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【第三十四話】 ゴリラ見参


 軽く朝食を済ませた俺たちは、洗い物だったり洗濯を干したりを分担して行い、その後改めて一階に集合した。

 これからみんなで引っ越しの用意をするためだ。。

「取り敢えず持ち出す物を一ヵ所に纏めて、馬車を手配してもらって荷運び業者に新居まで運んでもらうってのがひとまずの予定だ。不要な物は家の貸し主が廃棄してくれるらしいから残しておいていいって話だ。まあどっちも有料なんだが……」

 それだけで俺の全財産無くなるんですけど。

 やっぱ節約のためにも馬車だけ借りてきて自分で運ぶか?

「その程度ならわたくしが出しますから心配は要りませんわよ。わたくしの荷物も山ほどあるのですから、自分たちで運んでいては時間がいくらあっても足りないでしょう?」

「それはごもっともだし申し出はありがたい限りだけど……何でも金で解決するフィオ姉は見たくなかったよ」

 金持ちっていいなぁ。

 俺一人の引っ越しだったら意地でも自力でやってたわ。

 勿論最後のは冗談という名のフリだけど。

「年月は人を変えてしまうのですね、悲しい限りです」

「あたしたちが大好きだったフィー姉はもういないんだね。でも大丈夫、成金女王なフィー姉でも頑張ってみんなで慕っているように振舞うから」

「誰が成金女王ですの! 厚意を無下にされるとはこのことですわね!?」

 案の定、ノリノリで二人が乗っかってくれた。

 アルの悲しそうな顔もネルの泣き真似も例によってプンスカしているフィオ姉も楽しそうだから別に俺は悪くない。

 フィオ姉も分かっていて反応してくれている節があるし、これじゃどっち側の遊びか分かったもんじゃない。

 ま、どちらかというとこういうやりとりはそれを見ている周りの人間を笑わせるためのもんだしな。

 んなことはさておき、いつも通り二人がフォローという名のじゃれ合いに出たところでそんな時間も終わり、仕切り直して引っ越しの準備に取り掛かることに。

「買い替えるというか、買い足す必要はあるんだろうけど食器やら小物は持って行くから箱に纏めておいてくれ。割れないようになんか布を詰めてな」

「ほーい」

「レオン、特に思い入れがないのなら家具は捨てていってよろしいのでは?」

「そうだなぁ、あっちにゃ客室以外は家具もそのまま残ってたしわざわざボロいベッドや棚を持って行くこともないか」

 大事かと言われればそんなこともないけど、俺が王都に来て間もない頃からずっと使ってきた思い出たっぷりの品なのでちょっとは切ない気持ちもある。

 とはいえ新しくて綺麗な物を使えるなら断然そっちの方がいい。

「ではそろそろ僕は売買契約の締結をしに行ってきますね」

 男二人で二階の私物を運ぶべく階段を何度も往復を重ね、それもようやく目処が立ち始めた頃。

 そろそろ一休みしようとネルが提案したタイミングでアルが窓の外へちらりと目をやった。

 時間にして昼前ぐらいか。

 可能であれば今日のうちに引っ越しちゃおうってことで昼にはアルが代表して家の売買を管理している商館に向かうことになっている。

「ああ悪いが頼むよ、俺もこっちが終わったら集会所に行くから。残ってんのは一階の物置ぐらいだからそう時間は掛からんだろ」

「え? レオ兄は何しにいくの?」

「馬車と人手の手配だよ」

「ああ、そゆこと」

「ならレオンも先に行ってらっしゃいな。こっちに三人も要らないでしょうし」

「それじゃそっちの仕事量の方が多くなっちゃうだろ」

「こういうのは女がやる方が手っ取り早いものですわよ。どうせあれは惜しいこれは勿体ないと迷うのが目に見えているでしょう」

「う……痛いところを」

