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第二章 智花サプライズ4

 ダンッ!

 香が煙る薄暗い酒場の席で、ジャゲは空になったグラスをテーブルに叩きつけた。

「くっそぉおん! なんでぇ俺さまが降格なんかされなきゃんならんのだぁぁん!」

 すると同席していた女たちがニコニコしながら、慰めの声を掛ける。

「まぁまぁ、ジャゲさま。そういうときは、お酒を飲みまくって、うさ晴らしするのがいいわよ」

 と女たちは愛想良く調子を合わせ、グラスに酒を注いでいく。

「おおん! 今日は徹底的にぃん飲んでやるぞぉん」

 ジャゲはしこたま注がれた酒を、触手の生えた口に流し込んだ。

「ディアとあのチビすけめぇ……ぬぁにぃが降格だぁん。しかも、あのクソイノシシ野郎も調子ブッこいてぇ俺さまの大事な触手を切り落とそうなどとしやがってぇん。フザケんのも大概にしろよぉん! 俺の海賊としての実力をナメんじゃねぇぞん!」

「そうよそうよ! おチビさんやイノシシが誰だか知らないけれど、ジャゲさまはいつだって海賊のトップなのよ! 誇りなのよ! 象徴なのよ!」

 ジャゲの恨み節に合わせて音頭をとる女たち。とそこへ、トンボのような羽根を生やした小さな宇宙人が舞い込んで来た。

「おやおや、ジャゲのダンナ。今日はまた、いつになくご機嫌ちゃんねぇ」

 皮肉たっぷりの挨拶に、ジャゲはグラスを空飛ぶ小人に指し向けた。

「久し振りだなぁん、ビヂャ。どうだぁん、最近の調子わぁん?」

「まぁボチボチと言ったところちゃん」

 ビヂャはテーブルの上に座ると、腰に差していた爪楊枝大ほどの銃を取り出し、店員を呼びつけた。

「マウス・ブラッドをロックで頼むちゃん。ちょっとでも薄めたらお前の頭を撃ち抜いて、血を一滴残らず全部抜いてやるちゃんから、ちょろまかすんじゃないちゃんよ」

 銃身を振って店員を威嚇すると、あらめてジャゲに向き直り、愚痴をこぼし始めた。

「ただ夕方に、あの猫族の娘に会わなければ今日は最高な一日だったはずちゃんよ」

 途端にジャゲの目付きがギョロッと険悪なものに変わった。

「なんだぁん? お前も猫族に何かされたのかぁん?」

 苦々しく半笑いするジャゲに、ビヂャが不愉快に鼻を鳴らした。

「世間知らずな純人間ヒューマンの小僧ちゃんがボケぇっと道のど真中で突っ立っていたから、タップリ血を頂こうとしたちゃん。そしたら猫族の娘が仕事の邪魔してきたちゃん! あのオカッパ娘は許さんちゃん! いつかきっと、干からびるまで血ぃ吸ちゃるちゃん!」

