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  #09 斉明

 この女に許しを乞うための唯一の手段を――自らかなぐり捨ててしまった事実は、当然、斉明を追い詰めたが――逆に背水の陣を敷く結果となった。

 ――やるしかない。

 この女さえ倒せば、他の裁定員を説得する余地が出来る――ほぼ不可能と分かっていても、それでも斉明はやるしかない。

 こんな女に好き勝手にされてたまるか――感情的になっているのは否定できない。それでも斉明は、意地でも目の前の女の意思を否定したかった。

「ったく……時間が無いから、ちょっと強引にやるわよ」

 鶴野温実が脇差を抜く――その刀身を見て、斉明は生唾を飲み込んだ……獰猛で理不尽な解創の威力を前にして――斉明は、瞬時に悟る。今の守りでは敵わない。

 道具を使えない斉明が、役に立てる物のは一つだけ――ずっと持ち歩いていた防壁だ。

 だが、この『消散』と『濾過』による透明な防壁では、目の前のソレを喰らえば、一瞬にして消し飛ぶだろう。

「あ、そうだ。ゲームをしましょうよ……十秒、私を凌げたら、後ろの子、助けてあげる」

 瓢箪から独楽というヤツだ。怒気を漲らせながら、頭だけは冷静に、頷いて承諾した。

「いいじゃない……そういうの」

 向けられる脇差……斉明は、先ほどの破滅的な威力の衝撃が、この脇差によるものと瞬時に悟った。

 凌げるか――斉明には自信が無かった。それでも、できるだけの事はしないと後悔すると、苦りきった顔で思った矢先――視界に、後ろの人影が映る。

 それは雅だった。そうだ……自分だけの問題じゃない。彼女を助けないといけない。

 自己責任という言い訳を失って、逆に斉明の心に火が点いた。

 ――使えないなら……

 目の前の裁定員と、

「――っ、ぅ――」

 呼吸を、

「――っ、う――」

 合わせる。

 ――作るしかない……!

 閃光が弾けて、凄まじい熱波が防壁に叩き付けられる。

 床に底面をつけ、腕で支える防壁に、脱臼しそうな衝撃が加わった。

「ぐぉ……!」

 堪えつつも、違和感に気付いた。放たれる威力は――目に見えて制限されている。斉明を殺さずに倒す為の加減だろう。だがそれでも、防壁を数秒で消し飛ばすには、余りある威力だった。

 が――斉明は集中していた。『使用』ではなく『作成』に。

 綴り直し、作り直す。即席の解創。殺害未遂事件時に、運動エネルギーを元に『退避』の解創を作った時と同じ要領だ。

 十秒耐えれば可能性がある――それが斉明の勝機だった。

 斉明は『消散』と『濾過』の解創が、消し切れず、あっという間に溶けて蒸発するのを、ギリギリで抑えていた。

 抑えたのは――それは『引延ばし』の解創を、その場で作り始めたことに起因する。

 この状況を乗り越えればという自分の意識を、防壁に叩き付けられる熱に乗せ、ガラスの防壁を引き伸ばす。熱と圧を、楯の外側に逃がすように。溶けだす防壁を粘土に見立てて熱と一緒に引き伸ばす。引き伸ばす行為で熱のエネルギーを相殺し、(たも)(たも)てと念じ、祈る。それだけを願う。

 道具を作るのでなく、事象を作る。

 それは斉明にとって、新たなステージだった。作成の結果は、その全てが創作物と思っていた彼にとって、強敵との衝突は、意図せず次の段階を見出した。

 そして斉明は見た――二秒と経たず、脇差から収まっていく光を……。


先週あげ忘れていましたので、本日上げさせていただきました。

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