【第三十五話】 いざお引越し
若干の気まずさとおやっさんへの申し訳なさ、あと一生忘れないであろうゴミカス先輩の哀れな姿がもたらす晴れやかな気分とが入り混じった妙な気分で冒険者組合本部を後にした。
結局パーティー云々の書類は全員が揃うまで同じ段取りを繰り返すのも面倒だってことでガル兄は冒険者証の切り替えだけを済まただけになった。
そんなわけでおやっさんに貰った紹介状というか、口利きの手紙を手にもう一つの仕事である荷運び業者を訪ねるべく聞いたばかりの住所を目指して歩いている。
「もう新しい家も決まったのか。さすがレオン、仕事が早いな」
その道中でこの数日のことを話して聞かせた……というよりも聞きたがって質問攻めにされたので順を追って説明をした。
逆の立場だったら俺もそうなるだろうし、今日引っ越しと聞かされては驚くのは当然ってもんか。
「俺一人じゃこうもいかなかったさ。アルやフィオ姉が積極的に動いてくれたってのもあるし、ガル兄を入れたら合流は四人目だからな。俺の家で全員が寝泊まりするのは難しいてことで前倒ししたんだよ」
「どんな家なんだ?」
「おおよそは俺が最初に言ってた条件に合致する物件ってところかなぁ。部屋数も多いし、庭もあるし、貯蔵庫は地かだしってね。中古とはいえ元は貴族の持ちもんだったってこともあって広いし、女子たちの希望通り風呂もテラスもある。正直初手からあそこまで立派な家になるとは思ってなかったけど」
「ほう、そいつはすげえもんだ。だが値段もそれなりにしたんじゃねえのか?」
「それは間違いない。ガル兄なら可能かもしれないけど、俺が冒険者として稼ぐ金じゃ一生無理だな。必要経費だとはいえ、今後のことを考えるとこれ以上の散財は避けたいってのが本音だよ。フィオ姉の宝石はまだそこそこ残ってるけど、何かの時のためにとっておきたい。今後の生活費は冒険者として自分たちで稼ないと」
「任せとけって、俺たちが揃ったからにはどんな依頼だってこなせらあ。適材適所ってやつだ、俺は敵をぶちのめすことしか出来ねえ、代わりにお前やアルがそれ以外のことをやってくれる。そういうもんだろ? 元々戦闘職じゃないお前が一人で冒険者をやってきただけ立派なもんだよ」
がっはっはと豪快に笑い飛ばしながらガル兄は俺の頭をわしゃわしゃと撫でた。
なんだろう、ちょっと泣きそうなんだけど。
「ははっ、そんな風に言われたのは初めてだよ。ちょっとウルっとしちゃうからやめてくれ」
「お前も大人になったってことだ。俺だってレオンと同じ、意地でも他の仲間なんざ作らねえって一人でやってきた。そして今こうして待ち焦がれた仲間……いや、家族と再会することが出来た。誰が何と言おうとその絆に勝るもんはねえ。今の俺たちは最強だ、それを証明してお前を頂点まで持ち上げてやる」
「その気持ちは分かるし、ありがたくもあるけど程々にな。あの時言ったと思うけど、順序だてて計画を進めたい。ただでさえフィオ姉とガル兄の参加で目立ってはいるんだ、その上いきなりでけえヤマをこなしちゃ目を付けられる」
「目を付けられるって誰にだよ。文句がある奴にゃ言わせておきゃいい、度が過ぎるようならブチのめすだけだ」
「他の冒険者然り、権力者たち然りだよ。いきなり名前が売れりゃ気に入らねえと思う冒険者は当然出て来るだろうし、貴族に要らん付き合いをさせられるのも煩わしい。段階を踏んで実力を示していって、必要なもんを手に入れる。それが自分たちのためでもあるのさ」
「そういうもんか? ま、よく分からんが全部任せるさ」
「今は分からなくても大丈夫だよ。あくまで俺の考えで、今の段階でのプランでしかないからな。その都度みんなの意見を聞いて加筆修正していけばいい」
面倒事を避けるためには後ろ盾であったり発言力は必要になる。
もちろん金だって必要だし、仲間である必要はないにしても協力者だって大事だ。
色んなものを手に入れなきゃならない。
そして腐れ貴族を排除して俺たちの故郷を取り戻す。俺個人のテーマだといえばその通りなのかもしれないけど、これはそういう戦いだ。
