(2)
「帰ってよ!」
「我々も仕事でね……お嬢さん。貸したものは返してもらわないと困るんだよ」
白昼。
古びた工房の前で、少女と強面の男たちが言い争っている。
「ほら、書面もちゃんとある」
「デタラメよ! あんたたちがでっち上げたんでしょう!」
「そうだとしたらどうする? それを証明できるものはどこにもない」
「この悪党!」
街の人たちは、遠巻きに見守るばかり。
少女の心配よりも、自分も巻き込まれてしまうことを恐れるばかりであった。
そういった野次馬の作る人垣の中を、細長い影がふらりと横切る。
「悪党だぁ? 俺たちゃ天下のモラール工房の資金調達部の人間だぜ?」
「そうそう。逆らわないほうが身のためってこった」
「モラール工房……! HITを上げる、なんて謳い文句で詐欺を働く、最低最悪のゴミクズ工房じゃないの!」
「おいガキ、言葉に気をつけろよ……! 誰が最低最悪だァ!?」
威勢のいい少女の言葉に、額に青筋を浮かばせて、ちんぴらの一人が手を伸ばす。
少女はその手を後ろへ避けようとして、脚がいうことを聞かないことに気づいた。
「やっ、」
「ウッド工房はここだな」
と。
突然現れた男が、少女に向かって伸ばされた腕を掴んでいた。
「な、なんだてめえは!」
ちんぴらが腕を振り払おうとするが、男の腕はビクともしない。
少女は突然現れた男を見る。
黒の長髪。ねずみ色のくたびれたスーツに身を包んだ男だった。
夕方の影法師のように細く長い腕には、どうやら見た目以上の力が込められているようだ。
「は、離せ!」
ちんぴらが叫ぶと、男は素直に手を離した。
ちんぴら達は静かに立っているだけの男から離れるように、自然と一歩後ろへ下がっていた。
「な、なんてバカ力だ……」
「高握力だな」
男は表情を変えることなく、なんてこともないようにそう答えた。
「……チッ! とにかく、金は返してもらうぜ!」
旗色が悪いと見たのか、ちんぴら達は捨て台詞を残して去っていった。
それと共に、周りで見ていた街の人々もそそくさといなくなっていく。
「あの、助けてくれてありがとうございました」
少女は、長身の男に頭を下げた。
「ウッド工房。親方はご健在か?」
男はそれに答えず、去っていくちんぴら達を目で追いながら尋ねた。
「父さんは……父さんは、三ヶ月前に亡くなりました」
「……そうか」
俯いて答える少女に、男は頭を下げた。
「硬質だった。生き様も、親方の作るダガーも……惜しい男をなくした」
「ば、ばかもん! わしゃまだ死んどらんわい!!」
店の奥から、大声と共に現れた白髪の男に、少女は振り返り、眉を吊り上げる。
「あ、パパ! だめよ隠れてなきゃ! まだ怪しい男がいるのに!」
「ハードダガー! よく来たな……研ぎか?」
白髪の男……ウッド工房の親方は、少女を無視して長身の男に声をかけた。
男は懐から使い込まれたダガーを取り出して、親方に手渡した。
「頼む」
「ほほ! 派手に使い潰してくれたもんじゃわ! これで二年しか経っていないというんだから恐れ入る……」
差し出されたダガーを矯めつ眇めつ検分している親方の横から、少女がダガーを盗み見る。
「はあ? 二年前? ありえないわよ。鋼の摩耗具合からいって、十年かそこらは研ぎに出してないわ。丁寧に手入れされてはいるけど……刀身が薄くなって、バランスが崩れてる」
「ほう」
男はため息とも感心の声ともつかない曖昧な声を上げた。
「パパはバカなんだから……適当なこと言って騙さないでよね!」
「なかなかに見どころのある後継者だな、親方」
「ああ。腕はたつが思い込みが激しいのが難点さ。ノート。こいつは俺が打ったダガーだ。二年前の天下一舞避会決勝戦で使われた、な」
「はああ? あの伝説の九十九回決勝戦で!!??? じゃ、じゃあこのひょろい兄ちゃんが……『ハード・ダガー』?」
「その名前は捨てた」
男はそう言って小さくかぶりを振った。
「中に入っていいか? どうにも冷えてかなわない」




