第14話 2つ名個体の襲撃
職務室にて、ある書類と俺はにらめっこしている。
2つ名個体。
普通の魔物が、突然変異を起こして通常の個体より遥かに高い強さを手に入れた魔物。
突然変異の条件は様々なものがある。
自身と同種の魔物を共食いして起きることもあれば、周りの環境の要因によって特殊なスキルを獲得して変異を起こしたりもする。
進化というものが魔物にはあるが、突然変異は魔物の進化とはまた少し違う。
魔物の進化は根本的な種族が変わり、元の個体からさらに上位の存在へと姿形、強さを変える。
その点、突然変異は姿は変わることはあるが、形まで大幅に変わることは無い。
ただ、強さに関してはその種の進化形態や天敵である魔物と比べて、変異個体は化け物並みに強くなっていたりするため、比較になるものがない。
だから、2つ名個体として分類される。
何よりそんな存在はたまにしか出ないものだ。
……だが、最近その2つ名がつけられる個体の目撃例が多発している。
最近だと、ナナ・アベルシュタインが討伐した赤いミノタウロス。
先月のことだと、王都ミルディア付近の森で発見された隻眼のウェアウルフと帝都ゼクスの近隣の村で発見された片腕のオークキングだったり。
一体、魔物の生態系に今何が起きている?
今までにここまでの発見例が出たことなどない。
前ギルドマスターの代でも、その前の代の時も。
2つ名個体の魔物は、通常の冒険者では歯が立たない。
必ずと言っていいほど、Aランク以上の強さに分類される魔物が2つ名個体になっているからだ。
だが、Aランクでも単独の討伐なんてことは無理だろう。
Sランクでもない限り、パーティーを組んでの討伐になる。
それじゃないと、確実に殺されるからだ。
ただ、もしAランクやAランク以下で単独の討伐に成功したとしたら、それはSランク冒険者の才覚のある人間だ。
実際この目で見たしな。
突然現れたかと思えば、とんでもない化け物を討伐していやがった若いのが。
おまけに依頼を出した2つ名個体をサッと倒してきやがったしな。
あれは間違いなくSランク相当の実力だろう。
俺の長年培ってきた勘がそう言っている。
対面した時に、それはすぐわかった。
あれはもしかしたらうちのギルドマスターと同格……いや、それ以上かもしれねぇな。
それほどの実力はあった。
何より容赦がない。
殺すと決めたら、確実に仕留めにかかる容赦のなさ。
あれの差だけで、きっと戦闘の勝敗は大きく開くだろう。
殺し慣れてないと、人間には躊躇が生まれるからな。
「うちのギルドマスターもまだまだってとこだな。」
「えー、私がまだまだなのかい、ヘルメロ。どういうことか説明願おうか。」
「あー、いやこれはだな、その……。」
そう俺が言いかけた瞬間だった。
突然、地響きのような揺れが俺らを襲う。
同時に咆哮が聞こえてきた。
「なんだ?!」
「この咆哮……ワイバーンか?でも、それにしては随分と……。」
「とりあえず、咆哮の聞こえた方に向かうぞ!」
近くに置いておいた剣を取り、腰に括り付ける。
明らかな魔物の襲撃なのは確かだ。
このままでは一般市民に危害が加わってしまう。
そうして、窓から出ようとすると、後ろのドアがバンッとあき、ノーティスがすごい血相で入ってきた。
要件はおそらくこのことだろう。
「ヘルメロさん!」
「あぁ、要件はわかってる。俺とラインハルトで先に現地に向かっている。ノーティスは今いる高ランクの冒険者をできうる限りで募れ。募ったら急ぎで現場に向かってきてくれ。」
「わかりました!」
そう返事をして、部屋を出ていくノーティス。
それを見て、俺は窓を開けた。
「窓は出入口じゃないんじゃなかったっけ?」
「緊急時だ、んな事言ってられるか。」
言い捨てて、窓から飛び降りる。
