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第21話 人助けの代償 side:絵奈利


 ばしゃり、と何か液体をかけられると、痛みが引いていく。見たこともないほど効果の強いポーションだ。

 目を開けると、あの少女が他の者にも”それ”をかけていた。……驚くほかない。それが何本もあるというのもそうだが――それをもったいぶりもせずに他人に使う彼女にも。


「……あなたは?」


 善意……にしてもこれほどの恩を受けると裏を疑いたくなる。とかく人の世というものは悪意が蔓延している。ただし、冒険者組合そのものは公正だ。そうであればこそ、ここまでの隆盛を誇っているのだから。

 それでも、”それ”から少し離れれば騙しと暴力がはこびっている。少なくとも、初めて会った人間にこんな高価なものを惜しげなく使う人間に出会ったことはない。

 恩を仇で返す、というのはただの日常に過ぎないはずだ。


「僕はルナだよ」

「ルナ……?」


「ただのルナ。いや、そうだね――ルナ・アーカイブスだ、よろしくね?」


 ウインクした。正直言って、あと8年もあれば絶世の美少女になりそうな容姿で、そんなことをされると別に同性が趣味でもないのにどぎまぎしてしまう。


「そう。助けてくれて、ありがとう」

「助ける……? 協力して倒したんじゃないか。水臭いこと言わないでよ」


 本当に不思議そうな顔をしている。むしろ私達の功績であると言わんばかりだ。私たちは文字通り歯が立たなかった――あれに傷を負わせることすらできなかったのに。誇るわけでもなく、ただ純粋に。


「それでも、そうする必要はなかったはずでしょう。だから、ありがと。そっちの――ええと、そう。新城さんも」


 彼は拳を握ったり開いたりしている。調子を確かめているのだろう。明らかに後遺症が出るレベルの薬物を使っていたのに、ここまで回復するとは驚いてしまう。


「気にするな、ただの気の迷いだ」


 そっぽを向いた。


「照れちゃって。僕には君の目に燃える正義の炎が見えるよ」

「……そんなものはない」


 純真なルナの目に耐えきれなくなったのか、体ごと背けてしまった。


「はっはっは! ま、お前が素直じゃないやつってことは確かだな」


 九竺がバンバンと新城の肩をたたいた。


「よしてくれ。……ホントに痛いんだが」


 しかめっ面をしている。



 そして、それを横にフラフラと歩きだした影が一つ。


「おお……おおおおおおお」


 呆然としている。

 ルナはまるでパチスロで有り金全部スった男の顔だな、などと思ったがそれに近い。強制参加の上に自分で回すこともできない点を除いて、さらに村人全員の金をかき集めてベットしたとするなら、そういうことだ。


「なんと……なんということだ。我々は一体これからどうすれば……っ!」


 がくりと膝をついた。

 わずかに残った髪すらも禿散らかしそうなほどの絶望。いや、そんな程度の浅いものではない。村の働き手のほとんどは死に、家々は焼け焦げて二度と使えない。バラバラになっているのもいくつか。

