第38話「贖罪」
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「おはよう」
「おはようございます」
「今日は起きてたんだ」
「一夏さんが捕まるかもしれないのに、ゆっくり寝てるわけにいかないじゃないですか」
「そんなこと気にしてたんだ。別にいいのに」
「好きな人をみすみす犯罪者にしろと?」
朝食を持ってきた彼女が、いつもの如くベッドに置く。見慣れた洋食に手を合わせ食べ始めると、彼女は再び話し始めた。
「静かなの」
「え?」
「おかしいよね。いつもなら会社に行く人が行ってないし車が一台も動いてない。
意味、分かる?」
「強行突破してくるってことですか?」
「そう。今は七時四六分。突入は八時ピッタリかな」
「そこまで分かってて何もしなかったんですか?」
「逃げる意味があると思う?」
その問いには否と答えるしかない。目を伏せて食べる手を止めてれば「早く食べちゃって」と催促された。
「伊澄の携帯あるよね?」
「え、はい」
「伊澄に届けてくれる? きっとそれがないと困ると思うから。この家に置いておいたら押収されちゃうし」
「分かりました」
「ありがとう」
「一夏さん」
「何?」
「この監禁に意味ってあったんですか?」
「あったに決まってるでしょ? 浅沼の蒼い顏が見れただけで、もう十分。協力してくれてありがとう、隼君」
「俺の告白覚えてますか?」
「勿論」
「答えは貰えないんですか?」
「うん。警察が入ってきたらこの関係はお終い。私達は他人になるんだから」
「他人なんかじゃないです。一緒に過ごした時間は絶対消えない。だから、はぐらかさないでください」
「そうね。他人じゃない。私達は被害者と加害者だ」
「俺は、そんな風に思ってません……!」
「加害者ってね、被害者に近付かないように念書を書かされるんだって。ホントかな?」
「なん、ですかそれ」
「つまり、もう終わりってこと」
言葉を紡ごうとした唇を塞がれる。吃驚に目を瞑る余裕すらなく、俺の視界は侵された。しっとりとした唇は柔らかく、啄むように口唇をなぞる。緩慢に離れたかと思えば、妖艶に笑む彼女が居た。
「これ、お礼ね?」
「な、に」
「冴島一夏! 誘拐、監禁罪の現行犯で逮捕する!」
俺の言葉を遮る男の声に目を瞠る。けたたましい足音に囲まれながら、俺は混乱する脳漿を諫めることが出来なかった。
「一夏さん?」
大人しく捕まった彼女を粗暴に扱う警官が許せない。けれども乾いた口が紡いだのは、彼女に対する問い掛けだった。
「俺、言葉が欲しかったんですよ……?」
「隼君、落ち着ていてね。もう大丈夫だから」
女性警官が優しく問い掛けてくるが、言葉の意味を咀嚼出来ない。何も大丈夫なんかじゃない、と叫びそうになるのを俺は必死に堪えた。
「一夏さん」
「……元気でね」
泣きそうに笑った彼女が複数の警官に連れて行かれる。それを追い掛けようとしていれば警官に阻止された。
「落ち着いてください」
「嫌です……!」
「もう大丈夫ですから」
俺の前に立ちはだかった男性警官が、また「大丈夫」と口にする。そのうち大人に囲まれた俺は、呪文のように繰り返される「大丈夫」に吐き気を催した。
姿を見れば分かるだろう。俺の衣服は清潔に保たれ、身体から悪臭もしない筈だ。肌の色艶だっていい、隈だってない。なのに警官達は、俺を可哀想な子供でも扱うように囲っていた。
「大丈夫じゃないです。一夏さんと話をさせてください……!」
――まだ告白の返事を貰ってないんだ。
その一言を告げられぬまま泣き崩れる。誰も俺を理解などしてくれず、やたら丁重に扱われるものだから怒りが湧いた。
俺が欲しいのはこの手じゃないのに、と。