それに続いて、ラインハルトも降りてきた。
「何があるか分からないし、もうバフはかけておこうか。〝オールバフ・ステータス〟」
ラインハルトの一言で体が一気に軽くなる。
「さすがだな。以前より研ぎ澄まされたか?」
「さぁね。」
肩を竦めながら、先を走り出す。
後衛が躊躇もせず、前衛に出るとかどうかしてるだろ。
Sランク冒険者ってのは、やはりどいつもこいつも規格外がすぎる。
そう思いながら、俺も追従する。
「ヘルメロ、今回の襲撃してきた魔物。君はどう考える。やはり、2つ名個体だと思うかい?」
「あぁ。それは間違いないだろう。だが、2つ名個体だったとして、あの咆哮の大きさは通常個体を遥かに凌駕しているはずだ。ワイバーンがあそこまでの咆哮をあげられるとは考えにくい。」
「まぁだろうね。ワイバーンが咆哮をあげてもあそこまでの圧はないけど、今回は赤竜……いやそれ以上の圧を感じた。もしかすると、今回の相手僕一人じゃどうにも出来ないかもしれない。」
「それほどか……。」
「うん。わたしもそれなりに強い自信はあるけど、それでも後衛職であることは変わりない。それを含めて考えても戦力に差がある気がする。」
ラインハルトの実力は長年見てきた俺は、よく知っている。
後衛職でありながら、前衛の仕事も同時にこなせる文武両道の天才だ。
そのラインハルトが、ここまで言う程か。
これは、高ランクの冒険者を集めたからと言ってどうにかなる問題なのか……?
「……彼女は今どこに?」
「彼女?誰のことだ。」
「ナナ・アベルシュタイン。彼女ならこの問題をどうにかできるはずだ。被害なく、簡単に。」
「アベルシュタインか……あいつは今街の外に行っている。この騒動に気づいているかも怪しい。」
そう言うと、ラインハルトはそうか。っと一言告げるだけだった。
たしかにあいつがいれば、この騒動は被害なく丸く収まる可能性は大きい。
こんな時に、ちっくしょうが……!
「!。見えてきた。あれは、デカイな。ほんとにワイバーンが怪しいぐらいだ……。」
「おいおい、あれはもう飛龍じゃなくて、ドラゴンだろ……。」
「ゴァァアアア!!!」
広場の真ん中で、ワイバーンがしっぽを振り回して大暴れしている。
しっぽの風圧だけで、家が複数吹っ飛んでいた。
でかいくせに、とんでもない攻撃の速さ。
そしてその威力は図体と見合った破壊力を持っている。
この街で火なんて吐かれたら、大惨事所話じゃねぇ!
「っ!先に行く!ヘルメロ、周りの住人の避難と、けが人を運んでくれ!少しの間私一人であれの相手を担う!!」
「なっ!?おい、まてラインハルト!」
俺の静止を無視して、全速力でワイバーンの元まで駆けていった。
さすがにあのデカさで、あの圧を放っている魔物に対してひとりで突っ込むのは、あまりにも無謀だ。
ラインハルトがSランクの冒険者だったとしても、さすがに後衛職には荷が重い!
「クッソ!」
俺も速度を上げて、ワイバーンの暴れている広間まで走るのだった。
◇
屋根から屋根へ飛び移り、私はワイバーンの暴れる広間まで到着した。
「こっちを向け!〝アイスジャベリン〟」
屋根から飛び降りながら、ワイバーンの顔面に向けて、魔法を放つ。
それは狙い通り、ワイバーンの目に命中した。
「グァァアア!」
ワイバーンが悲鳴のような咆哮をあげて、こちらを見る。
「こっちを向いたな。私がお前の相手をしてやろう。かかってこい。」
このワイバーン、明らかに普通のワイバーンとは異なる。
大きさ、そして鱗の色。
何らかの影響で肥大化して、鱗も普通のワイバーンよりもより色濃く、硬さを増しているようだ。
そのため、私のはなったアイスジャベリンは目以外のところに命中しても、なんらダメージは入っていないようだ。
オマケにどうやらあの鱗、魔法の効力を薄める力があるのだろうか?
