19-2
「疚しい?なにが?」そんなことを言われるとは思っておらずヒルデは驚いた。
「今週の水曜日…。どこにいたの?」小声で尋ねる。
「水曜?なんで?」
「答えて」
「……なにも。休みだったからずっと家にいたよ」ヒルデは思い出しながら言った。
「本当?それを証明できる?」
「なんでそんなこと聞くんだよ」険しい顔になる。
「いいから」ケイトは詰め寄った。
「証明できるわけないだろ。リンダはいなかったし」
ケイトはため息をついた。
「さっきからなに?なんかあたしに文句あるわけ?」ヒルデは苛立ち始めた。
「いいえ。家で何してたの?」
「寝てた」
「どうして寝てたの?」
「休みの日に寝ちゃいけないわけ?」ヒルデは言葉を強めた。「言いたいことがあるならハッキリ言えよ」
ケイトは迷ったあと覚悟を決めた。
「あなたのお母様が言ってたわ。何か薬を飲んでるって。それって危険なものじゃないの?だから体が辛くて寝てたの?だからそんなに痩せたの?」
「はぁ?」ヒルデは面食らった。「あんたさっき、リンダは何も言ってないって言っただろ。嘘ついたのか?それに薬を飲んでたら全部ドラッグってことになんの?それともあたしが飲んでるから?あたしは薬を飲んじゃいけないわけ?」と怒る。
「あなたの様子が変だから聞いたの。心配になったから。わかるでしょ?なんの薬か教えて」
「ただの風邪薬」
「本当に?」
「なんで信用してくんないの?」ヒルデはケイトを睨んだ。その声と目には悲しみが含まれている。
「信用してるから聞いたのよ。友達じゃなかったら何も聞かないわ」
「でもあたしがドラッグやってると思ったんだろ?」
「思ってない。ただ気になっただけ。友達が薬を飲んでるって聞いたらあなたも心配になるでしょ?」ケイトは必死に弁明した。
ヒルデは大きなため息をつくとケイトから顔を背けた。
2人の間に沈黙が流れる。
「…ごめんなさい。ヒルデ。こんなこと聞くべきじゃなかったわ」ヒルデからの信頼が少し遠のいたと感じケイトは謝った。
「他にも何か疑ってるんだろ」ヒルデは静かに聞いた。
「え?」
「なんで水曜のこと聞いた?」
「それは…」ケイトは迷った。これ以上言うともっとヒルデを傷つける気がした。
「火事のことだろ」
ケイトはハッとなる。
「あたしが何も知らないと思った?火事のことくらい知ってる。今週の水曜日、煙草の火で燃えたんだろ」
「知ってたのね…」
「もちろん。あたしはその燃えた牧場がどこにあるのか知ってる。そのオーナーも知ってる。サムの仲間だよ」ヒルデはケイトに詰め寄った。「あんたはあたしがやったと思ってんだろ」
「ヒルデ、」ケイトは彼女をなだめようとした。
「ハッキリ言えよ!」ヒルデは怒鳴った。
ケイトは嘘や誤魔化しをしてはいけないと改まった。「そうよ。あなたじゃないかと思ったわ。水曜はあなたの休みだし、その日は秋競馬が始まってオーナーがサムのところで飲むって、あなたは分かってたんじゃないかって…。
牧場にいた牛や馬が全部逃げ出したっていうのもあなたがやりそうなことだわ」素直に認めた。
「あっそ!」ヒルデは立ち上がった。「それで証拠は?あたしがやったって証明できんの?」ウロウロしながら尋ねる。
「いいえ。出来ないわ」罪悪感と恐怖に苛まれケイトは泣きそうになった。
「ほらな。そうやって疑うってことは、あたしを信用してないってことだろ」
「違う!」叫ぶようにすぐ否定した。
「いや、違わない。あたしが今までやってきたことを知ってるからそんな疑い持つんだろ。結局、あんたも他の連中と同じだ!」
「違うってば」ケイトも立ち上がる。
犬たちは危険を察して大人しくなった。
「確かに疑ったわ。でもそれは当たり前でしょ。私はあなたのことを知ってる。あなたの過去の事とか何をされたのかとか。だから疑って、あなたはやってないって否定してるのよ。今もそう思ってるわ。あなたじゃない。警察沙汰は避けるはずだって。
でもシチュエーションを考えれば少なからず可能性は浮かんでくるものよ。これだけ条件がそろっていればね。あなたがあのオーナーに復讐したんじゃないかって、」
「そいつにやられたなんてあたしは1回も言ってないだろ!」ヒルデは叫んだ。
「そうだけど…。本当のところはどうなの?」
「なにが!?」
「あなたがやったのかどうかってことよ!あの牧場を燃やしたの?」母と言い合うときのようにケイトはきつく言い返した。言ってからハッとなる。
