第三十二話 従騎士叙任
「只今より、魔法騎士団入団試験叙任式を始めます」
アロファの声が訓練場に低く、しかし確かに響いた。
風が一瞬止み、集まった者たちの視線が一斉に壇上へ向く。旗がゆっくりと揺れ、石畳に光が差す。
「ヴァイン・スナルヴィンドゥル」
「はい!」
呼名に応え、ヴァインが前に進む。足音が規則正しく響き、アロファは短く評価を述べてバッジをつける。
「ローレグル・ヴァトン」
「はい…!」
次にローレグルの名が呼ばれる。彼女もまた、少し震える声で返事をし、前へ出る。
そして、静寂の中で呼ばれた。
「ニャンピンガ・イントワーリ」
「はい!」
ニャンピンガの返事は力強く、胸の鼓動が耳に届きそうだった。彼は一歩一歩、壇上へと進み、アロファの前に立つ。アロファは赤銅のバッジを取り出し、指先でその冷たさと重みを確かめるようにしてから、ニャンピンガの胸元にそっと留めた。バッジの縁が太陽の光を受けて鈍く光る。
「ニャンピンガ・イントワーリ。貴方に従騎士の称号を与えます。今後、魔法騎士団員として日々励むように」
「はい!」
ニャンピンガは胸を張って答えた。周囲からは穏やかな拍手と、同期たちの小さな歓声が湧き上がる。合格の余韻が訓練場に柔らかく残った。
―――
式が終わると、ヴァインとローレグルが駆け寄ってきた。
「ニャンピンガさん!」
「ニャンピンガさん……!」
「髪切ったの?すっきりしてるよ!」
とヴァイン。
「ああ!似合ってるか?」
「似合ってるよ!ね、ローレグル?」
「う、うん……スッキリして……似合ってます」とローレグルは少し照れながら言う。
ニャンピンガは照れ笑いを返し、三人で軽く肩を叩き合った。
そのとき、遠くから声がした。
「ニャンピンガ君!」
「ネモ!」
ネモが駆け寄る。
「ニャンピンガ君お疲れ様」
ネモはヴァインとローレグルに気づいた。
「ん…?ニャンピンガ君の同期の子?」
ニャンピンガは返事をする。
「ああ。ヴァインとローレグルだ」
同期たちに紹介する。
ヴァインは挨拶する
「ヴァイン・スナルヴィンドゥルです。よろしく」
ローレグルも続けて挨拶する
「ローレグル・ヴァトンです…」
ネモは言う。
「私はネモ・フィクティオ。私も一か月前に入団したばかりでほぼ同期だからさ、タメで話そう」
ヴァインは言う。
「じゃあ、お言葉に甘えて…」
ローレグルも言う。
「ぜ、善処します…」
「はは、ローレグルは相変わらずだね」
自己紹介と握手が交わされ、場は和やかに進む。笑い声が訓練場の空気を満たす。
―――
だが、ニャンピンガの視線はふと別の方向へ吸い寄せられた。
「……!あれは……」
視界の端に、見覚えのある背中があったのだ。
「……?ニャンピンガ君どうしたの?」
「悪りぃ!ちょっと行ってくる!」
ニャンピンガは言い残して走り出す。
「えっ、ニャンピンガ君!?」
ネモが慌てて呼び止めるが、ニャンピンガの足は止まらない。
―――
城の敷地内の通り。
石畳に影が長く伸びる午後、ニャンピンガはある者の姿を追いかけていた。
「師匠……!」
フレッドはゆっくりと振り返る。
無表情だが、目はどこか柔らかい。
ニャンピンガは息を切らしながら言った。
「師匠……!オレ……受かりました!
試験に合格しました!」
フレッドは淡々と答えた。
「知っている」
その言葉に、ニャンピンガは一瞬言葉を失う。
「……!知っているって……」
視線が自然とフレッドの胸元へ向かい、そこで彼は目を見張った。
白金のバッジが、静かに光っている。
(白金のバッチ…!)
高位の証――フレッドが長年にわたり背負ってきたものだ。ニャンピンガの胸に、驚きと敬意が同時に湧き上がる。
次の瞬間、フレッドの手が彼の頭に乗った。
(!?!?!?!?!?!?)
驚きで体が固まる。冷たいようで温かい、その掌の感触。
フレッドは短く、しかし確かな声で言った。
「よくやった、ニャンピンガ」
言葉はそれだけだった。
フレッドは風と共に去り、背中はすぐに消えた。ニャンピンガはしばらく、言葉を失ったまま立ち尽くした。胸の中に、赤銅のバッジと白金のバッジの重みが同時に残る。
やがてニャンピンガはゆっくりと視線を上げ、あさっての方向を見つめたまま、静かに笑みを浮かべた。




