#07 雅
地下にある斉明の部屋は、ずいぶんとすっきりしていた。
畳まれた布団、座布団が二つ。富之の部屋にあるものほど上等ではないが、座卓もある。他に荷物といえるほどの物はない。部屋の奥には押入れがあるので、服の類は、その中だろう。三人でも十分に過ごせそうな広さがある。
「雅姉さん、着替えたいんで……」
着るのと違い、脱ぐのは簡単だろう。雅は斉明の言わんとしている事を察した。
「ええ。じゃあ出てるから、終わったら呼んで」
いったん部屋を出てから、雅は少し思案する。
富之による犯人の特定には何日掛かるだろうか……それまでは斉明を守らないといけないわけだが……まったく、難儀なことである。
相手がどうやって斉明を襲撃するかは謎だが、どうするにせよ、身を守る解創は必要になる。斉明の様子を伺うに、話したいのは、そのことだろう。
「雅姉さん、お待たせしました」
部屋から顔を出した斉明は、白い半袖Tシャツにベージュの半ズボンという、夏場の小学生らしい涼しげな格好だった。
「それで、話って?」
雅が後ろ手に戸を閉めるのを確認してから、斉明は雅の予想通りの答えを口にする。
「犯人がまだ僕を狙ってくる可能性を考えて、身を守るための解創を作っておきたいんです」
「でしょうね」
「そこでなんですけど……」
斉明は解創の材料に何を使うか話したが、雅は納得できなかった。
「…………正気? 大爺様を説得するの?」
斉明は、首を横に振った。
「確かに、頼めば用意してくださるかもしれません。でも大爺様に知られると、他の跡取り候補……犯人に知られる可能性も高まります。防衛の策が露呈すると、犯人はその対策の解創を講じるでしょう。手の内は、出来るだけ明かしたくないです」
「大爺様には隠して用意するのね。それでも賛成しかねるわ。第一、あれは富之大爺様が直々に解創を為しているのよ? いくら斉明くんでも突破できる?」
「それについては考えがあります。金鋸がありますから、これを今から作り直します。これを雅姉さんに使ってもらい、材料を取ってこようと」
斉明としては、是が非でも隠密に解創を作成したいらしい。雅も、理解できないわけではない。ただ隠したまま準備できるかどうかが問題だ。
「斉明くんの力を疑ってるわけじゃないけど、可能かしら? 材料となる物の解創を破ることはできても、材料を、必要な量だけ揃える時間はある?」
「犯人は、作り手の可能性が高いです。富之大爺様は明日、作り手を全員、自分の部屋に呼んで話をするとおっしゃっていました。その時間なら、犯人は大爺様の前にいるし、大爺様も話をするのに部屋にいますから、僕らが秘密裏に動くには、うってつけです」
「防衛のための解創はいつまでに作成できる? 今日はいいにしても、明後日からの個人個人の話し合いの最中には、大爺様はバックアップに回れないでしょう?」
「鋸を作り直すのは今日まで、切り出しの作業には明日半日掛かると思います。話し合いも一日がかりでしょうから、切り出した後の作成にどのくらい時間が掛かるかってところですね。けどそこは僕の仕事なので、雅姉さんは気にしないでください」
「時間が厳しすぎない? 作業自体は私たちでやるにしても、大爺様に話を引き伸ばして、私たちの作業が終わるまで、粘ってもらうように話をつけましょう」
雅が説得するも、斉明は首を横に振る。
「いえ。いくら大爺様でも、あまりに話を長引かせると意図がバレます」
追求者は道具、行動の意図や目的に敏感だ。少しでも違和感を抱けば、たちまち裏にあるものを看破するだろう。たとえば追求者同士の戦いでは、互いに自分の道具の用途、目的は徹底的に秘匿するのが常識だ。そんな彼らが、いくら富之が相手とはいえ、時間の先延ばしを見逃すはずが無い。
どうやら最善手は斉明の言う方法らしい。話に乗るしかなさそうだ。雅は溜め息をついて承諾した。
「わかったわ。協力する……けど、できるだけ大爺様に叱られないように努力しましょう。私、あの人に怒られるのは嫌よ」
冗談めかした言い分に、斉明はふっと笑った。
「大丈夫ですよ。怒られないための算段は、ついてますから」




