自覚・2
ライリーは、溢れる涙を拭こうともせず、ヴィオラの手を握りしめ、自分の額に押し当てていた。
「ヴィオラ……こんな気持ちは始めてだ。とても苦しい……」
その時「だい……じょう……ぶ?」と、微かな囁きが聞こえたかと思うと、何かが頭に触る。驚き顔を上げると、青紫の瞳が自分を見つめ、その細い腕が伸び、頭を撫でていた。
「ヴィオラ!?」
「わたし………死ねなかったのね……」
そう言って、彼女は寂しそうに微笑んだ。 その時、なにかがライリーの中で弾け飛んだ。
「ヴィオラ………」
思わずライリーは、彼女を抱きしめた。
「このまま、二度と会えなくなるかもと………こんな気持ちは始めてだった」
彼の瞳からは、静かに涙がこぼれ落ちる。
ヴィオラは微笑みながら、ゆっくりと腕をライリーの身体に回し、燃えるような紅髪を撫でた。
そして、顔を上げた彼の涙を拭う。
※※※
いつまでも戻ってこないライリーに、痺れを切らしたグリシヌと侯爵が、ヴィオラの私室に入り目を見開く。
そこには、なにやら困り果てた彼女が居たからだ。 ライリーは彼女の側で微動だにしない。
「ライリー殿、その……何が……」
「やっ……ヴィオラ?」
その時のグリシヌと侯爵の、驚きようといったら無かった。 先ほどまで、もうヴィオラは死んだものと扱おう、と決めていたのだから。
二人に気付いたライリーは、溢れ落ちる涙を拭う事もせずに、侯爵に頭を下げた。
「このまま、ヴィオラを我が屋敷に連れて帰っては、駄目だろうか」
あまりの必死さに、苦笑いをしたグリシヌ達だったが、その前に主治医の診察を受けさせる必要がある。
「まずは、ヴィオラを主治医にみせたいのだが」
「―――それは仕方がないな」
沈黙の後に、ライリーは渋々その場を離れた。
※※※
主治医の診察が終わった。 医師の見立てでは、体力さえ回復すれば、普通の生活に戻れるだろう。との事だった。
ヴィオラは疲れたのか、またスヤスヤと寝息を立て眠ってしまった。心配になったライリーが、ヴィオラの頬をつついて、主治医に叱られていた。
「提案があるのですが、聞いて頂けるでしょうか」
ライリーは、しっかりとヴィオラの手を握りしめながら話し出した。
―――このまま、ヴィオラは目を覚まさない事にして、ルーベル公爵邸で過ごすのはどうだろう。さすがに紅の一族の手元にいるヴィオラに、手出しはしてこないだろう。
そして、そのままジョセフィーヌ付女官として、王宮に移るのはどうだろうか。と、問いかける。
罷免の書類はあるが、まぁなんとかなるだろう。女官の任命権はジョセフィーヌにある。 それに、王妃宮には専属の近衛騎士もつく。蒼は手が出せない。
話を聞いた侯爵は思案する。
ヴィオラの性格上、蒼の一族とアメシスタス家の対立を避けようとして、自ら命を断つ決断をしたのだと思っていた。
そんな侯爵は、ヴィオラの決断に気付けなかったことを後悔していた。
「しかし、そんな面倒事をルーベル公爵が受け入れるだろうか……」
ライリーは、ニヤリと笑った。
「それは、私とヴィオラの婚姻を許可してくれる、と思っても良いのだろうか?」
侯爵とグリシヌは顔を見合わせる。
「ヴィオラが今、ここにいるのはライリー殿あっての事。ヴィオラが望むのなら………」
しばし悩んだ侯爵は、ライリーの手を取る。
「ヴィオラを頼みたい」
ライリーは力強く頷いた。




