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  #09 富之

「失礼します」

 翌日、富之の部屋には、七人の作り手たちが、ぞろぞろと入ってきた。

 息子の孝治、卓造、孫の洋一郎、正和、和良、良正、そして眞一の七人だ。

 もし全員がグルだった場合、もはや富之に逃げ場は無い。しかし、流石にそれはないだろうし、万一を備えての地下である。ここは富之の空間である。たとえ一級の追求者であろうと、ここにさえ限定すれば、仕留められない道理は無い。

「では早速じゃが……斉明を引き取る気があるものは挙手しろ」

 手を上げたのは二人。

 富之の息子の孝治と、富之の孫に当たる眞一だ。

 孝治は富之を除けば、最年長の作り手だ。次男だが、そんなことは関係ない。長男の武史は作り手の才能が無いのだし、斉明がいなければ、奴が当主になるのは妥当だろう。そんな孝治が引き取るとすれば……理由は一つ、斉明を引き取り弱点を炙り出し、当主にふさわしくないと富之を説得するためだ。

 もう一人は眞一。父は富之の三男の卓造だ。

 孫が引き取るというのもなんだが、眞一ならば実力的に不足は無い。以前眞一は、上宮と他の家の契約により、その種を他家に渡した事がある。それにふさわしいと認めたのも、また富之自身だった。

 もちろん、挙手していない者が犯人の可能性もある。

「まず孝治から」

「はい」

 孝治の物言いは、富之よりもはっきりとしている。白くはあるが毛髪も濃く、綺麗に整えている。背筋も伸び、顔の皺も歳のわりに少なく、若々しく見える。たくわえられた口髭と、衰えぬ眼光が、厳粛とした空気を醸し出している。

「斉明くんを引き取ろうと考えたのは、彼が成人するまでの教育環境が、既に整っているからです。今から一人増えても、問題ありません」

 孝治の家は、いまどき珍しい三世帯家族である。祖父母世帯二名、親世帯六名、子世帯五名の計十三名。全員が住むのに十分な広さの住宅もある。

 確かに孝治宅の環境であれば、一人増えても変わらないだろう。斉明と鳩子の関係は悪くないので、子供たちも温かく迎えるはずだ――表向きは。

 もし孝治が犯人だとすれば、斉明を殺した際の繰り上がりを狙っての事だろう。

 斉明を殺すことで、次期当主は自分に巡ってくると考えていても不思議ではない。孝治の才能は作り手としても申し分ないし、厳格な性格もあって周囲の信頼も厚い。その場合、斉明が死んだ場合には、お前は当主にはしないと事前告知し、牽制(けんせい)しておく必要がある。

「なるほどの……次に眞一。おぬしはどのような理由で?」

「はい……比較すれば、こちらは孝治伯父様ほどに過ごす環境は整ってはおりませんが、それでも斉明くんの教育を施すに当たって、それなり用意があります。それと……」

 意味ありげな視線を孝治に向けた後、富之に戻す。

「斉明くんの教育方針において、富之お爺様は、どうお考えですか?」

「なにが言いたい?」

「失礼を承知で申し上げますが、富之お爺様と孝治伯父様の考えには、幾分か、差異がありますでしょう? 上宮の作り手として、作る事を最優先に考え、委員会との関係も良好に保つ方針の富之お爺様と、没落を危惧し、上宮をより発展させ、委員会からの影響を最小限に留める……上宮家そのものの維持を優先する孝治伯父様。そして富之お爺様の考えに近いのは、孝治伯父様より、私の方だと考えております」

 それを聞いて、富之は薄く笑った。

 富之は、作り手としての本分さえ果たせば、正直なところ、後の事は二の次である。作り手の勤めは願いと祈り、そして解創を創造し作成することだ。

 対して孝治は、作る事に視点を置き過ぎる富之の考えを嫌悪している。それではいずれ、委員会に飲まれてしまうと予想しているからだ。今まで自分たちで維持してきた上宮の血筋を、委員会が保護の名目の元に監視、ないし篭絡し、恩着せがましく接近してくることを恐れている。

 嫌なところを突かれた孝治だったが、やんわりと否定する。

「眞一くん。私は斉明くんを引き取っても、富之大爺様の教育方針を曲げる気はないよ。私の考えは、富之お父様とは違うが、それを斉明くんに押し付ける気は無い」

「そんなことはせんでも、影響は受けるじゃろうが、孝治さんよ」

 割って入ったのは、富之の子供でありながら、富之よりなお背が曲がった、矮躯の男の嗄れた声。

 白髪を綺麗にまとめている孝治とは対照的に、薄い頭髪は肩まで伸ばされ、艶が悪く、手入れが行き届いてるとは言いがたい。

 小さな瞳の三白眼には斜視が入り、常に浮かべているワザとらしい笑みで、口の中と渇いた舌、そして歪な並びの歯が見える。左手の中指は第二間接より先が無く、容貌は不気味の一言に尽きる。