「せっかく広い家に引っ越すのですから。どうしても捨てたくない物だけ分けておきなさいな」

「へーい……」

 敵わねえなぁ。

 なんて思いつつ、アルを見送ると観念して物置の視察に向かうのだった。

 ああちなみに、どうしても捨てたくないもんなんて特になかったさ。

 そもそも最低限の生活用品以外ほとんど物がないので当然といえば当然か。

 そんなわけで早々に家を追い出され、てくてくと歩いて冒険者組合本部に向かうことに。

 昨日ぶりの集会所は、いつもと変わらない時間帯だというのに普段より人が多い気がするのは気のせいではあるまい。

 冒険者なんてのはグループが多いので一組二組利用者がいるだけでそう感じるのは必然とも言えるが、逆にいつもいるバレットさんたちの姿は見えない。

 そして心なしか職員たちの人数も多く、慌ただしくしている感じがする。

 どうせまたどこぞの地域で大型の魔物が出たとか、盗賊の被害が出たとかそんなんだろう。

 お国の騎士たちと同様にそういうのに対処する人員を見繕うのもこの冒険者組合の仕事だ。

 そういう事案は別段珍しいことでもないし、不定期とはいえ俺ですら数え切れないほどこういった雰囲気になるのを見てきたので今更戸惑ったりもしない。

 どんな大事件が起きようとも底辺ランクの俺にゃ何の関係も無いからね。


「おーい、おやっさ~ん」


 なので誰に遠慮することもなくカウンターの向こうにいたマスターを呼んでみた。

 何らかの書類の束に目を向けながら難しい顔をしていたものの、そこで俺の存在に気付いて寄って来てくれる。

 ものっすごい面倒臭そうな顔で溜息吐いてからだったけど。

「ようレオ坊、どうした」

「前に言ってた荷運び業者紹介してもらいたくてさ。たぶん今日のうちに引っ越すことになりそうだから」

「ああ、もう決まったのか。分かった、ちょっと待ってろ」

「へーい」

 忙しいだろうに、それでもちゃんと取り合ってくれるおやっさんはやっぱ良い人だなぁ。

 娘のケリーも何か持ち込まれた素材を延々と運んでいるし、通常業務も当たり前のようにこなしながらトラブルや緊急事態にも対応しなきゃならんのだから大変なもんだ。

「おら、一筆書いてやったからこれ持ってもう一枚の方に書いてある場所に行け」

「あざっす」

 ポツンと一人、椅子に座ってまつこと数分。

 奥の方に消えていったおやっさんが戻ってきたかと思うと二枚のメモ用紙を差し出した。

 一枚はおやっさんの判子入りの紹介状らしき手紙、そしてもう一枚にはその業者がいる店? までの簡単な地図が手描きで記してある。

「さんきゅ、マジで助かるよ」

「お前なら心配は要らんだろうが、パーティー組むからって無茶すんじゃねえぞ? ただでさえ聖女様なんてとんでもない話題を抱えてんだからな。悪い方向に目立つと何に目ぇ付けられるか分からんぞ」

「大丈夫大丈夫。俺が堅実にコツコツ稼ぐ質なの知ってるだろ? どんな大金を積まれようとも危ないことはしたくない人間の筆頭だぞ。この前の不死鳥の件ではそんな主義も蔑ろにされたけどな!」

「ありゃ事故みたいなもんだろ。足場が崩落して本物の不死鳥に遭遇するだなんて仕事になると誰が思うってんだ」

「事故っつーか前任者の怠慢っつーか……まあ別に無事だったから文句は言わんけどさ。それより、何かあったのか? 随分慌ただしけど」

「ああ、この近隣での話でもないんだがドラゴン・スネークに遭遇して半数が死傷したってパーティーが帰還してな。付近には村もあるってんで高ランクの冒険者集めて討伐隊を出さなきゃならん」

「ほう、そりゃ一大事だわな」

 ドラゴン・スネークなんて名前しか知らんけど。

 たしか馬鹿みたいにデカくて頑丈で角とか生えてる蛇だろ?

