぽど役に立つと」
「それは言ってたけど。その件はクレマン様が国王陛下に直接意見するって言ってたじゃない。私達がとやかく言うことじゃないわ」
「そうですね。このまま弱い方がこちらとしては好都合ですし」
「今の話は本当か」
ギャレットではない男性の声が聞こえて振り返る。そこにいたのは、二人の殿下とクレマン様だった。ラインハルト殿下がクレマン様に詰め寄る。
「今の話は本当なのか、クレマン」
「……ええ、残念ながら。はっきり申し上げて、大変危機感を覚えております。もし今敵国が襲ってきたら、我が軍は勝てないでしょう」
「そんな……っ」
「そこまでなのか……」
レインハルト殿下が神妙な顔つきでボソリと呟く。ギャレットも気まずそうに視線を逸らした。
「もしかして、あなたもそう思ってたんじゃないの? ギャレット」
「な、なにを……っ」
「だって、ロゼッタが言った時真っ先に否定しなかった。それは心当たりがあるからでしょ」
「そうなのか、ギャレット」
「それは……」
ラインハルト殿下にそう言われ、ギャレットは口をつぐむ。しかし、殿下の厳しい視線に耐えられなくなり、ついに口を開いた。
「……話で聞いた限りですが。クレマン様が軍の指導をなさっていた時は、魔物討伐のために他の領地によく国王軍を派遣なされていたので、兵士達は実戦経験を積むことができていたとか。ですが、クレマン様が引退なされてからは、派遣の回数が極端に減り、その貴重な実戦を積む機会が失われております。おかげで兵士達は、訓練をサボるようになり、国を守るという意識が低下しつつある。私も正直、このままではいけないと焦りを感じておりました」
「つまり、国王軍はみんな戦闘に出ず、ずっと王都に籠りっぱなしだから、平和ボケしちゃったってわけね」
「さすがアンジェリーク様。実に簡潔でいて嫌味の込もったまとめ方です」
「極悪令嬢だからね」
冗談っぽく言ってみると、ラインハルト殿下にキッと睨まれた。おぉ、怖っ。
「まさか、私が引退してからそんなことになっていたなんて。もっと早く気付くべきでした」
「いや、お前のせいじゃない。悪いのは兵士達だ」
「いいえ、違います。悪いのは、軍を統括する上層部です」
「なに?」
ロゼッタの意見に、殿下達の厳しい視線が飛ぶ。それでも彼女は余裕顔だった。
「無能な上官は、無駄に兵を殺します。軍の派遣を決めるのは上層部。兵士個人の話ではありません」
「何も知らない暗殺者風情が、訳知り顔でよく言える」
「こう見えて、以前は魔法師団に入団しておりましたから。まったく知らないわけではございません。ですが、だからこそ今の軍の体たらくは異常です。クレマン様、国王陛下に早急な改善を要求してください」
「お前の言うことなど誰が聞くか。クレマン、父には私から話しておく。心配するな、軍の役人達は父の信頼する者達ばかりだ。そんな我が軍がそう簡単に負けるはずがない」
「しかし、殿下……っ」
ラインハルト殿下のその言葉に、ロゼッタの片眉がピクリと反応する。あ、ヤバいぞ、これ。
「では、勝負してみますか?」
「なに?」
「正直、今の国王軍であれば、師団単位で来られても私一人で余裕で勝てます」
「師団単位だと!?」
殿下達やクレマン様が驚きの表情を見せる。が、私にはいまいちピンとこない。
「ねえ、ロゼッタ。師団だと兵士の数はどれくらいになるの?」
「まあ、国や領地によって違いますが、国王軍で言えば多くて二万といったところでしょうか」
「二万!? 二万の兵士相手に余裕で勝てるっていうの?」
「はい。超余裕です」
うわ、私の言葉までパクって殿下達を挑発してる。でも、どうしてだろう。ロゼッタならできるんじゃないかと思ってしまう。
このロゼッタの挑発に乗ったのは、ラインハルト殿下だった。
「いいだろう、勝負してやる。俺達を……国王陛下を挑発したこと後悔させてやるからな」
「望むところです」
ラインハルト殿下は、鼻息荒くその場を後にする。レインハルト殿下もその後に続いた。それを見届けて、クレマン様が私達の元へ近付いてくる。
「ロゼッタ、師団単位というのは冗談なんだろう? いくら君でもその数はかなり厳しいはずだ」
「ええ、まあ。ですが、そのおかげで挑発に乗ってくれました」
「なんだ、冗談だったのか」
「どうしてガッカリなさるのですか?」
「いや、これなら本気で世界征服できると思って」
「本気でそう願われるのなら叶えますが」
「ごめんなさい、冗談です。ただ、それが本当ならすっごく心強いなぁと思っただけ」
最後の言葉は真剣に言ってみる。すると、ロゼッタがフッと笑った。
「もし、あなた様に何万、何十万の敵が現れたとしても、私は本気で戦いますよ。そして、必ずやあなた様に勝利をもたらすでしょう」
「うん、そうだね。なんたって、ロゼッタは自称人類最強なんだもんね」
「その通りです」
「まったく君達は。ハラハラさせてくれるよ」
私達二人のやりとりを見て、クレマン様が苦笑する。ロゼッタはというと、一段とその綺麗な顔を引き締めた。