 まあ、そっちの方が撤去代がかからないだけマシというだけに救えない。家というのは半分捨てることが前提で作られているが、それでも安いものではないから。


「なぜだ。なぜ、守ってくれなかった!?」


 村人たちは。もはや憎しみとすら取れる目を九竺に向けた。


「悪いが――契約の範囲外だ」


 九竺にできることはない。

 いや、チームとして借金を背負えば救えないこともないが、そんなことをしてもきりがない。魔物に蹂躙される村など掃いて捨てるほどあるのだ。

 関わったからと言って一々支援していたら飯代すらも危うくなる。それが現実。


 こんな現実、この子には見せたくないけど。

 そう思って少女を見ると、とてもつまらなそうな顔をしていた。……他人への共感能力に欠けている。やはりか、と歯噛みする。

 悲惨な境遇にあった人間はいわゆる一般人に共感を抱くことが少ない。それこそ怪我で今まさに苦しんでいるとかでない限り、なぜ苦しんでいるのか理解することをできない。

 その程度がどうかした? くらいの感想が関の山だ。


 実際にはルナはそんな目には遭っていない。ルナに入った魂の元の持ち主は、というべきだが。

 少なくとも本人は自分は幸せな類であると思っていた。食事に困らず、服にも困らず、まあ上流階級とは呼べずとも不自由なく育ってきたという認識。

 友達がいないのはまあそういう性格ではなかっただけ。などと本気で信じている。


 だが、それは違う。それは不遇でなかったというだけの話だ。本心を語り合えるような友を――いや、そんなものを語るべき人間すらもいなかった。全部が全部、表面的な付き合いでしかなかった。

 ゆえにこそルナは表面上こそ取り繕えるが、中身は子供のころから全く成長していない。大人になど、なれはしない。


 だから、初めてできた友人を侮辱した人間をあそこまで凄惨な方法で追い詰めた。

 さらには部下だっただけの死んだ人間を焼却炉に放り込んで捨てた。気づかなかった、というのは残酷さの裏返しに過ぎない。どうでもよかったということなのだから。

 だからこそ、ルナは超然としていられる。愛しくて大事な友達に累が及ばなければ、トリックスターに興じていられる。

 人の世をかき回しつつ、決定的な災厄にも立ち向かう力を与える気まぐれな神様だ。


「あ、そうだ。僕は仲間がいるから迎えに行ってくるよ」


 などと九竺に言って、村人のことを放り出して逆のほうへ歩いてしまえる。

 他人への共感に乏しいから周りに人がいなかったのか、人が周りにいなかったから共感に乏しくなったのかはわからない。けれど、ルナは人界の救世主にならない――なれないことだけは確定している。

 だって、救いたいなどと微塵も思わないのだから。


「そうか、まあよろしく言っといてくれ。助かったぜ」


 と、声をかけて九竺は村長との話に戻る。こんな厄介ごとに幼い少女に関わらせたくなどなかったから。もともと、これは”光明”のリーダーが話を付けるべきことだ。


「ね、ルナちゃん。仲間ってどんな人?」


 もっとも、それはリーダーである九竺のお仕事というからには、他の人間の手が空く。一番のおしゃべり好きが話しかけた。本人に言わせれば、他の連中が人見知り過ぎだと言うが。


「え……と。エナリだっけ?」

「そ。咲裂 絵奈利(さきざき えなり)っていうの。エナちゃんって呼んでもいいよ?」


「じゃ、エナ。二人はそっちで待たせてるから、ついてこれるかな」


 そっちを見ても何も見えない。ルナはさっさと走り出してしまった。もちろん、加減している。アスモデウスの通常速度の10%くらいだ。

 本人はちょうどいい物差しがあって助かったなどと思っているが、実際のところはそいつは人類の天敵なのだ。ただただ人類を刈り取る死神。そんなものを基準にしても異常な身体強度ができあがるだけなのには気づいていない。


「……速い。やっぱり、あれって――」


 絵奈利は走って追いかける。それも、かなり本気のスピードで。つまりは最高速はルナの方が速いと結論するしかない。

 あれだけの年齢で、あの人外の身体能力は完全に”ありえない”。異常に強力な魔術詠唱者の場合、自らの外見をいじくることがあるが、ルナのそれは年を重ねた者の振る舞いでもない。

 そもそも、もしそうなら【災厄】との戦いに加わる理由がない。アレらは人助けとか生ぬるいことを考えるような人種ではない。


 戦闘中でも疑ってはいたが、確信に変わった。他のメンバーもうすうす気づいているだろう。だいたい、あの”槍”はおかしい。完全に国宝レベルの、英雄どころか国王レベルが使う逸品である。しかし、それが国のものであったなら堂々と公表するはずだ。

 今まで手も足も出なかった【災厄】に対抗する手段として。民衆の意気高揚のためにはまたとないネタであるのだ。なのに、裏の知識をも持つ自分たちがそれを知らないという事実。


