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恋は罪悪【ノベル大賞最終落選作】  作者: 衍香 壮
第1章「人はニセモノ」
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第9話「人境」

「隼君」


 考え事をしていれば、いつの間にか彼女の住居に着いていたらしい。高層マンションのエレベーターに乗り込む直前、チカさんは俺に問い掛けた。


「どうしたの?」


「少しボーっとしてただけです」


 そう、なんて素っ気ない返事に胸を撫で下ろす。どうやら不審には思われていないらしい。


「何階なんですか?」


「最上階」


「チカさんお金持ちなんですか!?」


「まぁ、そうね」


 嫌味な人だ。あっさりと認める様に俺は大口を開けた。


「感想は?」


「羨ましいです」


「普通ね」


 そう言いながら、彼女は暗証番号を打ち込んだ。予想も出来ぬ程の早業が繰り出されたかと思えば玄関のドアは開く。ドアノブへ伸ばした腕を引き、彼女は俺を室内へと招き入れた。


「どうぞ」


「お、お邪魔します」


 恐る恐る歩みを進める背を彼女がどつく。僅かに、よろけた身体を持ち直し背を振り仰げば、そこにチカさんはいなかった。


「何がいい? コーヒー? 紅茶? 水?」


「普通、水って選択肢ありますかね……」


「緊張してコーヒーって気分でもないのかなって思って。じゃあ、コーヒーにするね」


 チカさんは冷蔵庫から取り出した珈琲豆をコーヒーメーカーにぶち込むと、水を入れスイッチを押した。


「なにしてんの? 部屋の探索でもしたら?」


「ワイルドだな、と」


「そのネタ古くない?」


「ネタじゃないです! チカさん今、珈琲豆ぶち込んでたじゃないですか!」


「別に良くない? 出来上がったら一緒だよ?」


「雑なんですよ! 床にも零れてるし!」


「あ、ホントだ。別にいいよ。あとで掃除機掛けるし」


「そういうことじゃないんですよ! チカさんって俺の母さんみたいです」


「は?」


 凄むような形相に息を呑む。女性に歳の話は禁句ということだろうか。それとも、やはり〝母親のよう〟だなんてデリカシーのない発言だったのだろうか。いずれにせよ、彼女の機嫌を損ねてしまったのは確かだった。


「すみません……」


「何が?」


「いや、えっと……あの……」


「あのさ、物事はハッキリ主張したら? 私、もじもじする人嫌いなのよ」


「すみません」


「謝って欲しいんじゃないんだけど……」


 溜息と共に苦い言葉を吐く彼女。呆れたような口吻に硬直していれば背を押された。


「なに突っ立ってんの。早くソファに座って」


 チカさんは掴めない。不機嫌そうに歪んだ顔は、今や僅かな微笑を象っている。実は、そんなに怒っていなかったのだろうか。胸裏で首を傾げる俺は、それを問い掛けることが出来なかった。

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