放った魔法は、かなり全力ではなったつもりなのに、命中と同時に著しく弱まった気がした。
厄介だ。
一応、近距離での戦闘もできなくは無いが、相手はあの図体の相手。
私の近接攻撃など、少しダメージを与えられればいいほうだろう。
しかもあの鱗、魔法だけじゃなく、物理攻撃もそう簡単には通さないレベルの硬度はありそうである。
やれるだけの事はやってみるつもりだが……私でどこまで通用するか……。
「〝メテオーラ〟」
攻撃力と防御力を、格段に上げる。
少しでも攻撃が届くようにできる限りのバフをかける。
重ねて重ねて、重ねまくる!
「〝ウェポン・レイジソード〟〝憤怒の陣〟」
剣から青いオーラが放たれる。
同じくして、私の下に淡い赤色の陣が形成された。
これで、私の攻撃力は底上げされる。
普通のワイバーン程度であれば、一刀両断できるレベルに……!
「〝スラッシュ〟!!」
剣を振り抜く。
瞬間に斬撃がワイバーンの首目掛けて飛んで行った。
……だが、そう甘くはなかった。
ガギィインという金属音が鳴り響く。
私の斬撃がワイバーンの鱗を貫通できなかった。
「ガアア!!」
ワイバーンが、尻尾を振りぬいて攻撃してくるのを避けて、距離をあける。
硬い。
想定通りではあるが、異常な硬さだ。
とはいえ、貫通できなかったが傷をつけることは可能なようだ。
現に鱗には、先程斬撃が当たった場所に傷がある。
地道な作業になるが、少しずつ当てていけばいずれは倒せることは間違いない。
バフの効果時間は、残り9分程度か。
再度バフをかけ直すまでに、ヘルメロが戻ってきてくれればいいが……。
「〝スラッシュ〟」
再び金属音。
これを何度か繰り返す。
ワイバーンの攻撃は私にとっては一つ一つは、あまり致命傷にはならない。
だが当たれば、ダメージとしては大きいだろう。
それにこの攻撃をワイバーンが、ずっと続けてくるとは限らない。
やつにはブレスの攻撃がある。
範囲攻撃がある以上、時間などかけてはられない。
一撃を決めさえ出来れば……終わる!
「〝瞬足・飛翔斬〟!」
一瞬でワイバーンとの距離を縮め、そのまま飛び上がり切りつける。
当たり前のごとく、それは防がれる。
だが、それが目的じゃない。
「〝付与魔術・アイシクル・エンド〟」
剣に付与魔術で、魔法を宿す。
そして、落下と同時に剣を構えて、剣技を放った。
「〝パワード・スラッシュ〟!!」
落下によりさらに威力を増した剣技が、ワイバーンに命中する。
それは見事にワイバーンの硬かった鱗を、貫通して、大きく肉をえぐりとった。
そして、さらに付与してあった魔術が発動して、ワイバーンの巨体を一瞬にして氷漬けにした。
「はぁ……はぁ……。」
かなり全力で打ち込んだというのに、大きく肉をえぐりとった程度で、収まってしまった。
証拠に、剣は深々と突き刺さり、斬撃が地面を割り、城壁にまで傷をつけていた。
だと言うのに、このワイバーン両断すらされなかった。
相当な化け物であることに間違いはないようだ。
「おい、ラインハルト!大丈夫か!?」
ヘルメロが私の元まで駆けつけてくる。
そして、目の前の光景を見て、目を見開いた。
「おいおい……こりゃたまげたな……。よく一人で……。」
「結構きつかったよ。まぁでも、攻撃は当たらなかった。なんでか、炎を吐いてこなかったから。まぁ代わりに……。」
件を地面から抜く。