 つまり、国もアレを知らないのだ。そんなものを製造し得るものは国でなければ、他にはもう一つしか考えられない。

 国家と裏で取引し人体実験を繰り返す、狂った人間賛歌を詠う錬金術師の結社【翡翠の夜明け団(エメラルド・ドゥーン)】。その秘宝であり、ルナという幼女はそれを使わせるために製造、または改造された人間であるとしか考えられない。


 時折見せる人間への無関心さ。ただし、私たちには幼子のような憧憬と親愛を向けてくる。……他人との距離感というものがつかめていないのは明らかだ。

 きっと、あまり人と関わったことがないのだろう。そもそも、あんなとてつもない武器を扱えるようにされるまでどんな過酷な改造を受けたのか。

 不憫さを思い、涙しそうになるがこらえる。そういうのが一番いけないのだと分かっている。被害者は無関係の他人からの同情なんて求めていない。涙の代わりにせいいっぱいの笑顔で接してやろうとそう決めた。

 ……てか、ホントに速い。私、疲れてるから速度緩めてくれないかなぁ。などと思う絵奈利であった。


「お利口さんで待ってたね、アリス」


 と、ルナが金髪の幼女に抱き着く。年のころはルナよりも少し幼い。ちょっといやらしさを感じるほどにいちゃいちゃしている。

 そして、アリスをうらやましげに見ているのは二回りほど年が上で輝くような銀髪を腰まで流した少女。女である絵奈利ですら背筋がぞっとなるような色気がある。今は、抱き合うアリスが羨ましいのかぎりぎり歯を食いしばっているのでその美人も台無しだが。


「ごくろうさん、というべきかの?」


 その残念美人がふいと口元をゆるめて話しかけてきた。


「ありがと。あなたたちはルナちゃんの仲間でいいのよね」

「うむ。アルカナじゃ。よろしく頼むぞ、ご主人が世話になっとるうちはな」


 ――やはり、他人を信頼しないらしい。構えなど取っていないのはその必要がないからだろう。一応、私もAクラスなんだけどなぁ。などとちょっと悲しくなる。

 しかし、リーダーはルナちゃんかと少々不安になった。振る舞いほど無邪気なわけではないのは少し見てればわかるのだが――どこかでころりと騙されてしまいそうに見える。見るからにこの子たち、ルナちゃんに甘そうであることだし。いや、ルナちゃんの方もこの子たちに甘いか。その気になれば、この子たちにころりと騙されてしまうに違いない。


「あなたたち、先の当てってあるの?」


 おそらくはこの子たちも【翡翠の夜明け団】の犠牲者だろう。逃げてきたのだろうが、それでは野たれ死に――こそしないだろうが、野生児みたいな生活になるだろう。

 近辺の魔物など脅威にならないだろうが、それでも不憫だ。アーティファクト級を着てるから汚れないにしても野宿など、年頃の女の子にとっては地獄みたいなものだろう。


「む? それは――ご主人、どうする。帰るか?」

「うん、そうだね。お客さんは全員いなくなっちゃったことだし――」


 お客さん? この子たちに帰る家があるのだろうか。ていうか、そういえば――


「あのポーションってどうしたの?」


 びくりと固まった。


「えへ。わかんなーい」


 頬に指をあててウインクして、精いっぱいの笑顔を浮かべている。固まった笑顔を。

 ……なるほど、そういうことかと納得した。つまり、この子は施設の人間をすべて”追い出した”のだろう。

 そうとればお客さんが全員いなくなったとは、世話係の人間や他の被害者のことだと予想がつく。もしかしたら彼女たちを改造した張本人も含まれているのかもしれない。


 ――この子たちには血の香りを感じない。強い力を手にしたから、反撃して……殺していないとしたらそれは危険極まりない。

 これほどの能力は最高傑作でなければありえない。ならば、手段を選ばずに取り返す算段を立てる。……つまりは超特大の爆弾だろう。夜明け団は総力を挙げて取り返しにかかるはずだ。どれだけの犠牲を出そうと、どれだけの人々の命を奪おうと構わずに。


