自覚
季節は移ろい、早くも年が明けた。
前国王は『年は越せない』と思われていたが、住まいを聖都近くのアンバー城に移し、定期的に聖女の技を受けているせいか、小健状態を保っていた。
ヴィオラは変わらず、穏やかに微笑み惰眠をむさぼっている。
あれからリーラは毎日、ヴィオラに魔力を提供し、無駄だとわかりながら、毒消しを口に含ませる。
コクリと動く喉を確認して、安心する日々を過ごしていた。
ライリーからは、毎日、両手に抱えきれない程の、紅いバラの花束が届く。 帰り際に城下の花屋に頼んでおいたのだろう。
バラの花束は、ヴィオラの寝台の回りを囲むだけではなく、部屋一面を埋め尽くす程になった。
侍女達は、ポプリにしたり、バラ水を作ってヴィオラを清めるのに使用したりと、せっせと消費するのだが追い付かない。
今では廊下まで溢れ、甘く芳しい香りを振り撒いていた。
いつだか、グリシヌがアドニスとライリーを連れて、王都からヴィオラの様子を見に来た時、未だ、眠り続けるヴィオラを心配する三人だったが、バラに囲まれたヴィオラの、その有り様をみたライリーは満足気だった。
※※※
そして、再びグリシヌとライリーがアメシスタス侯爵邸を訪れた。 二人の表情は暗い。
応接室でグリシヌは国王からの書簡を侯爵に手渡した。 それは、ヴィオラの女官を罷免する書簡だった。
侯爵は、罷免の書類にゆっくりとサインを入れて、グリシヌに渡した。そして、ライリーに語り掛ける。
「この状態のヴィオラはもはや、死んだも同然。 あれからヴィオラの将来は予知できていないが、いまさら蒼が殺害する必要もないだろう。 ライリー殿がヴィオラに求婚している体裁を取る必要もない。 このまま、娘を忘れもらって構わない。もう、ヴィオラは死んだということにしようと思う」
グリシヌも「今までたくさんの心遣いを頂いた。感謝している」と言う。 この場で納得できていないのは、ライリーだけだった。
―――もう、これでおしまい。そんな雰囲気が応接室に漂っている。 侯爵とグリシヌのどこか醒めた視線がライリーを刺す。
まるで『部外者は早く立ち去れ』そう、言っているようだった。
「最後に、もう一度ヴィオラ嬢に会わせて欲しい」
侯爵の頷きを諾と受け取り、ライリーは一人ヴィオラの私室へと向かった。
※※※
そっと扉を開けると、フワリとバラの芳香がライリーの鼻腔をくすぐる。
柔らかな冬の日射しが差し込むその部屋の、バラに囲まれた寝台で、ヴィオラは穏やかに微笑んでいる。
ライリーは、側にあった椅子を引きずり、寝台の横で腰かけた。
そっと、ヴィオラの手を取り握ってみるが、ダラリと力が抜けている。 両手で包むように握り直すと、自然と唇が触れた。
いつの間に、離れがたいと思うようになったのか。
面倒が終わったら、それで終のつもりだった。 ただ、ユニコーンの乙女に興味があっただけ。父に彼女を囲い込むように言われただけ。
ライリーは、ヴィオラの前髪を掻き分ける。
すると、彼女はクスリと笑い、その青紫の瞳が覗いて「何してるの?」そう、自分を窘める。そんな気がした。
だが、可愛らしい瞼は開かない。
侯爵に言われたではないか。「ヴィオラが居なくなった時、耐えられるか」その時は「わからない」と答えた。
でも、今ならわかる。 耐えられない、と。
今、ここを離れればもう二度と、ヴィオラに会うことは叶わないだろう。ヴィオラは蒼で、自分は紅。 家同士の繋がりさえない。
「あぁ、無理だ。もう会えなくなるなんて、耐えられない」
ライリーは、微笑みをたたえているヴィオラの寝顔を覗き込み、その震える手で彼女の薄く色づいている頬を撫でていた。 そして、込み上げる衝動そのままに、そっと彼女の頬に口付けた。
その時、何か温かい物が自分の頬を伝うのを感じた。そっと、親指で拭ってみるとシットリと濡れていた。
(これは……何だ? 初めての感情だ)
握りしめている彼女の手に力を込めた。 そして、再び彼女を覗き込む。
彼女の、そのプックリとした唇をゆっくりと、濡れた親指でなぞってみた。 再び、込み上げてくる衝動を押さえつつ、自分の気持ちを理解した。
(あぁ、これが愛おしいという事か……)
「ヴィオラ、私と一緒にいてくれないか?」
ライリーのルビーの瞳から、こぼれ落ちるきらめく雫は、ヴィオラの頬を濡らしていった。