すると、持っていた剣がボロボロと崩れた。
「上級魔術を付与して、剣自体の攻撃力アップも最大限して、剣技を使ったせいで剣が持たなかったけどね。」
「まぁだろうな。相当な負荷がかかったんだろう。だが、それもこのワイバーンの鱗を使えば問題ないんじゃないか?見たとこ、全力で切っても切れなかったんだろ、こいつのこと。」
ヘルメロの言うことに頷く。
「さすが突然変異個体ってところだよ。私の全力の斬撃が、抉る程度で済むんだからね。」
「恐るべしだな。突然変異個体に関してはもっと危険レベルを高めた方がいいかもしれんな。最近、頻繁に起きているのも気がかりだし、何かあってからじゃ遅い。」
「その方が良さそうだ。これを機会に、冒険者ギルドと街全体にも声をかけておこうか。これはもう、秘密にしておくには危険すぎる。」
「そうだな。」
2つ名個体のワイバーン……。
今回は被害も少なくて助かった。
怪我人は出てしまったが、命に別状のある人間はいなさそうだ。
「そろそろ、Aランク冒険者も着く頃だろう。手当の準備のためにも近場の治療院に声をかけてくぞ。異変に気づいて対応してくれてる治療院もあるが、けが人の人数が人数だ。多いに越したことは……。」
へロメロがいいかけたと同時に、後方からとてつもない圧を感じる。
殺意のこもった視線。
それは少しづつ強くなっていく。
「……まさか……!」
私はすぐに後ろに振り返る。
私が先程氷漬けにしたワイバーンの目がこちらを凝視していた。
そして、少しづつ氷にヒビが入っている。
あれを受けてどうやって……。
氷漬けになって、息も続かないはずなのに……。
「ここにいる全員に告ぐ!今すぐここを離れなさい!!まだワイバーンが生きている!!もうすぐでAランク冒険者も到着する頃だ!あったら状況を直ぐに伝えて欲しい!」
そう言って、私は剣を取ろうとするが先程剣が崩れたのを思い出して、苦い顔になる。
こんな時に……!
「ヘルメロ。今私は剣がない。あのワイバーンに攻撃を入れられるのは君しかいないだろう。私がありったけのバフを君にかけていく。回復の支援もやるから、君はワイバーンの相手に集中してくれ。」
「ははっ、任せろ。何とかやってみよう。」
ヘルメロが、大剣を手に構える。
同時に氷漬けになっていたワイバーンが動き出した。
氷は完全に割れて、散らばる。
そして、ワイバーンの咆哮が再び上がった。
……だが、先程とは少し様子ワイバーンの様子がおかしい。
突然、ブルブルと震えて固まりだし、力んでいるような声を出し始めた。
一体何を……。
少し嫌な予感がした。
すると、ワイバーンの形状が変わり出す。
先程までは無かった太い角が、2本耳の辺りから生えてくる。
そして、前足が2本生え、翼は先程より大きく肥大化した。
体長も先程よりも大きくなり、赤竜より大きくなっている。
これは……もうAランク冒険者が来てどうこうできるレベルではなくなった。
その圧力と、気迫だけでわかる。
この魔物は推定Sクラス以上の化け物だということが。
戦ってはいけないと、頭の警笛が止まらない。
人間の本能的警告。
私もそれなりには強いと思っていたが……このレベルは初めてだ。
「くっ……!〝オール・バフ〟!!」
私の持つありったけのバフを一度に、ヘルメロにかける。
あまり1度にかけるのは使用者とかけられた側への負担がとてつもなく大きくなるが、背に腹はかえられない!