「ねえ、行くところがないんだったら一緒に行かない?」


 守らなきゃ、とそう思った。力はよくないものを呼び寄せる。この子はこれから先、望まずとも最悪の出来事に直面し、選びたくもない選択肢を選ぶことになるだろう。それを望まないなら、人形として心を殺すしかない。

 そんなものは許せない。かわいい子であることは確かだが、それ以前にこの子が助けに来てくれなかったら【光明】は災厄にすりつぶされて儚く消えていた。

 恩は返さなきゃね、と思う。きっと、皆だって賛成してくれるだろう。


「ええ……と」


 ルナはうろんげに視線をさまよわせる。


 ――そう、混乱していたのだ。えー、行くところがないって何さ。普通に箱舟に帰ればどんな贅沢だってできるのに。と愚にもつかない反論を考える。

 アリスやアルカナだけじゃなくて他の子もはべらせて寝たり、馬鹿げた身体能力で異次元な遊びをしたりもできる。そちらのほうが街よりもよほど王侯貴族らしい生活だ。


 ……この人はどんな考え違いをしているのだろうか。僕をどのように認識している? 異世界から来た俺tueee人間。これはきっと違う。

 そもそも異世界というものさえ理解しているか怪しい。他の可能性、というと才能と運に恵まれた人間かな。偶然槍を見つけ、それを扱う才能もあったと。

 ありえそうだけど、そういう人間に対する態度じゃないよねえ。あれは明らかに不憫な人間にやさしくしてあげている態度。嫌味はないけれど。


 この二つではないとしたら何の可能性がある……? そう考えを巡らせて、ちょっと困った顔でむー、と指を頭に当てていると不意に絵奈利がどん、と胸をたたいて言う。


「大丈夫。ルナちゃんよりは弱いかもしれないけど、これでもAクラス冒険者なんだから。それに、色々なことだって知ってるわ」


 頭を撫でられた。それが気持ちよくて――声を出すのが遅れた。


「さ、皆のところに戻りましょ」

「え? ああ、うん」


 タイミングを逃して、二人が見ている前でうなづくしかなかった。まあいいや、と流れに身を任せることにした。終末少女は不死の存在であるため、1年や2年でさえ”ちょっとの間”で済ませられる。


「いや、それには及ばねえさ」


 九竺がやってきた。どうやら話はついたらしい。しかし、あの村人たち英雄を追い出すとはね。まったく、世の中は世知辛い。あれだけ必死に村を守って、守ったら守ったで叩き出されるとは。

 ただ、そういうものだろうとルナは訳知り顔で頷く。苦労が報われる、など世界がそんなに優しかったら世の中に不幸など存在するはずがないのだから。


「ちょっとこっち来なさい、九竺」


 絵奈利が九竺を引っ張って、あっちの方でメンバーとひそひそ話し合う。聞こえないように、という気遣いだろうがルナは地獄耳でそれを聞いていた。


 なるほど、この世界には人間の改造技術があって僕たちはその被験者か。まあ一応納得はできた。前提となる知識を持っていないためにふわっとしたことしかわからなかったが、そういうことらしい。

 少し興味が出てきたな、と笑う。ルナは英雄になる気はない。人類が滅ぶなら勝手に滅べと本気で思っている。

 けれど、それは観光をしないということではなく――この世界でアリスとアルカナ、三人でデートするのも面白そうだな、と思う。


「あー。そういうことで一緒に旅をすることになった。まあ、よろしくな、でいいのか?」


 戸惑った顔で聞いてきた。でも、嫌なわけではないようだ。


「うん。よろしくね、九竺」


 そういうことで、ルナはチーム【光明】とともに旅をすることになった。



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[良い点] ルナ抜けてるとこ有るんだね
[気になる点] 意味がわからない何で雑魚パーティーと旅をするの?
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