#11 温実
端子島から帰ってきて、本土で出迎えたのは情報部の大船だった。少し離れた所にいる男に、温実は声を掛ける。
「あら情報部の一課課長じゃない。今更なに?」
挑発的に温実が問うと、夜明けの薄暗い中で、スーツ姿の男は近づいてきた。
「べっつにぃ~。アツミンに文句を言いに来ただけだよぉ~」
年上とはいえ、温実を相手に、ここまで軽薄な態度を取れる人間は、それだけで稀有な変人だ。
「なに?」
「富之の大爺ちゃんに借り作ろうとしたのに、君が殺っちゃって有耶無耶だよ~」
「それは私のせいじゃないわよ、当主を殺したのは、私じゃないし」
大船は、馴れ馴れしく温実の肩に腕を回す。
「いやさぁ、別に大爺ちゃんじゃなくっても『上宮に』って言えば、上宮家の他の人につけられるじゃあ~ん。殲滅ってヒドくない? ……なんかあったのか、な?」
課長が、温実の顎に手を伸ばすが、首に回された腕をどけてつつ、伸ばされた手を軽々しく払って、温実は大船課長を睨みつける。
「アンタ自身、会議の時に聞いてたでしょ? 期待するようなものは、何もないわよ課長さん。それに上宮の人間でいいなら……そこにいるわよ」
温実が後ろ――船から降ろされている曾孫達を顎でしゃくると、大仰な仕草で、大船は肩をすくめてみせた。
「可愛いお嬢ちゃんと、次期当主様かい? ……あいにくと、子供を相手に、大人の都合を押し付けるほど、オジサン意地悪じゃないんだよねぇ~」
あっそう。内心でだけ呟く。アンタの趣味なんか知らないわよ、と。
そうだ、と温実は思い出す。先に言っておかなくてはいけない事があった。
「それと……上宮斉明の後見人だけど」
「どうかした?」
「後見人、私に指名してくれるそうよ」
目の前の男が、凄く嫌そうな顔をした。思わず笑いそうになったが、堪える。
「じゃ、そういうことで……」
肩に回っていた大船の腕をどけるが、「待った」と後ろから肩を掴まれる。
「アツミン、斉明くんに何か吹き込んだのかい?」
「なんのことかしら?」
振り返りつつ、意地悪な笑みを浮かべて、とぼける。
「やめてよ、もぉ~。俺が東奔西走したのは何だったの? 上のオジさんたち、絶対後見人にアツミンつけるって言ったら、苦りきった顔するよ?」
上宮の神童とまで言われる才能溢れる人材を、実働部の課長が事実上掌握するとなれば、良い気はしないだろう。共有財産を独占されるような感覚に違いない。温実にとっては知った事ではない。
「知らないわよ」
「頼む! 斉明くんの後見人、俺に選ばせてくれ!」
大船は眼前で手を合わせる。
――クッソ面倒くさいのが絡んできたわね……。
「貸し一つでどう?」
「釣り合わない」
「じゃあ五回!」
舐めているのか……しかし、ここで要求どおりの値を言えば、値切ってくるだろう。大目に見積もる。
「二十」
「それは非人道でしょ~」
「じゃあいくつなら?」
「頑張って十かな~」
上宮の神童……後見人になれば、成り行きで十六課に加えることも出来るだろうが、所詮は作り手、裁定員としては動かせない。もちろん道具を作らせる事は出来るが、それも上宮斉明がいなくなると、十六課の運営ができないと思われたのでは、上へのアピールに欠ける。
対して、この男を十回も自由に使えるというのは、メリットが大きい。それも上層部になれば、温実では出来ないことでも、代わりにやってくれる。未来への投資、部長になるまでに、部長の権限を行使するための使い捨てのカードを、十枚ほど手に入れる……。
まぁ、妥当な線だろう。
「分かったわ、それで手を打ちましょう」
温実が「仕方がないな」という態度で応じてやると、憎らしそうな表情で、大船は温実から手を放した。
「まったく交渉上手なんだから!」
大船が、温実の尻を掴もうと手を伸ばしたが、温実は華麗に避けて、逆に股間に裏拳を食らわせる。
「おうっ!……あっ……」
激痛に顔を青ざめて蹲る男をほったらかして、温実は駐車場に向かう。
「温実さん……いいんですか?」
会話が終わったのを見計らって、声を掛けてきたのは副課長だった。
「あのおっさん? いいのよ。薄ら寒い軟派ナルシストだけど役に立つ。上に行ってもらうのが得策よ。仲良くしとかないとね」
温実が年上の人間を素直に認めるのは珍しいので、副課長はポカンとしていた。
「変な人ですね」
「そうね。名前のとおりの『北向き変人』よ。名づけの意味は「キレる家来」って意味だろうけどね。あの人の父親、たしか有名どころだから、息子のアイツを補佐官にでもしたかったんじゃない?」
「そういえば携帯にあの人の番号『ペリー』って登録してますよね。なんでですか?」
副課長のくだらない質問に、温実は答えてやる。
「大船の『船』に、卿玄の『玄』を黒にして『黒船』だから」




