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【第三十三話】 ボロ屋、最後の夜

 

 新居の下見を終えた俺たちは、今度こそ家に帰った。

 今後しばらくを過ごすことになるさっきのアレを含め、あの特権区に並ぶ広くデカい屋敷を見た後だとなんとみすぼらしい我が家であることか。

 あとさっき戻った時にも思ったことだが、フィオ姉の大きな馬車が庭を占領しているせいですんごい窮屈な感じになっているんですけど。

 何をそんなに持ち運ぶことがあるのかと許可をもらって中を覗いてみると、無数の木箱の他にソファーやらテーブルやらと家具一式がびっちり詰まっている。

 奥の方には鍵の付いた鉄製の箱もあって、開けて見せてくれたその中身は雑に詰め込まれた何十いう宝石だった。

 フィオ姉にとって価値はあっても思い入れは無いらしいので仕方ないかもしれないけど、他のアクセサリー以下の単なる小物みたいな扱いである。

 あと大切じゃないからって庭に放置するな。盗まれたらどうすんだ。

「カロン、ごめんなー。なんだか狭苦しくて」

 水を取り替えつつ、愛馬を撫でてやる。

 元から大した景色でもないが、目の前を塞がれていては落ち着かない部分もあるかもしれない。

 そんな意図が通じているのかいないのか、カロンは俺の頬に頭をスリスリしている。可愛い奴め。

 とはいえその態度からは狭さがどうとかよりも『急に人が増えてっけどあいつら何なの?』みたいな多少の不安を伝えられている気がした。

「あいつらは身内だよ、あとでちゃんと紹介するから仲良くしてやってくれな」

 最後にもう一度頭を撫でて、名残惜しくも家の中へと戻ることに。

 部屋に戻ると三人はちっぽけなキッチンの真後ろに置いてあるテーブルに向かい合って座っている。

 俺が入ってくるのに気付いたアルだけが立ち上がってソファーへと促してくれた。

「兄さんもどうぞ。小休止にエレンがクッキーを焼いてありますので」

「ああ、ありがと。別に立ち上がる必要無いから座ってな」

「では失礼して」

 家の中でまでそこまでしなくていいというのに。

 そう言ったところで自分がやりたくてやっているだけだと言い張るんだろうな。

「お、美味いもんだ」

 ネル特製というクッキーを一口齧り、紅茶を流し込む。

 この家に砂糖なんざ無かったので昨日のうちに買ってあったのだろう。

 自慢じゃないがそんな高級極まりない趣向品を自分の金で買った経験は過去に一度も無い。

 だって小瓶一つで1000ローグぐらいするんだぜ? そんだけありゃ一か月飯が食えるわ。

「それにしても、こうして四人でお茶を飲める日がくるだなんて夢のようですわね。この五年間どれだけ待ち侘びたことか」

 ティーカップを片手に、フィオ姉はしんみりと天井を見上げている。

 俺も昨日三人で飯を食ったときは感傷的になっちまったしな、気持ちはよく分かるよ。

 とりわけ一番窮屈に生きてきたであろうフィオ姉だけに、よりそんな気分になってしまうのも無理はない。

「それには同感だけどさ~、レオ兄と合流する前に三人で飲んだじゃん」

「ええ、飲んだは脳天と衣服ですけれどね!」

「あはは、それはご愛敬ってことで」

「ん? どゆこと?」

 また何かネルがやらかしたのか?

