第8話「人才」
「Webデザイナー」
「え?」
「と、たまに作曲家」
「嘘、ですよね?」
「だから見に来る? って訊いてるんだよ。サボり魔君」
「サボり魔じゃありません」
挑戦的に笑む彼女にバツが悪くなる。ココ何日か学校に行かなかったり、今日のように早退を繰り返していた俺の胸中は罪悪感で一杯だった。そんな心根を見透かされているような気がして、目が合わせられない。
「いいんじゃない。逃げたい時は逃げても。いずれは答えが見つかるよ」
「なんなんですか……もう……」
突き放しては優しくして、優しくしては突き放す。掌の上で踊らされているだろうことに俺は不満を呈した。
一人言のような口舌にチカさんは応えない。それでも俺を仰いで花の顔を綻ばせるあたり、聞こえてはいたのだろう。本当に意地の悪い人だ。
「作曲してるなら何か歌ってみてくださいよ」
「無理、無理。私がやってんのはそういうことじゃないから」
「どういうことですか?」
「ゲームのBGMとかを作ってんの。隼君もやったことあるかもね」
「ゲームはあんましないので……なんてやつですか?」
「秘密」
「中途半端に知識を植え付けないでください」
「だって教えたら私がなんて名前で活動してるかバレちゃうでしょ?」
悪戯を思い付いた子供のように彼女は笑う。無邪気な背中は相変わらず軽快なヒール音と共に前進していた。
チカさんを追い掛ける度、俺は言い知れぬ感情に襲われる。どこか懐かしいような。どこか物哀しいような。そんな気持ちだ。
胸の奥を容赦なく締め上げていく辛酸は一体なんだろう。分かりたいような。分かりたくないような。いや、これはきっと分からない方がいいのだろう。そう思うのに——そう思うからだろうか。俺の心は、それでも彼女を欲していた。
自身には被虐趣味でもあるのだろうか。三回目の逢瀬にも関わらず、俺は彼女を知ったような気でいた。
恐らく彼女は嗜虐的で、気の強い、女王様みたいな女性なのだ。気の強そうな顔つきと、涼しげな目元が、それを顕著に表している。そう思えば高いヒールも、少しハードな服装も全てがそうであるように思えてきた。
自ずと自らが開けてはいけない扉を開けてしまったのではないか、との疑念に襲われる。それほど彼女には不思議な何かがあった。恐らく俺は、彼女に何をされても嫌いになることはないのだろう。先ほども怒りこそあったが、けして〝嫌い〟という感情は湧かなかった。
不思議なものだ。今迄は嫌なことをされたら、簡単に嫌いになっていた気がする。それが自身に向いているかどうかではなく、嫌悪感とは湧いて出るものだった。
不快な言葉を発する〝彼女〟と〝他人〟は同じ人間だ。それでもチカさんが紡いだ言葉にだけは、嫌悪感など微塵も覚えなかった。不思議だとは思う。けれども、それを気持ち悪いとも思わなかった。
腹の底に何かがストンと落ちる。口腔に含み嚥下した水が四肢に浸透するかのように、チカさんは俺に作用していた。
それがなにかは分からない。それでも彼女と居れば何かが変わる気がした。否、変えられる気がした。
弱い自分を。惨めな自分を。大嫌いな自分を。きっと俺自身を。
その為には先程のように醜い己と向き合う時間がやってくるのだろう。それが分かっていながらも、俺は彼女と居たいと思った。
漠然とした確信。沸々と湧き上がる感情は温もりを保ちながら、俺の表情筋までも刺激した。