これだと本当にヒルデを疑っているように聞こえる。関与していないよね?家で寝ていたのよね?と聞くべきだった。
薬のことだってただ普通に彼女の体調を心配して大丈夫かと聞けばよかった。どうして危険なものじゃないかと聞いてしまったんだろう。
ヒルデの大きな目から涙が溢れる。
ケイトはがつんと頭を殴られたようにショックを受けた。なんてことを言ってしまったんだろう。傷つけたくなかったのに。
「ごめんなさい。違うの。そうじゃなくて、」ケイトは慌てた。「こんなことが言いたかったんじゃないの。あなたが関わっていないか知りたかったの…。違うよね?」
今さらこんな言い方をしてもヒルデが傷ついたことに変わりない。どうしてこんな言い方しかできないのだろうとケイトは自分を責めた。
「例えあたしがやったとしても、」ヒルデは涙しながら静かに言った。「自業自得だろ。あんなクソ野郎がやってる牧場なんて、燃えて当然だ」
「じゃあ…。あのオーナーに…?」ケイトは小声で尋ねた。
「そうだよ。他にもいるけどな」
「…あなたが火をつけたの?」
ヒルデはケイトを見つめた。「やったとしても、やってなかったとしても、あたしはいま清々してる」
「ハッキリ答えなさい」いつの間にかケイトも涙していた。
「嫌だね。答えてもどうせ疑うんだろ?」ヒルデは諦めていた。
「そういう言い方をするから疑うんじゃない!やってないならやってないって言いなさいよ!私はそれを信じるわ」
「もしやってたらどうするつもり?サツに連れて行く?水曜日に休みだっただけで?オーナーのこと知ってて、復讐する理由があるだけで?どうやって?
あたしがわざわざサツに関わるようなことするわけないのに。あたしには牧場に行くための車もなければ馬もない。金もライターすらもない。証拠だってない」
ケイトは考えた。「それは……。えぇ。もしやったって言ったら、自首を勧めるわ。それが正しいことだもの。いくら復讐とはいえやってはいけないことだわ」
「あんたはそうするだろうな」ヒルデはうつむいた。「やってないって言ったら?」
「それを信じる。そしてとても、とても謝る。2度とこの話はしない」
ヒルデは辟易した。「あんたの言い方はあたしが犯人だって決めつけてたじゃん。最初からそう。やってないって言っても、あんたはこれからも事あるごとにあたしを疑うんだ。
だったらあたしはもう何も言わない。どうせ信じてもらえないんだから」
「あなただって決めつけてるじゃない。私が信じないって」
「もういいよ」ヒルデはチョコレートを抱き上げた。
「なにしてるの?」
「帰るんだよ」玄関の方へ歩き出した。「もう来ないから」
「待って!」ケイトはヒルデの腕を掴んだ。「私が悪かったわ。何もしてないって思ってる。本当よ!」
「嘘だね」ヒルデは腕を払う。
「ヒルデ。ごめんなさい。でもどんなに信頼関係を築いても疑ってしまうものなのよ」ダニエルのときもそうだった。自分の家族でさえもそんな時がある。
「あなたがやってないって言ってくれたらそれでいいの。お願いだからそんな態度を取らないで」
「あたしなら1秒も疑ったりしないね」
「ねぇ。仲良くしましょうよ」ケイトは焦った。このままヒルデが帰ればもう2度と会えなくなる。それだけは嫌だった。
チョコレートが不安そうに鳴く。
「無理だよ。自分を疑ってるやつと一緒になんていられない」ヒルデは玄関に向かった。
「私たち、友達でしょ?喧嘩することだってあるわ。だから仲直りもできると思うの」ケイトは付いて行った。「ねぇ、ヒルデ」
ヒルデは何も答えないまま玄関に辿り着くと扉を開けた。
「ヴェロニカ」ケイトは呼んだ。
ヒルデは立ち止まって振り向く。「その名前で呼ぶなって言っただろ」
「呼ぶわ。私はクララとは違うもの」ヒルデを見つめる。「本当にごめんなさい。私が全て間違っていたわ」ケイトは涙声で言った。
ヒルデは戸惑いを見せる。
「反省してる。だから…。許してほしい。チャンスを頂戴」
ヒルデは外とケイトを交互に見た。
「今日はとことん付き合ってくれるんでしょ?」ケイトは穏やかに尋ねる。
ヒルデはしばらくケイトを見つめたあと、赦すようにため息をついた。「もう質問しない?」
「しない」即答する。
「責めたり怒ったりしない?」
「しないわ」ケイトは約束した。
「……わかった。いいよ」ヒルデは低い声で言うと、玄関の扉を閉めてチョコレートを床に降ろした。
終