「ま、そっちもそっちで頑張ってくれ」

 忙しいなら長居しても邪魔になるだけだな。

 ってことで最後にもう一度礼を述べ、おやっさんに別れを告げると早々に退散することにした。

 出口に向かう最中、ふと進路を塞ぐように立つ男が一人。

 クソ野郎その1ことイギー・ピアスンだ。

 私服姿であるところを見るに今日はオフってことらしい。

 バレットさんやジェニーさんが不在なのでてっきり仕事をしているのかと思っていたのに、何だってこんな奴と遭遇する羽目になるんだ。

 休みの日にここへ出入するほど熱心じゃないだろあんた。

 仕事行け、そして願わくば不慮の事故で死んでくれ。

「う、うす」

 どうせ嫌味を言われるだけなのは分かっているが、かといって冒険者としては先輩でありランクも上の相手だ。

 無視するわけにもいかず、渋々どころか嫌々ながらギリギリ会釈と思えなくもない動作を添えて挨拶をしてみる。

 返ってくるのは案の定一瞬で俺を不快にさせる表情と口調、そして言葉のトリプルコンボだった。

「ようポンコツ。聞いたぜー、お前パーティ組むんだって?」

「耳がはええっすね」

 昨日も一昨日も会っていないのに何で知ってんだ。

 今日は割り込んでくれる二人……いや、エイミーさんも含めると三人か。彼らがいないのでこいつも図に乗って好き放題ありがたくない言葉をくれるんだろうなぁ。

「誰がてめえみたいな農民上がりの役立たずと組むってんだ? おお? そんな物好き、いや馬鹿がいるなら連れてきてみろ。この俺様が先輩として忠告してやるからよ、お荷物は少ない方が楽だぜってよ」

 ゴミクズ先輩はケラケラと笑いながら俺の額を指で突いている。

 どうやら俺がパーティーを組むことは知っていても先日の騒動までは知らんらしい。

 つまりはフィオ姉のことだが……知ってたら速攻でそれに言及してきそうなものだ。

 もしそうだったらもっと鬱陶しいことになりそうなのである意味では助かった。

 殴りたいどころかグサッといきたい気持ちは微塵も変わらんけど。

「悪いことは言わねえからヤメとけ、そもそもお前に冒険者なんざ無理なんだよ。親切な先輩の……」

 まだ続くんかい。

 お前さては暇してるな?