何より効果時間が半減する。
「むっ?!」
「すまない、ヘルメロ!今は君しか頼れる人間がいない!効果時間はそこまで長くない!魔法で援護をするから、一気に畳み掛ける!」
「わかった!」
ヘルメロが返事と同時にかけ出す。
「〝オーバーステータス・レイジテスター〟」
私のステータスが大きく上昇するのがわかる。
体が一気に軽くなった。
とはいえ、これはあとの後遺症が酷い。
1度しか使えない分、強力ではある。
この戦いでできる限りの事をしなければならない。
最初のうちに使用して、確実に息の根を止めておけば、こんなことにはならなかったかもしれない……。
「〝アイシクル・エンド〟!!」
ブワッと魔力が奔流し、それは氷へと姿を変えた。
瞬間にワイバーンの体は一瞬にして、凍てつく。
「ガァァアア!!」
だが、それをいとも簡単に脱出した。
「うるっせーよ!〝戦技・竜殺し〟!!」
ヘルメロが首に切り込むが、それは固い鱗に阻まれ弾かれる。
「かって……何で出来てやがんだこいつ。」
「ヘルメロ!下手に切り込むと武器が壊れる!時間を稼ぐから、溜めた攻撃をするんだ!」
言って、ワイバーンの懐に潜り込む。
「〝武技・強打〟」
首元辺りを、2発殴り込む。
その威力でワイバーンが、後ろに倒れ込んだ。
一瞬でも攻撃の隙を与えては……と、思考を巡らせたと同時に、強い衝撃が私を襲った。
ベキベキと体からなってはいけない音がした。
「かっはっ……?!」
体が吹き飛ぶ。
そして、民家に激突して勢いは止まった。
何が起きた……?
「ぐっ……がはっ……。」
血反吐を吐き出す。
びちゃびちゃと目の前の地面が、赤く染った。
私は、何に吹き飛ばされた?
さっき私は、ワイバーンに武技を使ってワイバーンを点灯させたはずだ。
なのに、なぜ私がここまで吹き飛んでいる?
ゆっくりと目の前を見上げる。
そこには、倒れたはずのワイバーンが四足歩行でしっかりとたっていた。
まさか……倒れると見せかけて……尻尾で殴り飛ばしたのか?
「なんでやつだ……〝ヒール〟」
早く動かねば、ヘルメロに攻撃が行く……。
少しの回復ではあるが、これで何とかするしかない……!
「〝アクア・ツヴァイ・ソード〟!」
水の剣を2本手に顕現させ、走り出す。
それをそのまま、ワイバーンに向けて振りぬいた。
だが、攻撃は避けられる。
「でかいくせに、身軽だな……!〝アクア・クラッシュ〟!!」
水が私とワイバーンの間に集まり、大爆発を起こした。
勢いで私まで吹き飛ぶが、何とか受身をとる。ステータスが上がっているおかげで対応できた。
「ガァァアア!」
私のいた場所に、鋭い爪が振り下ろされる。
「っ!」
間一髪で避ける。
次の攻撃が早い。
効いていなかったか。
「一体何なら聞くんだろうな……!〝アクア・ジャベリン〟!!」
枝分かれして分裂した、水の槍がワイバーンを襲うが気にした様子はなかった。
……だが、時間稼ぎはこのくらいで十分なようだ。
あとは……
「アイシクル・エンド……!!」
ワイバーンの体が、再び凍てつく。
一瞬だが、それによりワイバーンの動きが鈍る。
それが、やつにとっての命取りだ。
「グァアアウ!」
氷から抜け出したワイバーンは、血走った目でこちらを見てくる。
かなりお怒りのようだ。
そして、口元から火花が散り始める。
ブレスの攻撃か。
でも、そうはさせない。
「ヘルメロ!!」
「任せろ……!覚悟しやがれ、このクソドラゴン!!〝竜撃斬・焔〟!!!」
ヘルメロが高くジャンプして、ワイバーンの頭上にまで飛び上がる。
そのまま急降下して、溜め込んだヘルメロの高出力の斬撃をぶつけた。
ガァァァアン!!