騎士にせよ冒険者にせよ爵位を与えられたケースはままあるし、途方もない挑戦ではあっても不可能な夢物語ではないはず。
当然ながら国に甚大な貢献をした者に限られるが、そういうのは後から考えるさ。こんな国にくれてやる愛国心なんぞ微塵もねえけど。
「ガルさん!」
「ゴリ兄!」
「あらガルバ」
しばらくして家に帰り着く。
三人揃ってティータイム中だったらしく、中に入るなりガル兄の姿に驚き兄妹が立ち上がった。
年齢がそうさせるのか性格がそうさせるのかフィオ姉は特にはしゃいだりはしないがそんなことはさておき、君たちティータイム好きだね。
ま、こんな家じゃ他にやることもないんだが……。
「ようお前ら! 無事に来れたんだな!」
ほんの数日であっても再会を喜ぶ気持ちはガル兄も同じ。
アルとネルは力強い抱擁を食らって笑顔から徐々に息苦しさに耐える方向に表情が変わっている気しかしないが、この筋肉愛好家がこういう人だって分かっていて受け止めた二人の落ち度だということにしておこう。
止めに入ったら俺も餌食になるもの。フィオ姉が一人だけティーカップ片手に座ったままなのも絶対そういう理由だもの。
「兄さん、家を出る前に聞いていた荷物は纏めておきました」
ようやく解放されると、衣服の乱れを整えるイケメン弟ことアルが俺の方に寄ってきた。
ちなみに再会を喜ぶテンションを許容するのも限界だったらしいネルは『潰す気か!』とガル兄の腹筋にパンチをカマしている。
「助かるよ、じき馬車が着くからそしたら皆で積み込もう」
「力仕事なら任せとけ。しかし、ここがレオンの家か。今にして思えば一度ぐらい会いにきてもよかったなぁ」
「情けないボロ屋だろ? 俺一人じゃこれが限度でね」
「男の一人暮らしなんてこんなもんだろ。俺だってハンナと再会するまでは似たようなもんだった」
「ゴリ兄ゴリ兄、はっちゃんはいつこっちに来るの?」
「ん? ああ、こっちの生活が落ち着いたら迎えに行くと言ってある」
「早く会いたいなー」
「元気にしているのなら何よりです」
「それなら大きい部屋はガルバとレオンに宛がうのがいいですわね」
「大きい部屋?」
と、首を傾げたのはガル兄だが意味を理解していないのは俺も同じだった。
続きを説明してくれたのはアルだ。
「個室が八つあるんですけど、そのうち二部屋は家主用なのか他より少し広めになっているんです。ハンナさんが来るなら同じ部屋の方がいいでしょうし、一つはガルバさんが使ってください」
「すまねえなあ、一丁前に気遣いなんて覚えやがって」
「この子たちももう大人ですわよ? 泣く程のことじゃないでしょうに……」
「つーか俺は普通の部屋でいいんじゃね? リーダーなんて形式上どころか書類上だけの話だし、俺たちの中に誰が偉いとかそんなのないだろ?」
「心配しなくてもそういう意味じゃありませんわよ」
やれやれ、と首を振るフィオ姉の言わんとすることはやっぱり分からない。
そりゃどういう理由であれ誰かがその部屋を使うならいちいち理由を探す意味なんてないのかもしれないけど、八部屋あるなら一部屋は余るわけだし普通は客人用とかにするもんなんじゃないの?
「なら……どういう理由で?」
「分かってないなら言ってさしあげますけど、どうせエレンもクロもアイシスもあなたの部屋に押し掛けるでしょう?」
「さっすがフィオ姉、よく分かってるぅ♪」
「……いやそれを容認するのは大人としてどうなの?」
アルは最初から後押し姿勢なんだから、大人たちがそれじゃいよいよ女子たちの暴走を止める奴がいなくなるぞ。
それからネル、分かってるぅ! じゃないよ。
俺も良い歳した男なんだからどこまで自制が効くか分からないんだから。クロとの一夜が良い例だ。
「容認しようとしまいと止まらないと分かっているのだから変わらないでしょう」
「いやそこは止まろうよ」
「止まるわけないじゃん?」
駄目だこいつら……初めての王都に浮かれてやがる。
いや、初めての自由にと言うべきなのかもな。




