第40話「係恋」
「どこでそれを……」
「幼馴染の新垣さんから。彼女は美人だしね。男を誑かすのが、よっぽど上手いらしい」
「一夏さんを侮辱するな!」
「おー、怖い」
怒りに任せて机上を叩き立ち上がる。口では怖いと言いつつも彼が怖がる様子はない。初日からずっと事情聴取されているのだ。そろそろ我慢の限界というやつだった。
俺の担当をしている水卜さんは掴みどころのない人だった。のらりくらりと続くコレには応えるものがある。俺を揶揄するように話を聞きだす彼は、とても刑事という感じでは無かった。
「ナターシャは二〇一〇年九月一六日に、監禁生活の苦悩を綴った自叙伝を発売してるんだよ。自らの体験とともに、警察の杜撰な捜査に対する批判を綴ったものをね。
コレは映画化もされ、二〇一一年には、自伝の印税と寄付金を使ってスリランカに小児病院を建設してる。ご立派なことだねぇ。
その点、日本の警察は優秀だ。一週間以内に君を見つけたんだからね」
「別に見つけてくれなくても良かったんですよ」
「言うねぇ。それご両親の前でも言える?」
思わず押し黙る俺に、彼が意地悪く笑んでみせる。寝癖だらけの髪の毛は鳥の巣のように、取っ散らかっていた。
「お父様も可哀想に。必死に息子を探して、心配して、窶れて。やっと見つけたと思えば犯人の味方をされるんだからね」
「父さんのは身から出た錆というやつです。でも一夏さんは違う。俺に沢山優しくしてくれました。お陰で救われた人がいます。彼女は普段から優しくて、お年寄りに席を譲ったり、車椅子の人を助けたり、普段からそういうことが出来る心の温かい人だったんです。 学校に行きたくないという俺に一夏さんは『行かなくてもいいんだよ』と言ってくれました」
「彼女は親じゃないからね。責任が無い人間は、言葉を軽んじるんだよ」
「一夏さんは、そんな人じゃありません! 彼女は俺に戦えと言いました。戦う為のエネルギーを溜めろ、と。そんな優しい人が犯してもいない罪まで背負おうとしてる。そんな人を助けたいと思ったらダメなんですか!?」
「それがストックホルム症候群だって言ってるんだよ」
「だからさっきから違うって!」
「犯罪ってのは『なんでこの人が』って人間が犯すから怖いんだよ。それにね、いくら好きだからって警察に不利な証言しちゃいけない。君も捕まっちゃうよ?」
「今度は脅しですか? それに俺は嘘を吐いてるわけじゃないありません。事実を言ってるんです」
「埒が明かないねぇ」
彼は仰け反り、机に肘を立てる。目元の皺は、クッキリ浮かんでいるのに若そうに見えるのは童顔のせいかもしれない。
「水卜さんいくつですか?」
「えーと、今年で四五かな?」
「だから話が通じないんですね。オッサンだから」
数回瞬きを繰り返した彼が噴出する。自らの太腿を叩きながら笑い転げる様に、部下が引いているのが分かった。
「そうだね。オッサン疲れちゃった。今日はココまでにしようか」
この人も身勝手な人だ。部屋から追い出されるようにパトカーに乗せられ家まで送られる。信号待ちで止まる度に通行者が覗いていくものだから、居心地が悪くて堪らなかった。