 ビヂャは喉奥から菅を出し、店員が持ってきた血酒をチューチューと呑み始める。するとジャゲが無い眉を吊り上げた。

「おい……ちょっと待て。今、オカッパ娘とか言ったなぁん?」

「そう言ったちゃんよ」

「ちなみに、そいつはどんなぁん奴だったぁん?」

「へぇ。ちびっこくって目付きが極悪で、のじゃのじゃ言ってたちゃん」

「のじゃのじゃ? おい、そいつはもしかしてチュッパチャップって女じゃねぇかぁん?」

「名前まで知らんちゃん。けど、あんな凶暴凶悪な猫族は見たことないちゃん」

「んんんん。これは調べる必要がぁんあるなぁん。もしその女がチャップならぁ、きっちり礼をさせてぇんもらわねばぁんならぁんぞぉ」

 口の触手を動かして思惑を巡らすジャゲに、ビヂャが血酒を啜りながら目を細めた。

「ダンナダンナ。なんちゃ面白いことを考えてるちゃんね。ワシもその話に一枚噛ませるちゃんよ」

「お前も猫族にヤられた口だからぁん、加担する権利はあるぜぇん。よし、そうと決まればぁん早速ぅ、探し出してやるぞぉん!」

「簡単に言うけど、アテはあるちゃんか?」

「この界隈の惑星に猫族が立ち寄ることなんかぁん滅多にないことだぁん。つまり、来星目的は観光か仕事しかないないだろぉん」

「そうなると、ホテルに滞在している可能性が高いちゃんね」

「そのとおりだぁん。と、言うことで、今から宿という宿をシラミ潰しにするぞぉん!」

 ジャゲは鼻息荒くして取巻き女たちの腕を振り解くと、一枚のケピロンプレート紙幣をテーブルに置いた。

「釣り銭はお前らへのチップじゃん。遠慮なくとっとけぇん」

「ちょっとちょっと、ジャゲさま! これじゃあ足りないよ!」

 代金不足を訴える女たちを振り払うようにジャゲが店の出口へと向かうと、ビヂャも小さな血酒グラスを手にしたまま羽ばたいた。

「ダンナぁ! ちょっと待つちゃん!ワシを置いていくなちゃんよ!」

「モタモタしてんじゃねぇん!」と逃げるように酒場を出ていくジャゲだった。



「ヤッパ、異世界サイコーだわ!」

 馬鹿笑いする長二郎を、周囲の宇宙人たちが物珍しそうにこっちを見ていた。

 そんな視線を受けながら、トオルは隣に座る親友に囁いた。

「ねぇ、長二郎。もう、そのへんでやめとこうよ」

 異星では純人間である地球人は珍しいらしく、注目されないほうがどうかしていた。しかも未成年が堂々と博打をやっているのだ。これが日本ならばすぐに通報され、最低でも停学処分は免れないだろう。だが、長二郎はそんなことはお構いなしとばかりに、スロット台のレバーを引き倒した。

「俺たち以外に地球人なんかいねえんだから、そんなにビビるなよ」

 立体映像のリールが回転し、停止と同時に、また同じ絵柄が揃った。

「よっしゃっ!」

 スロット台から賑やかなファンファーレが奏でられ、同時に溢れんばかりの貨幣メダルが受け皿に溜まっていく。

「見ろよ、トオル! なんか知らんけど、また揃っちゃたぜぇ!」

 カッカッカッと高笑いをする長二郎。それもそのはず。彼の背後には、ギッシリ詰まった貨幣の箱が幾重にも積まれているのだ。ざっと数えて三十箱。ケピロン額なら約3000万相当の荒稼ぎだ。トオルはその高積みされた箱を見上げ、ため息を吐いた。

「これだけ儲かれば、欲しい端末がいくつも買えるんだから、もうやめたら?」

「なに言ってんだよ。こんなもんでやめれるわけねぇだろ! 俺は今日一日で一財産を築いていくつもりだから、帰りたければトオル一人で先に帰れよ。と、その前に……」

 長二郎はレバーを引く手を一旦止め、積み上げてある箱のひとつを担ぎ降ろすと、それをトオルに手渡した。

「お、重い……」

 体力がまだ本調子ではない貧弱な体にとって、その重量感は半端なものではなかった。

「トオルと智ちんに借りた金とその利子だ」

 日本円に換算して約10万円と言ったところか。その羽振りの良さに、トオルは戸惑いを覚えた。

「こんな大金を貰うわけにはいかないよ」

「俺の感謝の気持ちを無下にするなよ。お前と俺の仲なんだから遠慮なく受け取ってくれ」

 押し付け同然の返済をし、長二郎は再び目を血走らせて立体映像のリールを回し始めた。

「長二郎……」

 トオルが何度、声を掛けても上の空。ひとつのことに熱中し始めると、人の話が聞こえなくなるほどのめり込んでしまう親友の性格。そのことを誰よりも知っているトオルは忠告することを諦めた。

