第八話 ローネの飲むミルクコーヒーは(ry
次回の9話から、当分の間、週二回(水・土)の予定になります。
公開時刻は午後六時前後を予定しています。
年内完結に向けて、加筆修正・校正を行っていきます。
「エト……これでいいですかネ」
注意事項をまとめた資料を、二回チェックをして保存しました。
時計を見ると、十一時を少し回ってますネ。
「そうでした。早坂サンを呼ばないとです」
携帯電話を取り出して、早坂サンに作業が終わった事をメールしました。
「フウ……少しは視線に慣れて来たですかネ……」
朝は視線を感じて落ち着かなかったですけど、さすがに慣れてきました。ガラス窓に接触禁止の通達のコピーを張っているのも効果があるようです。
「けっこう人通りがあるんですよね……あっ……」
トイレは目の前なので早坂サンを頼らなくてもいいのが安心です。
この足音は、早坂サンみたいです。
「中尉お疲れさまっすー。特に変わった事とかはなかったっすか?」
早坂サンが両手にコーヒーの入ったコップを手にして現れました。中尉と呼ぶ時に、語尾が上がっている時は、愛称で呼ぶのと同じ、ニュアンスです。
「ハイ。通達書をのぞき込んでいく人が、たまにいたぐらいですネ」
コップを受け取るさいに、わたしも笑みを浮かべて、頭をペコリと下げました。
「ほぼ半分が牛乳の、コーヒーっす。砂糖は入れてないっすよ?」
「いただきますです」
水のペットボトルもありますけど、やっぱり温かい飲み物はほっとするです。
「そうそう、中尉……。妙なうわさがジョーホンビル内に流れてて、笑ったっスよ」
「ジョーホンビル……ってなんですカ?」
「情報本部のビルだからジョーホンビルって呼ばれているんですよ」
早坂サンはブラックコーヒーを一口飲んでから、説明してくれました。
「そうだったんですカ……。妙なうわさって何ですカ?」
「ああ、ウチが西欧風の美少女を囲ってるって、もっぱらのうわさなんっすよ」
「エエ? ビショウジョ? ワタシ、もう大人ですヨ?」
美しいっていうのはさておくとしても、少女っていうのはひっかかるですヨ。
「モー。そのうわさのせいで、人がうろうろしていたんですネ?」
「いいじゃないっすか。いまは情報本部の全部署に通達がでてますから、もう騒ぎになる事はないっす。」
「休み明けの子に頼んでたんスけど、こういうの、持ってないっすよね? どうぞっす」
「ワワッ? かわいいですねぇ。これはクマさんなんですかぁ?」
透明な袋に入った携帯電話用のストラップを、早坂サンからいただいたです。
「有名なキャラなんだけど……。わたしも大尉も同じのを買ったから。ホラ」
「これ、いただいていいんですか? とってもうれしいです」
早坂さんの次世代フォンにも、おそろいのクマさんがいたです。
「いいんっすよ。そんな水くさい事言わないでくださいよ」
「アノ……水って、においしないですよ?」
「ああ、遠慮しなくていいって意味っす」
「覚えましたです……コレ、どこにくっつけるんですカ?」
「あー……初めてだとむずかしいっすよね。先を細めて、ここに通すんス!」
こうやって早坂サンと話していると、なんだか安心できるんですよね……。
「あとですねぇ。ウチと第一にいる女子との間で、ネットワークを作ってるんですよ」
「ネットワークですか……アノ、どうやって接続をすればいいんですか?」
「そういう意味じゃなくて、女の子の横のつながりっスよ」
「ああ、ヂョシカイですね、わかりマス……」
「てっきり、早坂サンが……また危ない橋をわたったのかと思ったですよ……」
「へへっ……。非常時のために端末を使った、裏のネットワークもあるんスけどね」
早坂サンはわたしの耳元で声をほそめて、そんな事を言ったです。
「そのネットワークで……中尉を、天城を初めとするオトコ共から守るように指示したんす!」
「ホントですか? ヂョシカイの力も借りられるなんてスゴイですね、早坂サン」
「今日も、ウチで昼勤のシフトにいる大原二曹って子がサポートに入るっすから」
「ホントに助かりますケド……。無理だけはしないでくださいネ?」
「大丈夫っすよ。ジョーホンビル内なら、自分が発起人みたいなもんっスからね」
早坂サンは、大勢に慕われているんですね。
「大原二曹も喜んで手伝うって言ってますし、顔合わせをするようにします」
「ハイ……お願いしますです」
大原二曹さんって、どんなカンジの人なんでしょうカ?