大剣とワイバーンの衝撃音。
あまりの轟音に、大剣がぶつかった音なのか疑うレベルだ。
でもあの音は、確実にいいのが入った。
いくら強いとはいえ、あの一撃をタダで受け止めるのは相当なものだろう。
「オマケに、もう一丁喰らえ……!!〝インフェルノ〟!!」
炎系上級魔法が叩き込まれる。
同時に、ヘルメロは私の隣に着地した。
「かなり手応えはあった。それなりのダメージは与えたはずだ。」
「私もそう思ってはいる。」
魔法が消え、モクモクと煙が立ち上る。
ワイバーンは動く気配がない。
これは気絶したか?
先程の衝撃はそれほどだったか。
これで少しの時間は稼げ……。
それは……ぬか喜びに過ぎなかった。
煙の中から、本来見えるはずの無いものが見えてしまったからだ。
少しの赤い光。
いや、あれは火花だ。
やつに我々の攻撃なぞ、効いてはいなかった。
煙が四散し、血走った目をしたワイバーンの顔が露になる。
傷1つ見当たらない。
完璧にぶちギレたワイバーンの姿がそこにはあるだけだった。
「っ!!ヘルメロ!!!」
「クッソが……!!」
私の掛け声とともに、ヘルメロが大剣を前に出す。
そして、私も結界を張り巡らせた。
今瞬時に行える最大限。
攻撃でも、回避でもない。
少しでも時間を稼ぐ最適解。
これでも間に合わない。
完璧な防御壁の構築ができなかった。
あちらこちらに少しの綻びがある。
プレス1発分耐えられるかどうかっってとこか……。
信じるしかない……!
「ガァァアア!!」
ワイバーンの口元の火が1層強く火花を散らし、口を開けた。
その、瞬間だった。
「〝空間結界〟」
ワイバーンの周りの空間が少し揺らいだように見えた。
そして、ワイバーンが放った炎のブレスは何かに阻まれ消える。
ワイバーンも何が起きているのかわかっていないようだ。
あまりの突然のことに、少し戸惑いのようなものが見えた。
「なんかこいつさっきと見た目変わってないか?いかつくなってやがる。」
「ふむ……進化…………?かのぅ。ワイバーンからこんなでかい特殊な赤龍に進化するなど聞いたことは無いが……。しかも、普通の赤竜と違って、魔力量が桁違いじゃのう。」
声のした方を見れば、1人の少女と少女を抱えた初老の男が立っている。
「な、ナナ・アベルシュタイン?!お前、いつ……。」
「さっきだ丁度。たまたまこのワイバーンが街の方向に向かってったもんでな。それを追いかけてきたんだよ。歩いて。」
「歩いてってお前……!」
「勘違いすんなよ。俺はお前らを助けに来た訳じゃない。俺が感じたワイバーンの存在と気配が違ったからきた迄だ。……だが、にしてもこいつはなかなか……いいもの持ってやがるな。おい、ライル。こいつら邪魔くさいから運んでくれないか。」
「うむ、了解した。ほれ、下がるぞ。ここはこやつに任せた方が最適解じゃ。」
ヘルメロを引きずって、後方に歩いていく初老の男。
ナナ・アベルシュタイン。
初めて相対したが、とてつもない力を感じる。
履歴を見たがまだ、年は成人したばかりの少女に過ぎない。
この世界ではあまり見ない銀髪の少女。
そして、裏で何かが動いていることに、おそらく関与しているであろう人物。
「……お前も邪魔だぞ。死にたくなかったら、とっととどけ。〝イグニス・ザ・オルテン〟」
言い捨てたと、同時に無詠唱の魔術を発動する。
すると、8つの魔法陣から炎でできた鳥が形成される。
その一つ一つがとてつもない魔力を帯びていた。
間違いなく、最上級魔法のひとつ。
だが、こんな最上級魔法は聞いたことがない。
立ち上がり、私は2歩後ろへ下がる。
それを見ていたのか、少女はすぐに動き出した。