「僕はもう少し観光してからホテルに戻るけど、長二郎もほどほどにしなよ」

「引き際は心得てるから、心配ねぇよ」

 自信満々に手を振る親友に、トオルは一抹の不安と貨幣の詰まった箱を抱え、その場を立ち去るしかなかった。



 一方、こちらは夜の繁華街。

 ホテルで食事を終え、トオルたちと別れた保子莉は智花を連れて夜の町へ繰り出していた。

「あっ! 見て見て、保子莉お姉さま! あそこの宇宙人さん、フワフワのモコモコ!」と露天商が立ち並ぶ表通りを歩きながら、子供のようにはしゃぐ智花だったが

「こらこら、人様に向かって無闇やたらに指を差すでない。相手の機嫌を損ねて絡まれたらどうする?」

「どうなるんですか?」

「種族によっては指差し行為は殺害予告を示すこともあるからのぉ、銃で撃たれても文句は言えん」

 すると智花は震え上がり、両腕でバッテンを作って自分を戒めた。

「指差し禁止! もう絶対に指なんか差しません!」

「ん。良い心がけじゃ」

 聞き分けの良い智花に満足し、しばらく歩いていると、智花が一軒の店の前で足を止めた。

「保子莉お姉さま。これって、なんですか?」

 見れば、極彩色に発光する瓶が陳列されていた。

「どうやら中身は発光染色液の類のようじゃな。ふむ、ちょっと待っておれ」

 保子莉は店主の宇宙人と会話を交わすと、色取り取りに光を放つ売り物を指差して訊く。

「智花は、どの色が好きじゃ?」

 そう問われ、智花は並ぶ瓶詰めに視線を落とす。

「うーん。いっぱいあるから迷っちゃうなぁ。……でも、やっぱりこれかな?」

 悩みに悩んだ挙句、淡く光るパステルピンクの液体を選ぶと

「ふむ。では、これをひとつ頼む」

 保子莉は店主にお金を手渡し、智花を露店台へと押し出した。

「えっ? えっ? なにするんですか?」

「ちょっとしたお洒落をするだけじゃ」

 保子莉が智花のツインテールの毛先を持ち上げると、店主はピンクの瓶に手を突っ込んでこね始め、ネバネバした液体をすくい上げると、黒髪の毛先に塗りこんでいく。すると数秒の内に、塗った部分が眩く発光し始めた。

「うわぁ、キレイ」と感動の声を漏らす智花の隣で、保子莉が説明する。

「主要成分を聞いたところ、純人間の体質には何の問題もなく、三日ほどで自然と落ちる天然素材だそうじゃ。どうじゃ、わらわからのプレゼントは気にいってもらえたかのぉ?」

「ありがとうございます、保子莉お姉さま!」

 智花は道の真ん中に躍り出るとフィギュアスケート選手のように体を回転させた。それに合わせ、発光するピンクのツインテールが光の帯を描き、智花を包み込んでいく。

「見て見て! 保子莉お姉さま!」

 飛び跳ねて喜ぶ智花の姿を見て、保子莉も嬉しそうに微笑んだ。



「ダンナ、人違いちゃあないちゃん? あの踊っている娘、猫娘のことをホズリお姉さまとか言ってるちゃんよ」

 路地裏に投棄されたゴミに紛れ、保子莉たちを見張る二人の宇宙人。肩に乗って囁くビヂャに、ジャゲは監視の目を光らせたまま否定した。

「いんやぁ、あれは間違いなく俺さまを騙して降格させたチャップ本人だぁん。大方、ホズリってぇのは偽名に違いないぜぇん」

 そしてニヤリとほくそ笑んだ。

「しかしぃん、こうも簡単に見つけられるとはなぁん……どうやら運は俺さまを見捨ててはいないようだなぁん」

 酒場を出てホテル街へと向かっていた矢先、ジャゲたちは偶然にも保子莉たちを発見し、尾行していたのだ。

「それでこの後、どうするちゃん?」

「このまま泳がせて、チャップがどのホテルに宿泊しているか確認するにぃ決まってるじゃぁん」

「ダンナにしては、いつになくまともな作戦ちゃんね」

「おうよ。その上でチャップの妹を攫うぞぉん」

「攫ってどうするちゃん? 殺すちゃんか? なら血を抜かせるちゃん。若い小娘の血は極上だから、生きたままの状態で抜かせるちゃん」

 するとジャゲはビヂャの首根っこをギュッと掴んだ。

「殺さずにディアのところにぃん連れて行って汚名返上するぅんだからぁん、勝手に血抜きはさせないぜぇん」

「それだとワシに何のメリットもないちゃん! タダ働きはごめんちゃん!」

「そんなことはないだぁん。クロウディア一派に貸しを作っておけば、何かと便宜をはかってもらえるだろぉん。そうすればお前の仕事も捗ると思うぜぇん」

「なるほどちゃん、クロウディア一派との極太な繋がり(コネクション)を作るちゃんね。それもいいちゃんね」

「だろぉん」と、いやらしい笑みで示し合う宇宙人二人だった。



「さて、そろそろ帰るとするかのぉ」

 夜の観光を存分に満喫した保子莉は、智花を連れてホテルへと戻ることにした。四方の山や崖に囲まれた繁華街を抜けて歩くこと数十分。夜になってからイルミネーションのように輝き始めた珊瑚樹の林を抜け、コロセウム・キャニオンの山肌に空けられたホテルの入り口へと入っていく。ゴツゴツした山の外壁とは異なり、中は見違えるほど立派な内装が。……と、言っても豪華な装飾は施されておらず、自然の岩肌を研磨し、調度した程度である。

「お帰りなさいませ、シーグレーさま」

 フロントに立つ単眼宇宙人の挨拶に頷きながら、保子莉はルームーキーを受け取った。

「ところで、わらわたちと一緒に出掛けた者たちは戻っておるかのぉ?」とカジノへと向かったトオルたちのことを尋ねると……

「お連れさまの男性方のことですか? それでしたら、まだ戻られてはおりません。何でしたらばカジノの方に連絡を入れて確認をいたしましょうか?」

「いや、そこまでせんでも大丈夫じゃ」

 保子莉はホテルマンの申し出を断ると、智花と談笑しながら転移エレベーターに乗り込んだ。

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