「サインも決めたっす。左胸に手を当てるような、しぐさをしたらメンバーす。何でも頼ってください!」
「分かりましたです……左胸ですネ」
早坂サンがわたしのために気をつかってくれたのが、胸にしみるホドうれしいです。
「あ、資料できたです。コレに保存しましタ」
早坂サンからあずかった記憶装置を、忘れてしまわないうちに、手渡しました。
「了解っす。機密指定で印刷して大尉に渡しておくっすよ」
「このタンマツからは削除したですから、ネットにつないでおきますです……」
わたしが作業をしているのを、早坂サンは興味深そうにながめながらコーヒーを飲んでいました。
「ひとりっきりで不安でしょうけど、ウチの女子みんなでフォローをするっすよ」
「ヒトリじゃナイ……ですカラ」
おなじ場所にはいなくても、自分を思ってくれる人がいる。それだけで、トッテモ安心をする事ができるんですよ……アコサン。
「じゃ、お昼にまた呼びに来るっす」
早坂サンはカラになったコップを手にして、足早に部屋を出て行きました。
「資料、受け取ったわよー」
「あ、お疲れさまです」
「これからトーカンビルにいる、首席法務官と折衝しないといけないのよ」
「トーカンビル……統合幕僚キャンブビルですネ?」
命名の法則が分かれば理解できるですけど、またかんでしまったです。きっと、言葉の響きでしか覚えてないからですよね? 勉強しないとですね。
「そうそう。お隣のビルで渡り廊下もあるから、よく行き来するわ」
御笠大尉は暑いのか、手にしたバインダーで首から胸元に、風を送っていました。
「通達はジョーホンビル内でしか通用しないから、そのあたりを折衝にね……」
「そうなんですか……お疲れさまです」
「そういうわけだから、お昼ご飯は、早坂と行ってちょうだいね?」
「わかりましたです」
御笠大尉に心配をかけないように、姿勢をただして見送りましタ。
「あ、メールが来てるです」
少しして端末の画面を見ると、メール受信のシルシが出てました。
「初瀬さんですネ……うわ、うれしいです」
ここで仕事をするに当たって、必用となる情報が入っていました。
いまは特にやる事もナイですから、これを参考にして勉強する事にするです。
「そろそろお昼ですカネ」
おなかがすいたので時計を見ると、十一時三十分を少し回ったところでした。
「中尉……これから御笠大尉に、書類を届けにいく事になったっす」
「そうなんですか? なら、ここで待ってマスから」
足音が響いたかと思うと早坂サンが現れました。
「遅くなるなら大原二曹に同行させますけど、中には入れないっすからねぇ……」
早坂サンは心配そうに声をかけてくれました。
「わかりマシタ。きっと大丈夫デス」
「んじゃマッハで行って、すぐに戻って来るっス!」
お二人の妹かのように案じてくれるのはうれしいんですけど……。
いつまでもこのママじゃ成長できないですから、お昼ぐらいなら、一人でも行けるようになりたいです。
「帰って来ないですねぇ……」
十二時を少し回ったんですが、早坂サンがまだ帰って来ないです……。わたしは出入り口にはりついて、ガラスの向こうをのぞきました。
「あっ……誰でしょうカネ?」
誰かが近づいて来るのが見えたので、あわてていすに座りました。
「失礼します。自分は大原二曹と申しますが、いまよろしいでしょうか?」
二度ノックをした後ドアを開けて、小柄な女性が顔を出しました。
「あ、初めマシテ……早坂サンから聞いてますです」
「こちらこそ……いま第一の子が天城大尉を足止めしていますので、いまのうちに」
大原二曹サンは、左胸に手を当てるサインをしてくれたです……。
「あ、ありがとです!」
わたしは携帯電話をたぐり寄せて、あわてて立ち上がって部屋を出ました。
「エト……お願いしマス――」
大原二曹さんに幹部用食堂まで送ってもらい、一人で列にならんでいます。食事が終わったころに、また迎えに来てくれると言っていました。
「ヨイショ……」
トレーを傾けてしまわないようにして、テーブルに陣取りました。
「ウン、おいしいです……」
今日のお昼ご飯には、好物が二つも入ってました。慣れているはずなのに、ひとりで食べるのは、少し寂しいですネ。
「ごちそうさまデシタ……」
早坂サンが走り込んでくるのを待っていたので、食べ終えるのが遅くなったです。
「エト……こっちですヨネ?」
大原二曹さんは幹部用食堂の外にいなかったので、来た道を戻っていきました。エレベーターで、第二のあるハチカイまで戻れば何とかなるです。
「あっ、もう大丈夫ですネ」
エレベーターホールにたどり着くと、上に行くエレベーターが、着いたところでした。
「あっ、箕島中将。彼女がイアルローネ中尉です!」
エレベーターを出たら、目の前に天城大尉が立っていました――。
御笠・早坂の、ワンポイント・ミリタリー講座
御笠:「興味ない人は知らない自A隊の階級について説明するわね」
早坂:「一番下が『士』で任期制。『曹』は下士官で任期ないっす」
御笠:「三尉からが幹部で佐官や将官も含まれます。准尉は除外ね」
早坂:「国防軍なので幹部の等級が三二一じゃなくて、小中大っす」
次回ぐらいから、ストーリーが本格的に進んでいきます。
ここまでおつきあいくださった方は、是非続きも読んでクダサイ。