先程出した、炎の鳥が一斉にワイバーンに突っ込んでいく。
「グァオオ!」
それをたたき落とさんと、ワイバーンが前足などを使って暴れ出す。
……が、炎の鳥はそれを掻い潜り、1つ着弾した。
凄まじい爆発音と衝撃が辺りを襲う。
積み重なるように、次々に響き渡った。
「がっ……あぁ……!」
「さすがに拍子抜けすぎる。本気でやらないと……」
先程までそこにいた少女は、一瞬にして高く飛び上がり、持っていた武器でワイバーンを殴り飛ばした。
「しぬぞ、お前。」
「グァアアゥ!」
ズズンとワイバーンの巨体が倒れる。
私が打撃スキルを使っても、倒れるどころか反撃してきた相手をスキル未使用で、そのまま殴り飛ばすとは……。
あの華奢な体のどこにそんな力があるというのか。
呆然と眺めていた私に、ヘルメロが声をかけてきた。
「おい、ラインハルト。ある程度の避難誘導は終わっている。Aランク冒険者ももう到着して、近場の治療院から治癒士も確保できたらしい。」
「そうか。後で今回協力してくれた冒険者には手当を出そう。助かったからな。」
「にしても、やっぱりとんでもねぇやつだな……あいつ。まるで理不尽の権化だ。」
ワイバーンを転倒させた後、追撃を落下して入れている。
その際に、人間の攻撃の時に普通出ないであろう音が響き渡っていた。
「〝グラビティ・ルベナスト〟」
少しの空気の振動と共に、ワイバーンが倒れている場所にヒビが入る。
そして、次の瞬間にはワイバーンの体が地面にめり込み始めた。
ドラゴンの苦しむ悲鳴と、メキメキと言う骨の軋む音が聞こえる。
あれは、重力魔法……か?
とてつもない重圧がかかっているのがわかる。
「おら、どうした。さっさと立ち上がって見せろ。」
「グルルルル……」
ワイバーンは、唸りながら少女を睨みつける?
だが、重圧により首を動かすことは不可能。
目だけが少女を捉えていた。
あのレベルの冒険者が、まさかこのタイミングで現れるとは……。
あれはやはり紛れもなくSランク冒険者の一角を担える強さを持っている。
あのワイバーンは強い。
明らかな強さがあった。
それをあーも簡単に、制圧する力量はまるで現英雄ロラン・パラディアスを連想させる。
そのレベルの強さを彼女は持っている。
「……つまらんな。やめだ。」
少女の一声とともにかかっていた重圧が消えた。
それに気がついたワイバーンが、よろよろと体を起こす。
だが、それには力がなくかなり弱々しい状態である。
「まだ立ち上がれるだけマシだな。少し試したいスキルもあるしちょうどいい。付き合え。まぁ多分、一瞬でけりは着いちまうだろうが。」
少女がそう言うと、武器の形状が変化する。
先程まで不思議な形をしていたものが、大釜へと姿を変えた。
そして、そのまま体制を少し低くして大鎌の刃先を後ろに構えた。
「…………こい。」
その一声と共に、ワイバーンが方向を上げてブレスを吐き出した。
「〝絶斬〟」
瞬間に、ブレスがふたつに割れる。
同時にワイバーンの動きが止まった。
数秒の後に、ワイバーンの首がズルリと地面に落ちた。
血飛沫は上がらない。
一瞬すぎた。
ワイバーンの体の反応よりも早く首を切り落としたのだ、あの少女は。
「呆気ないもんだ。まぁ、大したレベルのやつでもなかったから、仕方もないか。」
「ここらに出る魔物に期待はせん方がいいじゃろうな。お主が戦ってきた相手ほどの骨は、ないと思っとった方がいいじゃろう。」
「スキルには期待できるが、それくらいだもんな、今のところは。まぁ、それだけでもまだ儲けものか。」
いいながら、初老の男に近づいていく少女。
だが、今の会話……スキルには期待できるというのはどういう意味だ?