 フィオ姉の憤慨っぷりからしてそれ以外になさそ~。

「聞いてちょうだいレオン、エレンったらアツアツの紅茶をわたくしの頭に浴びせたんですのよ! 貴方一体どういう教育をしているの!」

「数年ぶりに再会したばかりなのは俺だって同じなのに教育とか言われても……ネル、なんでそんな暴挙を?」

 そりゃさすがに怒るわな。

 と思ったのだが、ネルは悪びれるでもなく急にパンパンと手を叩いた。


「エレン、お茶を」


 かと思うと何故か普段と違う高めの声で自分の名を呼び変な顔をしている。

 それが誰の真似で何を伝えたいのかが一瞬で分かってしまう不思議。

「ああ、イラっとしたのか。ならしゃーない」

「しゃーなくないですわよ!?」

「そんなにアツアツじゃないお湯だったでしょ?」

「そういう問題ではないと言ったはずですけれど?」

 まったく、とジト目を向けながらもフィオ姉はそれ以上何も言わない。

 今でも可愛い妹分の可愛い悪戯だとでも思っているのだろうが、言ってもネルもじきに十五歳になるからね? もう成人だからね?

 いつまでもそれで許してしまっていいのか長女よ。

 まあ……俺も人のことは言えないんだけども。

 末っ子であるがゆえか昔からネルだけは何をしても許されていたからなぁ。どうにもねだられると弱いのは俺だって一緒さ……ハハハ。

「今日は歩きすぎてドッと疲れましたわ。レオン、少しばかりゆっくりしていてもよろしくて?」

「ああ、のんびりしてな。俺は洗濯物を取り込んだりシーツ変えたりしてくるわ」

「レオ兄、お風呂掃除はもう済ませてるからね。洗い物はあたしがやっとくよ」

「助かるよ。ありがとさん」

「では洗濯物は僕が」

「なら一緒に行こうぜ。お前たちだけに働かせたくねえしさ」

「ではお言葉に甘えて」

「甘えてんのはこっちさ」

 飲み干したカップを手に取ると、すかさずネルが傍に来て受け取り体勢で両手を差し出している。

 ちょっと俺が動く度に先回りするこの兄妹はどうかしてると思うよ? まるで俺が一人じゃ何も出来ない奴みたいになってるよ?