 孝治を聡明な老人とするのなら、卓造は老獪という言葉がしっくりくる。

「実の兄に余所余所しいな、卓造」

 実の兄弟とは思えないほど容姿の異なる二人が、視線を交錯させて火花を散らす。

「なぁに。今に始まった事じゃないでしょうが孝治さん。アンタの傍に四六時中、斉明がついてみぃ。あの子は、あっちゅう間にアンタの考えを理解するで? それに賛成したら大変な(えらい)ことや」

 おそらく、眞一に発言させ、この状況にする事は卓造の手中だったのだろう……分かった上で、富之は気がかりになった事を訊いてみる。

「斉明が孝治の方針に賛成したら、どうなると考えておる、卓造?」

 卓造は乾いた舌で唇を舐める。

「なぁに。斉明の才能については、既に知れ渡っております。上宮が裁定委員会との接触を断てば、委員会としては都合が悪い。才能ある上宮ん星が、自分たちの管理から逸脱するわけですからね。金の卵が玉手箱に仕舞われたら困るでしょう? 開けた時には、どうなっとることやら」

 きひひ、と、卓造は底意地の悪く笑う。

「委員会としては、玉手箱ん中がどうなるか分からんのは嫌やから、無理やり中を覗こうとしますで? 難癖つけて斉明を引き取るなり、監視するなりしますやろ。そりゃあもう……揉めるでしょうなぁ」

 卓造の言い分が終わり、孝治が何か言い返そうとしたが、口をつぐんだ。

 多くの方面、多種多様な道具の解創の作成や使用など、総合的には孝治のほうが能力的には優れている。信頼できる人柄だし、人望も厚い。

 対して卓造は、既存の物や道具、解創の作り直し……把握力と理解力、そして改竄能力に特筆すべきものがある。その他、内容が複雑な願い、解創を使わない交渉ごとなど、人を操ったり、都合よく育てる素質に恵まれている。こういう話し合いの場では、孝治より、相手を妨害しつつ主張できる卓造が優勢になるだろう。

 眞一は、実質卓造の傀儡と言ったところだ。あの時……『三家交配』の際、息子を推薦したのも、卓造なりの思惑があったのだろう。

 だが眞一も、実の父親の真意は理解しているはずだ。それでもこうして、斉明の引き取りの話し合いで協力するとなると、それなりの理由があってもいい筈だ。

 ――眞一がワシに恨みを持っとる可能性……なくはないが……。

『三家交配』――それが、上宮家が他の家、国枝家と篠原家の間で交わした契約の名称だ。

 当時、追求者の家系として廃れていた国枝と篠原の家は、追求者の子孫を必要とした。そのため上宮は、それぞれに眞一と洋一郎の種を渡したのだ。代わりに、もし才能が宿った子が生まれたら引き取り、上宮で教育を施し、さらにその子から生まれた子供を両家に返す、という風に。

 これには富之の思惑も絡んでいた。この契約をした時点で、富之は次の上宮当主当候補を誰にするか考えていたが、当時斉明はおらず、誰が継いでも上宮の作り手は廃れると考えていた。

 そこで富之自身が手塩をかけて、誇りを持った作り手を育てようと考えたのだ。生まれた子は上々で、国枝家と眞一の間の子供、篠原と洋一郎の間の子供は、それぞれ追求者として、それなりに上等な才能を継いで生まれた。

 だが――国枝は契約を破り、眞一の子を、どこかに逃がした。当然、富之は契約を切った。その後、斉明が生まれた……。

 眞一がその事を根に持っている可能性は十分にある。国枝家と富之は、自分の子供と会えない理由を作ったのだから。

「ちなみに挙手せんかった者……そこの三兄弟と洋一郎、それから孝治は、なぜ引き取らんと決めた?」

 最初に答えたのは正和だった。

「私たち兄弟は、孝治お父様の元で暮らしておりますので……昨夜に相談して、代表としてお父様ということにしたので、挙手しませんでした」

 他の二人も、同様とばかりに頷く。

「洋一郎は?」

 分かりきった事を……という風に、苦笑いを浮かべる。

「引き取りたいのは山々ですが、自分では力不足でありましょう。私の力では到底、彼を導けるとは思えない」

「なるほどの。では孝治は?」

「それワシに訊きます? 老いぼれにガキの面倒見ぃっちゅうんですかぃ? それは(こく)っちゅうもんでしょう、富之さん」

「そうか? 一昨日まで斉明の面倒は、ワシが見とったんじゃが?」

 富之は茶化すと、大仰に卓造は溜め息をついた。

「一緒にせんでください。アンタほど背筋の伸びた元気な老人は、そうそういませんて。普通のジジババは、ワシみたぁに海老より背ぇが曲がるんですて」

 緊迫した空気の中だが、ところどころで忍び笑いが漏れた。

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