 と、喧嘩になっても勝てないので黙って聞いているふりをしてやり過ごす中。

 不意にその嫌味が途切れた。

 それどころか困惑の表情とともにピアスンの体が僅かに浮き上がる。

 理由は一目瞭然。

 背後から現れた大男が脳天を鷲掴みにして小柄なピアスンの体を持ち上げてしまっていた。

「おい、俺の弟分に何してんだ?」

 未だ喧噪収まらぬ施設内で、やや怒りを孕んだ低い声が野郎の耳元で突き付けられている。

 男一人持ち上げるだけの力で摑まれている脳天が痛むのかピアスンは表情を歪め、苦し気な声を漏らしながら手足をバタつかせるだけだ。

 そんなことが出来るのは誰か。

 ゴツイ体に比例して背も高く、その背丈と同じぐらい大ぶりな剣を背負っていて胸部や両手足には黒いアーマーを装備した頬に傷のある短髪の大男。

 我らが長兄、ゴリラことガルバ・ロドリゴだった。

「ガル兄……」

「ようレオン、お前んちに行こうと思ったんだが場所がよく分からなかったからここで聞こうと思ってよ」

 一転、にこりと俺に微笑み掛けると、ガル兄はまるでゴミでも投げ捨てるようにピアスンを壁に向かって放り投げた。

 まあゴミであることに違いはないので正しい判断だろう。

 俺よりも強いとはいえ戦闘職でもないピアスンは普通に壁に打ち付けられ、そのまま気を失ったのか地面に崩れ落ちた。

 王都に来てからの五年間で一番すっきりした瞬間であると言えよう。

「どのみち拠点をこっちに移すなら手続きもしなきゃならんしな」

 そして何事もなかったかのように話を続けるガル兄の強者感がハンパねえっす。

 まあ片付いたゴミのことはどうでもいいとして、その言葉通り冒険者証には地方で活動する者向けと王都を拠点とする者向けの二種類ある。

 これといって用途に差はないが、王都で活動する冒険者には有事の際に国に招集されたり特別指定依頼が出たりするし、そうでない冒険者は逆に地方の安全や危機の排除に貢献しているので無理矢理こっちに呼び出されたりすることが極力ないように配慮されたりしているってわけだ。

「で? コイツは何なんだ?」

「ああ、俺をいじめるのが趣味のクソ野郎な先輩だ」

「なにぃ!? なら腕の一本ぐらいへし折っておくべきだったか?」

「ガル兄がそこまでしなくていいさ。ムカつくだけで放っとけば済むし、ぶっ殺すならいつか自分でやるから」

「お前がそういうなら今日のところは勘弁してやらぁ」

「いや、壁に叩き付けられてのびてるけどね……」

「おいレオン、一体何の騒ぎだ」

 俺のために怒ってくれるだなんて素敵な兄貴だね。

 やっぱり俺も気絶している隙に蹴りの一発ぐらいカマしておこうかな。

 とか思っていると、後ろから肩を掴まれた。

 振り向いた先に立っているのは別れを告げたはずのおやっさんだ。

 さすがに人がブン投げられたとあっちゃ周囲もざわつくし、そりゃバレるわな。

「すまんおやっさん、ピアスンの野郎が絡んできたもんで」

「ったく、この馬鹿野郎は。もう死んでねえなら放置でいい、お前は大丈夫なんだな?」

「ああ」

「ならお前に説教くれてやろうとも思わんが……そっちのでかいのは?」

「丁度良いから紹介しとくよ、こちらもパーティーの一員なんだ。ガル兄、この人がギルドマスターね」

「ガルバ・ロドリゴだ、よろしく頼む。こっちで活動することになったから登録証の切り替えを頼みたい」

「ロドリゴって……あんたがあのBBBか?」

「ああ、別にそう自分で名乗った覚えはねえが」

「ドラゴン殺しの大男っていやあ王都でも有名だぞ。つーかレオン、お前次から次に……」

「いやいや待ってくれよおやっさん、昨日のアレと違ってこれは同じ冒険者を引き入れただけの話だろ? そんな騒ぎにならんって」

「なるわ馬鹿もん。誰とも組まないって有名な男だぞ、知ってるのか?」

「正直、冒険者としての評判ぐらいしか知らんけど……」

「お前な……もうちょっと段階ってもんがあるだろ。何だって有名人ばかり引き入れて……いや、まずそれが出来るってだけでおかしいんだが。聖女様に続いて地方の英雄だ? もう滅茶苦茶だ」

「聖女なのは元、な」

「そういう問題じゃねえってんだ」

「なんだ、フィオはもう来てるのか」

「ああ、アルとネル以外では唯一先に合流してるよ」

 呆れ果てて大きな溜息を吐くおやっさんと何ら気にしている様子もないガル兄、そして周りの目とか言われてもどうしようもないし、そもそも俺のせいじゃないしと開き直って気にすることをやめた俺。

 三者三様のカオスな空気が何とも言えない残念な感じであったが、もう言っても無駄だと思ったのかおやっさんもそれ以上は何も言わなかった。

 俺に言っても無駄だと悟ったのか、もう好きにしやがれって悩むことを放棄しちゃったのか。

 クロはまだしも、これでアイシスがやってきたら今度こそ拳骨の一発ぐらいお見舞いされそうだ。同じ台詞ばっかだけど、絶対俺のせいじゃないのに。



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