 そんなことを思いつつ、ソファーで本を読み始めるフィオ姉に『ごゆっくり』と声を掛けてアルと二人で外に出た。

 偉そうに言ってはみても助かってるのは事実。

 ネルも『終わったら夕食の準備してていい?』とかとやる気満々だし、任せっぱなしは気が進まないけど分担してくれるだけでこんなに生活って楽になるのかって感じだ。

「先程の物件ですが、明日のうちに正式に売買契約を締結させてしまってよろしいですか?」

 二人で干してある衣類を取り外しては籠に入れてという作業に取り掛かる最中、ふと新居の話題に変わった。

 下見しただけで満足していたけど、こっから書類にサインしたり引っ越しの準備をしたりと大変なのはむしろ今からが本番なんだったな。

「ああ、いいんじゃないか? 手付け金は払ってるんだろ?」

「ええ、仮押さえという形にしておくためにやむを得ず。キャンセルすれば返金してもらえるようにしておきましたので損はありませんけどね」

「ま、決まったならよかったじゃないか。そうそう他に横取りされるとも思えんしな」

「念には念を、です」

「さすが俺の弟」

 俺と違ってちゃんと先のことまで考えているぜ。

 ほんと、俺と違って。

「そう言っていただけると鼻高々です」

「今日はさすがにもうないだろうけど、明日にはまた誰か来ると思うか?」

「クロエやアイシスさんには少し時間が掛かるという話でしたよね?」

「ああ、家が遠いからな。となると、可能性が高いのはガル兄か」

「日付までは分かりませんけど、どうあれ明日明後日のうちには他の方たちも合流するでしょうし、これ以上はこの家で寝泊まりしてもらうのも少々無理がありますね」

「……ごめんな狭い家で」

「決してそういう意味では。独り暮らし用に借りている部屋に押し掛けているのはこちらですから」

「とはいえ家が決まるまで全員が宿を借りてちゃ出費がハンパねえし、早急に引っ越しの準備もしなきゃならんなぁ……どっちにしろスムーズに決まってよかった」

「……僕たちの人生がもう一度ここから始まるんですね。同じ志を胸にし、同じ目標に向かうために」

「そう、だな……」

 その目的が復讐なのか、無事にこの先の人生を歩むことなのか。

 大いに俺の認識との差異がありそうだが。

「そのためにも先に来た僕たちに出来ることはしておかないといけませんね。明日の午前中には僕が契約を済ませに行こうと思うのですけど構いませんか?」

「ああ、俺はそういうの苦手だし任せるよ。代わりに俺たちで荷造りして荷運びの業者を手配せにゃな。物も少ないから時間は掛からんと思うけど」

 そういやおやっさんのツテなら安くしてくれるって前に聞いたことがあるし頼みに行ってみるか。

 セツヤクダイジ、これ間違いない。

「ではそちらはお任せしますね」

「おう」

 明日は……いや明日も特に予定は無いし、この調子じゃ引っ越しの準備に追われそうだな。

 そう考えると長い時間を過ごしたこのボロ屋敷も時期見納めか。

 自分が頑張ったからではなく人の金でってのが情けない限りではあるが……ちょっと寂しさとか湧いてくるのはなぜなんだぜ?

「よっし、終わったな」

「はい。ご苦労様でした」

「二人でやった分そんなに苦労はしてないって。手伝ってくれてありがとな」

「当然のことです」

 同じイケメンスマイルでもドヤ顔が混じっていることが分かる。

 旧知の間柄というのもあるだろうけど、キャラは対照的でも些細な違いの中に感情が見え隠れするのは素直さゆえのことなのだろうか。

 変なキャラが定着しているフィオ姉や本能のままタイプのクロであったりガル兄はあんま表情とか見ても分からんかったしな。

 逆に実直なアイシスとかは結構分かりやすかった記憶があるし。

 んなことはさておき、回収を終えた衣類を手に中に戻ると既にネルが晩飯の準備に取り掛かっていた。

 アルもベッドのシーツを交換してから手伝うということなので俺は洗濯物を畳む担当である。

 その後は日が暮れるまでのんびりと過ごし、四人揃って夕食を済ませたところで長い一日も終わりに向かっていく。

 ちなみに今日のメニューは普段の野菜スープとパンのセットに鶏肉のソテーが加わった豪勢なメシだった。

 バレットさんやマスターに奢ってもらう以外にほとんど口にすることのない肉を昼も夜も食えるだなんて、なんと夢のような食生活だろうか。

 単に金に物を言わせているわけではなくアルもネルもちゃんと安い所を探してやりくりしているのでもう頭が上がらんよ俺は。

 一人だと面倒臭くなって買い物に時間掛けるとかしないもん。

「出ましたわよ~」

 美味い飯に対するせめてもの礼として一人で洗い物をしていると、一番風呂に行ったフィオ姉が浴室から戻ってきた。

 といってもうちに浴槽なんてもんは無いのだが、そんなことよりもタオル一枚だけを体に巻いているフィオ姉の姿に思わず食器を拭く手が固まる。

「ふ~、さっぱりしましたわ」

「……フィオ姉」

「ん?」

「ナイスセクシー」

 親指を立てる以外にこの気持ちを伝える術など無かった。

「昔と同じこと言うんじゃありません」

「いてっ」

 指で額を突かれたものの特に嫌な顔をしたりはしない。

 特に恥じらうこともなく、体を隠そうともせず、そのまま着替えのために二階に上がっていってしまった。

 ……弟に見られたところで、みたいな感覚なのかな。

 ネルなんて積極的に全裸で出てくるけど、普通に照れてる俺がおかしいのか?

「しかしまあ……良いモン見せてもらったよ、うん」

 なんだか下品なオチがついちゃったけど、ボロ屋敷最後の夜はこうして締め括られるのだった。

 ちなみに女子二人にベッドを譲ったため俺とアルはソファーで寝たさ。


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