#08 斉明
「おぉ。斉明か」
和室の当主の部屋に入ると、出迎えたのは、当然、富之ただ一人だった。
座卓に向かって何か作業をしている富之は、老眼鏡をかけていた。
「大爺様、雅姉さんの部屋なんですが、どこにしたらよろしいでしょうか?」
「ああ……そうじゃの? あの部屋は狭いか?」
斉明の部屋の事だろう。思い出すが、それほど狭くはなかった。
「いえ」
「なら雅も同じ部屋にせい。護衛が隣の部屋では、いざという時に対応できんからの」
斉明は思わず眉をひそめた。斉明にも人並みの羞恥心がある。
「隣の部屋ではダメですか?」
「ほぅ……斉明、まさか気づいておらんか?」
う、と息を呑む。この地下では、侵入者対策として、人の動きによって部屋の位置が移動する。つまり今の隣の部屋に雅がいても、侵入者が入ってきた時には移動してしまうのだ。
「いえ……では部屋を隣同士のままに移動してもらうようには出来ませんか?」
「出来んことはないが、だいぶ手間が掛かる。そのくらいなら、最初から同じ部屋におってもらった方が楽なんじゃ」
たしかに、斉明の都合で解創を作り直せというのは、作り手としては筋違いな言い分である。
「分かりました……あと、身を守る解創を用意したいんですが、蔵の物を、好きに使って構いませんか?」
ほとんど事後承諾に近いが、富之は笑顔を浮かべた。曾孫から創作意欲が感じられるとき、この老人は、すこぶる機嫌が良くなるのだ。
「おお。好きに使え……雅に使わせる道具を作る気じゃろう?」
「はい。明日にでも作ろうと思っています」
座卓に近づき、その場に座る……その時、手にしていた耳の形をした折り紙を、座卓の裏に貼り付ける。貼り付ける手段は、単純に、粘着面を表になるように輪したセロハンテープである。座卓の位置が低いため、しゃがんで覗きこまなければ、裏に張り付いている異物の存在には気付かれない。
「それ、なんですか?」
自分の行動に違和感を持たれないよう、興味を持って近づいた風を装って、斉明は機先を制す。
「ん? 皆には内緒じゃぞ?」
富之は手にしていた老眼鏡を外すと、斉明に覗かせた。
そこに映っていたのは、屋敷の見取り図のようなものだった。
「これって……」
老眼鏡を正面から見ても何も見えないが、逆からは見えるようになっているらしい。凝った作りである。
「卓でやっとることに意味は無い。老眼鏡はの、この地下の縮図が映っとる。地下で何か異常が起これば、これを通じてすぐ分かる、という事じゃ」
やはりか――地下の様子を監視する道具、明日の作業に関わることだ。斉明は本心をおくびにも出さずに探りを入れる。
「ってことは、掛けてないと分からないんですか?」
「そうじゃの。じゃが前に掛けた時と変化があれば、当然、それと分かる」
「へぇー……ここまで地下は解創を仕込んでいるのに、上は何もしないんですか?」
庭園のことは秘密だろうか? 斉明はそれとなく訊きつつ、話を逸らす。
「少しはやっとるがの。何があるかは、あえて言わん。なんなら探してみるといい」
まるで宝探しを促すような口調である。もしかしたら、庭園以外にも何かあるかもしれない。明日時間があれば、探してみるのもアリかと考える。
「分かりました。……では、失礼します」
そう言い残して、斉明は部屋を出た。
部屋を出て、自室に向かって歩く。斉明は、この地下での部屋の移動パターンについて熟知しているので、鳩子の健の案内が無くとも、なんなく移動できる。
そういえばと思う。健は作り手の才能はないが、道具の意図を理解したり、何かを記憶する才能は、曾孫世代の中でも高く、おそらく雅と並ぶか、それより上だろう。
親は、しりとり三兄弟の長男、正和である。上宮の作り手足りえる実力者だが、だというのに、その子供の健に作り手の才能がない。どうも変な話である。
富之が話を進めたという『三家交配』について、斉明も簡単な内容は聞いていた。他の家の者との間に子供を作り、その子供が作り手足りえるなら養子として迎え、その子の、さらに子が生まれれば、その家に差し出すという内容だった。
その契約のとおりに子は追求者として生まれたが、国枝家がその子供を隠したので、上宮が契約を切ったという話だった。
その話どおりならば、篠原家と洋一郎、国枝家と眞一の間には、作り手としての才能のある子供が生まれたということである。なのに洋一郎の娘の美智や、眞一の娘の明日香に、作り手としての才能はない……。
しばらく斉明は考えてみたが『篠原や国枝の女の追求者の素質が関係していたのかもしれない』という結論にしか至らなかった。
――ん……?
思考を中断し、歩みを止める。この先の部屋の角に、人の気配を感じ取る。盗聴の道具を置く為、雅を連れて来なかったのが仇になった。
斉明は犯人の可能性も考え、どう対応するのが一番か思索して、実践した。
「誰ですか?」
あえて声を出して、こちらが警戒している事を示す。こうすれば、下手に手を出してはこないと踏んだのだ。すると無軽快な足音が聞こえてきた。五十歳前の男で、長身で痩躯、髭も短く剃っていて清潔感がある。
「ああ。斉明くんか」
現れたのは、斉明の大伯父にあたる武史の次男、洋一郎だった。
「洋一郎伯父さん……」
「どうしたんだ? 大爺様に何か用かい?」
「ええ。さっきまで、お話してました。色々と」
洋一郎も犯人候補だ。話の内容まで言うつもりは無い。斉明はそのまま横を通り過ぎる。
「そうだ……斉明くん、うちの美智とは仲良くしてくれてるかい?」
「はい」
背を向けて斉明は立ち去るが、洋一郎は、特に何の反応も示さなかった。
部屋に戻ると、斉明より先に折り紙で遊んでいる雅が出迎えた。
「どうだった?」
「ええっと……その、僕と同じ部屋で過ごせと……」
言いにくい事で、つい奥歯に物が挟まったような言い方になる。
「ああ、そうなの。じゃあちょっと狭くなるけど、よろしくね」
雅は、さりとて気にした様子も無い。雅は十七、高校二年生だが、斉明は小学四年生だ。雅にとっては親戚の男の子という認識しかないので、当然の反応と言える。斉明は溜め息をつきたくなった。
それに、私情だけではない。万が一にも雅が犯人と繋がっていたら、決定的な隙を晒すことになるのだ。富之は雅が繋がっている線は、ほとんど無いと見ているようだが、斉明は可能性を捨てていなかった。
とりあえず、探りを入れてみるのも良いだろう。
「ところで雅姉さん……犯人、誰だと思います?」
雅を疑うのと同時に、富之の部屋の盗聴を活かすため、他人の見解を聞いて判断材料にするのもいいだろうと考えての質問だった。
「そうね。下手な事は言えないから、あくまで予想って事でいい?」
「はい」
「私としては、上宮の利権に興味がありそうな卓造大爺様かな。面と向かっては言えないけど、あの人、いかにも『怪人』って顔してるじゃない?」
容貌の事を言われると、斉明は苦笑いするしかない。
それはさておき、卓造というのは、良い線かもしれない。卓造の子の眞一であれば、もう一つ動機がある。『三家交配』によって生まれた息子との縁を、国枝との因縁で引き裂かれたという理由だ。斉明を殺して自分が当主になれば、国枝と復縁し、息子と会えるかもしれない。
「なるほど……」
これ以上は、今は無理だと結論づける。あとは実際に、明日の富之たちの話を聞いてみないと、分からないだろう。




