見えない明日
セレナとの個人チャットを終えてログアウトした麗亜は、改めて<彼女>を見た。
ずっと部屋の隅で小さくなって不安そうにこちらの様子を窺っているだけで、何もしようとしない彼女をどうすればいいのか。
待てばいいんだろうとは思いつつ、果たしてそれが正解なのかどうか、正直って不安もある。けれど、そもそも彼女の場合は参考になる前例も何もない訳で、そういう意味ではぶっつけ本番しかないと思われる。
こちらからヘタに構おうとすれば怯えるから、
『我慢我慢…あの子の方から近付いてくるのを待つ』
と自分に改めて言い聞かせた。
寝る時もまだそのままだったから気になって熟睡はできなかった。明かりは消したけど真っ暗にはしなかった。フッと眠りが浅くなった時に薄目を開けて見ると、彼女も体を丸めたまま寝ているようだった。その姿が痛々しくて胸が苦しくなる。けれど、彼女が警戒している以上、下手な真似はしない方がいいと思った。
翌朝、彼女はまだ寝ていた。部屋の隅で体を丸めて。彼女の分もトーストを焼いてテーブルに置いて、なるべく物音を立てないようにして用意を済ませ、エアコンは点けたままで仕事に行った。気にはなるけれど人形の面倒を見るからと言って休ませてもらえるとも思えない。
仕方がなかった。
とは言え、気になって仕事にも集中できなかった。ミスはしなかったものの、いつもよりペースは落ちた。
仕事が終わっていつものように帰りに買い物をして、不安な気持ちを抱えながらもそっとドアを開けた。
「ただいま」
なるべく穏やかな感じになるように気を付けながら声を掛けて部屋に入ると、昨日のような惨状は幸いにしてなかった。それどころか彼女はやっぱり部屋の隅で体を丸めて怯えた目でこちらを見ているだけだった。
『ダメか……』
本音を言えば仕事に行っている間に以前の璃音に戻っているかもしれないと淡い期待を抱いていた。でもそうは上手くいかないようだ。
見れば、トーストの一部が欠けていた。彼女が食べたんだろうと思った。とにかく食べてもらえるならそれでいい。これまで食べなくても平気だったのだから食べなくても大丈夫なのかもしれないけれど、空腹を感じるのなら食べてほしいと思った。
夕食はまた買ってきたお惣菜をおかずに、自分で炊いたご飯と作った味噌汁で食べる。その一部を小皿に取り分けてテーブルの端においてあげると、彼女はやっぱりそれを手に取って部屋の隅で食べた。
そして結局、週末までその状態は続いた。
『これは大変かも……』
いつ終わるとも知れないその状況に、さすがの麗亜の表情にも翳りが見えたのだった。




