最終話
「エイムの時を、止めたい」
エイムも、その瞳から目を逸らさなかった。
「エイムが好きになったから、もう俺を忘れてほしくない。星になれなくても、俺が傍にいるから……一緒にいてくれ」
お願いだ、と。言葉拙い竜は頬を包むエイムの掌に自分の手を重ねて擦り寄ってきた。エイムはもう一度馬鹿だな、と言う。
「ばか、ばか、ほんとばか。竜ってみんなあなたみたいに馬鹿でクズばっかりなの」
「な、なんでだ」
罵倒されてイーオは眉を下げたが、エイムは眉間にしわを寄せたまま馬鹿だクズだと言い募る。好きだ、と。好きだから傍にいてほしい、と。その一言に辿りつくまでに何百年費やしたんだ、とエイムがイーオを罵った。
「最初の私だって、あなたが好きだから、傍にいてくれって言われたら時間くらい止めさせてやったのに」
だって、エイムはきっとその時からイーオのことを好きだった。想いが叶うなら時間を止めるくらいなんてことはないと、イーオの傍にいることを選んだだろう。そうすればイーオの鎖を、減らしてやれたのに。けれどきっと、その当時のイーオは本当に恋心なんて持たずにエイムに接していたのだろうな、と思って悔しくなる。
「あなたが星の寿命分もじもじ私を好きになっている間に、私が何回あなたを好きになって、忘れさせられたと思ってるの」
巻き戻される度にイーオに取っては一瞬でも、エイムにとっては誰かに恋をするのには十分な時間をこの鈍感な竜と一緒に過ごした。その度に、イーオに片思いをしていただろう自分の姿が目に浮かんで不憫でならない。
「エイム、怒らないの」
「怒ってるでしょうこのバカ」
包んでいた頬を引っ張ってやると痛い、とイーオが悲鳴を上げた。
「違う、好き勝手したことに、怒らないのかって」
聞いてんだ、と涙目になるイーオにエイムは怒ってないよと答える。
「好きになるのが遅いって、怒ってるのよ」
その鎖の分自分に執着していたくせに恋心の自覚が今さらというのが気に入らないのだとエイムが言うと彼は驚いたように目を見張った後、縋るように抱きしめてきた。肩口に額を押しつけてくるイーオの体温は、冷えた身体に温かかった。
「ごめん、エイム、好きだ。好き。此処にいて、傍にいて、俺が消えるまで、ずっと一緒にいて、ください」
耳元でかすれて聞こえる殊勝になった訴えにエイムは、腕をイーオの背に回す。冷たい鎖に指が痺れたが、構わずそれごとイーオを抱きしめた。
「いいよ」
震えた声で、応えた。肩口から顔を上げたイーオが、唇をよせて頬の滴をすくい取ったので、エイムは自分が泣いているのだと気づく。
「なんで、泣く?」
嫌なのか、と不安そうなイーオにばぁか、と言ってエイムが鼻をすすった。
「好きって言われて嬉しいから、泣いてんの」
長い長い片思いが実って嬉しいのだと、エイムは涙を止められずにしゃくりをあげた。
「やっと報われた、イーオ……」
黒衣の首元を引いて顔を近づけた。彼が良くそうするように、鼻先を触れ合わせてからそっと目を閉じて薄く冷たい唇に、キスをする。
「私も、好き」
あなたよりもずっと前から好きだったよ。最後まで言えずに嗚咽に埋もれてしまったが、イーオがエメラルド色の瞳を数度瞬かせてから、じわじわと頬に熱がともしたのを見てそれですべて、満足した。
人は死んだら星になる。
星になれない人間は、おそらくエイムただ一人。
「お前は星になれない」
そう思いを馳せて星空を見上げている度に、愛しい竜が囁く。
エイムが澄んだ夜空に伸ばした手に自分の掌を重ねて引きずり降ろしながら閉じ込めるように腕の中に押し込め、耳元で囁くイーオの仄暗いその声にエイムはそっと瞳を閉じる。
「でも俺が、一緒にいる」
一緒にいる、と言い聞かせるような声にその表情を覗きこめば、案の定不安そうに揺らいでいた。
「大丈夫だよ。寂しくないから」
一緒にいる。傍にいる。好きだよ、と。伝えてやれば竜の顔は途端に綻ぶので、エイムの胸にじわりと温かいものが満ちた。鎖が肌に当たるのも厭わず、精一杯の力で抱きしめてやると、イーオは嬉しそうに人の姿でぐるぐると咽喉を鳴らす。
ここは北の星の塔。世界で一番煌星の美しく見える、一年中真白く深い雪に覆われた最果ての土地。いずれ雪の淡い遠くの街では、夜空に星を籠に入れて飛ぶ無数の鎖を纏った竜の姿と、その背に乗って空を行く少女が月を一刀両断する姿が見れると語られることになる。
黄金週間前に完結できてホッとしております。
娘の絵本を作ろうと書いていたものが元になった話でした。
地の文が多いにも関わらず、思いがけず皆様に読んで頂けたようで本当に嬉しく思います。
ここまでお読み頂きありがとうございました。
またご縁がありましたら別の話でお会いできますように。
(ちなみに次は幽霊との恋愛話を予定しています。)
私はこれで心置きなく黄金週間を娘といちゃつけます!