まるで、そのスキルを習得できるとでも言うような、意味に聞こえた。
それに今まで戦ってきたモンスターよりも骨がない……。
これも気になるところだ。
要はこの少女は、あのレベルのワイバーン以上のモンスターを相手取ったことがあるような言い方。
しかも、複数体では無さそうだ。
もしそれが本当なら、それは厄災級のモンスター。
ランクにして、トリプルSランク指定のモンスターではないだろうか。
「……。」
この容姿で本当に成人なのだろうか。
ヘルメロの話によれば、17歳で成人はしているという話だが……。
じっと少女の方を見ていると、視線に気がついたのかこちらを見返してきた。
そして、少し睨んでくる。
「なんだ。」
「いや、すまない。少しあの戦いを見ていて思ったことが色々とな。」
そう言うと、私から視線を外して、少女はワイバーンの方を見る。
そして、それを指さしこう言い始める。
「あれは、俺が貰っていいよな。」
「……それは所有権の話、だろうか。」
「逆に聞くがそれ以外に何がある。お前、一応あのギルドで上にたってるよな。強さ的にもヘルメロよりも強い。」
「!。」
一目見ただけで、見破るか……。
やはり目利きに関しても、並の冒険者のそれでは無さそうだ。
「その通りだ。改めて、私はこの町のギルドのギルドマスターをしているラインハルト・ブレイダーだ。よろしく頼む。……そして、すまないが、今回に関してはあれはこちらで管理をさせて貰えないだろうか。もちろん、それ相応の謝礼は弾む。それで納得できなければ、聞ける範囲の願いを聞こう。できる限り前向きに、叶えさせてもらう。」
私の言葉に、少女が少し考え込む。
そして、ふむと小さく言葉を漏らし、こちらに向き直った。
「わかった。あれはそちらの管理で任せよう。」
「感謝する。」
「だが、忘れるな。必ず謝礼と願いは聞いてもらう。さすがに今ここで話すべき話ではないからな。また後日、ギルドに顔を出す。その時に話はしよう。こっちも色々立て込んでるんでな、その方がこちらもありがたい。」
少女の視線が、初老の男が抱えている少女に向けられる。
そこには力なくだれている少女の姿があった。
生気が感じられない。
というより……あの顔と姿……どこかで見覚えがあるような……。
「その少女は、どうしたんだ?ぐったりしているように……。」
「深入りしてくるな。お前には関係の無いことだ。」
少女は私の言葉を遮って、初老の男野本による。
そして、背を向けて歩き出した。
「……。」
「珍しいな、お前が他人に深入りするとは。なにか気になることでもあったか?」
「少し、ね。あの初老の男に抱えられてた少女は、シノと言っただろうか?」
「ああ。あいつもそうだが、あの女もなかなか肝が据わっているというか、妙に落ち着いていて、本当にまだ成人したての大人なのかと思ったよ。そうは見えなかったから。」
ヘルメロが肩をすくめる。
不思議な冒険者一行だ。
裏に何かがあるのは予想していたが、それ以外にもまだ何かが隠れていそうだ。
まるで、Sランク冒険者トップのあの男のようだ。
謎だらけの人間。
「にしても、良かったのか。あいつの願いはいちいちとんでもないぞ。」
「いいさ。今回彼女がいなければ、私たちは死んでいた。街もこの程度の騒ぎじゃすまなかっただろう。そう考えれば、その程度安いものだ。」
「まぁ、そうか。」
私の言うことにヘルメロはひとつ頷いて、顎をさする。
「気をつけろよ。見ての通りあいつは強い。強い分、何かあった時抑えたりできるのはお前らSランク冒険者と限られたAランク冒険者だけだ。他の奴らに連絡は定期的に入れておけ。」
「わかっている。」




